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知ってるつもりの外国事情(2)――台湾“ウィン−ウィン関係”の本質をみる津田建二の技術解説コラム【海外編】

日本にいると、よく「台湾や韓国は」という言い方をします。しかし、アジアを取材すると、「日本や韓国は」というくくり方をよく聞きます。中華系の民族がそのように見るだけではなく、アジアにいる欧米系の人たちや非中華系の人たちからもそのように言われることがよくあります。民族的な問題を議論するつもりはありません。ビジネス文化が韓国と日本はよく似ており、台湾や香港とは全く違うため、そのようにくくられます。台湾のビジネス文化が日本とどう違うかをみてみましょう。

» 2014年03月10日 10時00分 公開
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 台湾を取材してみて感じた日本と全く違う点は、他社と同じものを作らないというビジネス文化です。台湾では、ある企業が製品Aをヒットさせると、他社は同じような製品は作ろうとしません。むしろ製品Aに必要な部材や部品、あるいはサービス、補完チップなど相補う関係を持つ製品やサービスを考えます。ヒット商品を開発した企業と一緒に成長しようと考えるからです。決して同じものを作りません。だから価格競争に陥ることがなくなります。この考えを彼らは「ウィン−ウィンの関係」と言います。

同じものは作らない

 これに対して日本の企業は、製品Aと同じものを作ろうとしてきました。よくいわれる言葉が「わが社は製品Aに対してどうなっているのか。開発しているのか」と上司は叫び、同じものを作ることが求められます。いわば2番手、3番手で同じ製品を開発して抜こうとしてきました。まともに競争する製品を作れば、後は値段の勝負しかなくなります。大企業はこのようにして先行する先端企業に追い付き、つぶしていきました。しかし、今の時代のように短い開発期間を要求される時代にはこの手は使えません。2番手ではもはや追い付けないからです。

 台湾企業が補完的な製品やサービスを行ってきた例を紹介しましょう。シリコンファウンドリであるTSMCの創業者であり、現在でも会長を務めるモーリス・チャン氏は、米国のシリコンバレーで多くのファブレス企業が勃興してきた様子を見て、ファブレスをやろうとは考えませんでした。ファブレスを補完するため、製造に特化する工場を作ろうとしました。これがファウンドリです。

台南にあるTSMCの工場、
UMCの工場

 1990年前後に台湾で始まった半導体産業は、DRAMとマイクロプロセッサだけは、やるまいとしていました。DRAMは日本や韓国が強かったからです。プロセッサは、インテルだけではなく、ナショナルセミコンダクターやAMD、テキサスインスツルメンツなども手掛けており、米国勢が強かったからです。DRAMを台湾が始めたのは1995年にPCが大ブレークした時です。PCを作りたいのにもかかわらず、韓国や日本からDRAMが入ってきませんでした。当時、台湾はPCの世界一のアセンブリ基地でした。このため、DRAMだけは台湾でも生産しなければならないと考えるようになりました。DRAM用の半導体工場はこの頃、作られ始めました。

 TSMCのファウンドリビジネスモデルは、UMCやバンガード、ウィンボンドなどの企業も手掛け、ファブレス企業が次々と生まれ十分に対応できるようになりました。当時はTSMCだけでは生産能力が足りなかったからです。しかし、TSMCは自社で積極的に投資を行い、現在の地位を築きました。

 PC用のチップでは、台湾はサウスブリッジ、ノースブリッジと呼ばれるチップセットビジネスが非常に強かったのです。これもプロセッサはインテルが強く、DRAMは韓国や日本が強いため、その周辺回路としてのチップセットを開発してきました。エイサーラボやAsusTek(現在のエイスース)などチップセットを設計するファブレスが繁栄していました。このチップセットもPCに使われながら、プロセッサやメモリを補完するチップです。

 台湾当局は、2000年前後に中国でもSMICが積極的に投資をしてファウンドリを始めるようになると、ファウンドリビジネスがこれからは中国に移ると考え、ファブレスに力を入れ始めました。今や米クアルコムと肩を並べるまでになったメディアテックをはじめ、リアルテック、Mスター、ノバテックなどのファブレス企業が200社も出てくるようになりました。これらのファブレス企業はそれぞれ設計する製品に特長を持たせているため、競合しません。他の国の産業と補完するという姿勢は企業だけではなく、当局も持っているのです。

台湾メディアテックの董事長(会長)の蔡明介氏

競合しないから、コストを下げられる

 台湾のこういった競合を避けるというビジネス姿勢は、実は製品の低コスト化にもつながります。1990年代中ごろ、なぜ台湾製のものが安いか、台湾企業10社に同じ質問をして聞きまわったことがありますが、どの企業も同じ答えでした。つまり、企業同士が補完し合うビジネス文化であるから、1社が安心して大量生産できるため、コストを下げられると言いました。

競合しないから、協力できる

 しかも、もっと良いことは、補完し合うため、今後の製品などについて互いに話し合えることです。競合関係にあれば、企業同士で話し合うことはまずできません。パートナー同士の関係を築くようになれば、台湾域内だけではなく、米国にいる台湾人とも話ができます。インテルやTI、AMDなど米国企業に働く台湾人は多く、開発中の製品についても互いに協力できる点を探すために話し合えます。インテルがマイクロプロセッサを発表してわずか2カ月後にチップセットが出てきた事実はまさにこの話し合いができていた裏付けになります。

黒子ビジネスをいとわない

 もう1つ、台湾が日本の企業と違う点は、製造を請け負う黒子ビジネス(製品のブランドを出さない)もいとわないということです。1980年代からエイサーやマイタックなどが米国のHPやコンパックなどのPCを請け負って製造していました。彼らは自分たちのブランドを表に出すことにこだわらないのです。ファウンドリや、1990年代に始まったEMS(電子機器の製造専門の請負メーカー)も黒子ビジネスです。アップルのiPhoneやiPadを生産しているのが、台湾のEMSである鴻海精密工業の中国工場のFoxconnであることはよく知られています。

意思決定スピード

 3つ目の特長として、台湾企業の経営の意思決定の速さも優位案点です。1990年代の終わりに、エイサーのトップだったスタン・シー会長が来日した時に、1万人以上の規模の会社なのになぜディシジョンが速いのかを聞いてみました。答えは、各事業部を分社化し、それぞれに予算を含めてすべての権限を委譲したからだということでした。エイサーは、エイサーラボやエイスース、ベンキューなどに分社化し、それぞれのコア領域を決め、各長に責任を持たせ、業務判断を任せました。シー会長は各事業の権限を譲る代わりに責任も持たせます。シー会長は、エイサーグループ全体のトップではありますが、各ビジネスには口を出さないと割り切ることができたわけです。

 これに対して、日本の大手企業だと、事業部制をとっていても事業部長が決済できるお金は1000万円程度しかないと聞きます。残念ながら日本の大手企業であればあるほど、社長に権限を集める傾向が強く、意思決定は遅れます。社長の決裁が必要な日本の大手は決済の段階が非常に多いためです。この意思決定の遅さは、いまだに変わっておりません。

 台湾企業の補完関係は、これからの水平分業とパートナーシップの時代に適したビジネス文化でしょう。水平分業では分業することが重要ではなく、誰と組むかが重要になります。世界各地でパートナー企業を見つけ、組んできた台湾企業の強さは、今の日本にも学ぶところが多いのではないでしょうか。

Profile

津田建二(つだ けんじ)

現在、フリー技術ジャーナリスト、セミコンポータル編集長。

30数年間、半導体産業をフォローしてきた経験を生かし、ブログや独自記事において半導体産業にさまざまな提言をしている。




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提供:ルネサス エレクトロニクス株式会社 / アナログ・デバイセズ株式会社
アイティメディア営業企画/制作:EDN Japan 編集部/掲載内容有効期限:2014年5月31日


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