ついに、GaN(窒化ガリウム)パワー・デバイスが本格的な実用段階を迎えることになりそうだ。
GaNパワー・デバイスは、SiC(炭化ケイ素)パワー・デバイスとともに「次世代パワー・デバイス」と呼ばれており、半導体業界や電源業界において10年ほど前から注目を集めてきた。すでに、いくつかの半導体メーカーがGaNパワー・デバイスの製品化を始めている。もはや「次世代」の製品ではなく、「現世代」の製品となりつつある。
しかし現時点ではまだ、広く普及したとは言い難い。課題は大きく2つある。1つは、先行するライバル製品であるSi(シリコン)材料利用のパワーMOSFETが広く普及しており、量産規模が極めて大きいことだ。このため、コストは低く抑えられている。もう1つの理由は、GaNパワー・デバイスは製品化されてから間もないため、使い方が広く知れわたっていないことだ。慣れないエンジニアが使用すると、デバイス自体を壊してしまう危険性が高いという。
GaNパワー・デバイスを普及させるには、こうした状況を徐々に改善していく必要がある。今回、テキサス・インスツルメンツ(TI)は、2つ挙げた課題の後者をドライバ内蔵により解決することを目的としたGaN FETモジュール「LMG5200」を開発し、サンプル出荷を開始した(図1)。ハイサイド・スイッチとローサイド・スイッチに向けた2個のGaN FETチップとともに、ゲート・ドライバ・チップを1パッケージに封止した。いわゆる「パワー・ステージ(電力変換段)」モジュールである。
一般に、GaN FETチップの駆動は技術的に難しいとされている。発売したモジュールを採用すれば、この課題をクリアすることが可能になる。
GaN FETモジュールの製品化は業界初だ。この製品の詳細を説明する前に、GaNパワー・デバイスのメリットを解説しておこう。
GaN材料は、Si材料に比べて、材料の基本特性が極めて高い。例えば、バンドギャップは3.4eVと大きく、Si材料の約3倍。絶縁破壊電界は3.5×106V/cmと高く、Si材料の約10倍。飽和ドリフト速度は2.7×107cm/sと高速で、Si材料の約3倍に達する。このため、GaNパワー・デバイスは、既存のSiパワーMOSFETと比べて大きく4つのメリットが得られる。1つは、オン抵抗を低く抑えられること。2つめは、高周波動作が可能なこと。3つめは、高温動作が可能なこと。4つめは、高い耐圧が得られることである。
こうしたGaNパワー・デバイスを、DC/DCコンバータやインバータなどのパワー・エレクトロニクスの視点から評価すると、どのような利点があるのか。TIによると、以下の3つの利点があるという(図2)。
第1に、入出力の静電容量(キャパシタンス)が低いことだ。このため、方形波状の電流/電圧波形でスイッチングする「ハード・スイッチング」を採用した場合でも、スイッチング損失を低減できる。さらに、ハード・スイッチング、もしくは電圧/電流がゼロになるタイミングでスイッチングを実行する「ソフト・スイッチング」を採用したDC/DCコンバータにおいて、スイッチング周波数を高められる。
第2に、逆回復電荷をほぼゼロに抑えられることだ。このためトーテムポール型の力率改善(PFC:Power Factor Correction)コンバータなどの新しい回路トポロジーが実現できるようになる。第3に、スイッチング損失を大幅に削減できることである。ゲート-ドレイン間の容量が小さい、電圧の遷移時間を大幅に短縮できるからだ。このため、スイッチング周波数の向上、もしくは放熱の簡略化などが可能になる。さらに、オーディオ機器のパワー・アンプに使用すれば、波形の歪みを削減できて音質を高められる。
今回発売したGaN FETモジュールは、最大80Vの入力電圧で動作し、最大10Aの定格電流を扱うことができる。採用したGaN FETチップは、ノーマリ・オフ型のデバイスで、米Efficient Power Conversion(EPC)社が製造したものだ。ハイサイド・スイッチ用と、ローサイド・スイッチ用の2チップを使う。ゲート・ドライバ・チップには既に実績のあるTI製ドライバICの「LM5113」を採用した。
こうした3つのチップを、実装面積が6mm×8mmのQFNパッケージに封止した(図3)。「GaN FETチップとゲート・ドライバ・チップを1パッケージに収めたことで、両者を接続する配線で発生する寄生キャパシタンスや寄生インダクタンスを大幅に削減できた。このため良好な駆動特性が得られるという。
GaN FETチップのオン抵抗は、ハイサイド・スイッチとローサイド・スイッチとも18mΩ(最大値)と極めて低い。ブートストラップ・ダイオードは集積した。ブートストラップ電圧は5.2Vにクランプする。伝搬遅延時間は29.5ns(標準値)と短い。ハイサイドとローサイドの伝搬遅延時間のマッチング特性は2ns(標準値)である。入力の低電圧ロックアウト(UVLO)機能はGaN FETに最適化し、しきい値を3.8Vに設定した。
主な用途としては、降圧型DC/DCコンバータの電力変換段を想定している。競合製品であるスーパー・ジャンクション型のSiパワーMOSFETを使った場合に比べて、電力損失を約25%削減できることが特長だ。さらに、スイッチング周波数は数MHzに高められる。スーパー・ジャンクション型のSiパワーMOSFETでは、100kHz程度が限界だった。
高周波化のメリットは大きい。外付けのインダクタやコンデンサに小型品が使えるようになるからだ。その分だけ実装面積を削減できる上に、周辺部品のコストも減らせるようになる。GaN FETデバイス単体のコストの議論もさることながら、電源システム全体の最適化の観点から高効率化や小型化に加えて、周辺部品の低コスト化が実現できるメリットに注目したい。
LMG5200を搭載した評価モジュールも用意した(図4)。降圧型DC/DCコンバータの電力変換段に向けたものだ。周辺部品を含めた電力変換段回路の実装面積は2cm×2cmと小さい。入力電圧範囲は24V〜60Vで、最大出力電流は5A〜10Aである。スイッチング周波数は最大で5MHzをサポートする。放射電磁ノイズ(EMI)についても、規制値を満足できる。
発売したGaN FETモジュールは、現在サンプル出荷中である。量産時期は未定という。まずは顧客との製品評価を通して、さらなる最適化を進める必要がある。特に日本メーカーは、省電力化や小型化で一日の長がある。このため、国内メーカーを直接サポートする日本TIに対する期待は大きい。
このほかTIは、2015年3月15〜19日の日程で米国のニューカロライナ州シャーロットで開催されたパワー・エレクトロニクス技術関連の国際学会/展示会「APEC(Applied Power Electronics Conference and Exposition 2015)」において、GaN FETモジュール「LMG5200」を採用した通信機器向けPOL(Point of Load)コンバータを展示した(図5)。電源コントローラICには、デジタル制御方式を採用したTIの「UCD3138」を採用した。
入力電圧は48Vで、これを一段階で1.8Vに降圧変換して出力する。最大出力電流は40Aと大きい。同様の降圧型DC/DCコンバータを既存のSiパワーMOSFETで構成する場合は、2段、もしくは3段の電力変換が不可欠だった。しかし今回はGaN FETモジュールを採用したため、1段で降圧変換することが可能になった。変換効率が92%と高いためだ。
このようにGaN FETモジュールを使う採用するメリットは非常に大きい。TIではまずは、通信機器や車載機器、産業機器での採用が進むと見ている。
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提供:日本テキサス・インスツルメンツ株式会社
アイティメディア営業企画/制作:EDN Japan 編集部/掲載内容有効期限:2015年3月31日
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