GPSが届かない場所で活動を余儀なくされる消防士や救命士たち。特に最初に対応を行うファーストレスポンダの位置を正確に把握することは困難である。そこで、ファーストレスポンダを高精度で測位、追尾するシステムを実現する最先端のセンサーフュージョン応用技術を紹介しよう。
GPSの届かないインフラ内部に深く入り込んだファーストレスポンダ(=最初の対応者)の位置を正確に把握することは、消防防災関係者にとって、長年糸口のつかめない課題でした。目的は、数十分間、数メートルの精度で位置を特定し続けることです。これは偶然にも、戦術ミサイルの誘導システムの目的とほぼ一致しています。しかし、現時点でこの誘導システム向けに選択できるソリューションは、最低でも1万米ドルの費用を要する上、サイズ、重量、消費電力のいずれも極めて大きいものです。ファーストレスポンダの初期のコンセプト実証の段階では、これと同じソリューションが用いられましたが、実際の配備が(費用とサイズの点で)難しいことは明らかでした。
そのため、ファーストレスポンダの位置を特定することは、今でも最も複雑な位置情報アプリケーションの一つになっています。一発で望みをかなえてくれる特効薬のようなセンサーはないにしても、最先端のレベルにある複数の技術を融合することが必要となります。さらに、大規模なセンサーフュージョンやシステム統合のアプローチも必要となります。
費用対効果の大きい高性能MEMS慣性センサーがその解決策となる可能性が、現在、急速に高まっています。この記事では、フル機能のセンサー TO クラウド型のセンサーフュージョンシステムについて、高度なアルゴリズムも含め説明します。
主要な手法と技術について、以下の表1にまとめます。
目標 | 手法 |
---|---|
基盤設備の不要な、動きや位置を検出するための手段 | 慣性センサー |
基準点の絶対位置を正確に定める機能 | 超広帯域(UWB)無線による位置標定 |
全シグナル・オブ・オポチュニティを最適に結合するセンサー処理 | カルマンフィルタアルゴリズムおよび粒子フィルタアルゴリズム |
堅牢な通信リンク | 部隊とバックホールの高信頼性通信 |
位置特定、捜索、救助の連携 | クラウドベースの分析手法とデータベース化 |
システム開発者が取り組むべき主要課題は、次の3通りのカテゴリーに大別できます。すなわち、使用操作上の課題、環境上の課題、センサーフュージョンにおける課題です。マルチセンサーソリューションの設計過程では、ファーストレスポンダの任務には非常に複雑な性質があることを、多様で過酷な環境がもたらす課題とともに、徹底的に理解しておく必要があります。
消防防災、捜索、救助の任務では、厳格な訓練過程が必要であると同時に、筋書き通りにはいかない非決定的な現実にも完全に対応する必要があります。高精度位置測定システムを配備するには、既存の手法や装置とできる限り適合させる必要があります。これから求められる条件の一つは、固定的なあるいは特別な設備を必要とせずに動作可能であることです。通常、ファーストレスポンダはすでに(重量と費用が)相当な装備を担っているためです。どのシステム開発においても、初期段階から、スマートフォン並みの、小型の組み込み装置とレスポンダあたりの費用を目標として進められなくてはなりません。ただし、既存のスマートフォンの位置測定性能は全く不十分であり、したがって難しい開発課題であることはここで指摘しておく必要があるでしょう。図1に、目標システムに対して、最も関連の深い1次的および、2次的な動作条件をまとめます。
屋外での測位はGPSでカバーされどこでも可能となっている一方、完全な屋内環境や混合(屋内と障害物の多い屋外)した環境では、非常に測位困難となります。屋内(例えばショッピングモール)の環境によっては、装置を設備に組み込むことで測位が可能となっている場合もありますが、ファーストレスポンダの目標仕様からすると、精度が低く、実際的でもありません。追尾システムの設計者にとっては、次の事項を考慮することで、設計明確化、部品選択、リスク軽減の各手法を促進できます。
手法や環境についての先述の課題は、この問題に対する中心的な設計アプローチ、すなわちセンサーフュージョンの基盤となるものです。関連する主要なセンシングモードが、重要な動作モードで性能を完全に発揮するよう選択されます。同時に、相補的なセンサーがアプリケーションの各フェーズの鍵となる障害を埋め合わせます。これらの概要を表2に示します。
センサー | 利点 | 制約 | ||
---|---|---|---|---|
絶対位置測定 | 動的応答 | インフラ不要 | ||
外部 GPS/RF | ● | 見通し線アクセスでない | ||
慣性 MEMS | ● | ● | ドリフト誤差 | |
磁気 | ● | ● | 磁場干渉 | |
気圧 | ● | ● | 環境に敏感 | |
外部インフラを必要とせず、動的な環境で高精度に動作できることから、MEMSは、過酷な環境で動作可能かどうか、適切な2次センサーと結合するかどうか、などの点を考慮した包括的なソリューションにおいて、主要な役割を担うと期待されます。
民生用慣性MEMSデバイスはコモディティ化に向けて(性能仕様向上への注力は抑えて)しのぎを削り、防衛用MEMSは依然として手が出ないほど高価格である半面、産業用およびオートモーティブMEMS(図2参照)は、性能とコストの両立を可能にする方向で開発が進められています。
MEMS性能 | 誤差(移動距離の% 割合) |
---|---|
軍用グレード | 約0.1 |
産業用 | 約0.5 |
民生用 | ≫25 |
産業とオートモーティブのセクタでは、コンシューマセクタに比べ、比較的複雑で過酷な環境で正確なセンシングが必要とされており、このセクタのサプライヤは、軸からずれたモーション、振動、衝撃事象などの性能劣化要因や、時間や温度起因の誤差を排除する目的に特化した構造上の機能を製品に組み込んできました。こうした設計上の機能は、より大型のセンサーや工程に多額の費用をかけた場合は極めて適用が容易である場合が多いとはいえ、オートモーティブやますます重要性を増す産業用のマーケットでは価格面の圧力があるため、性能と費用効率の両立に向けた設計にはさらに決定的な手法が必要とされています。その結果、特に産業用アプリケーション向けに開発されたMEMS部品が、性能と価格面で極めて魅力的な製品と位置付けられています。これは、移動距離に対する相対誤差の割合を主な3種の部品カテゴリーについて比較した表3に示す通りです。産業用グレードのMEMSは、ハイエンドの防衛用デバイスと同等のナビゲーション能力があると同時に、コモディティ化した民生用MEMS部品との価格差は穏当なものとなっています。
この長所の理由を知るには、目標とするアプリケーションにとって重要なMEMS部品の仕様特性を詳しく理解する必要があります。ファーストレスポンダが目標の場合、MEMSセンサーの重要な役割の一つが、現在行われている動作の種類を見極め、その歩数と歩幅を計測することです。歩行者の動作モデルとは反対に、ファーストレスポンダの動作はより不規則かつ動的で、見極めが困難です。さらに、正確性が要求されるため、センサーには、振動、衝撃、足や体の横方向のふらつきや揺さぶりなどの誤差要因を排除する機能が必要です。センサーのノイズに基づく単純な精度解析は、歩行者モデルでは十分かもしれませんが、ファーストレスポンダモデルでは、これ以外に、直線加速度除去や直交軸感度のような鍵となる仕様も考慮する必要があります。表4は、産業用とローエンドのMEMSデバイスについて並べて比較したもので、3種の重要な仕様項目について二乗和平方根(RSS)誤差の組み合わせをまとめています。容易に分かる通り、ノイズは有害要因ではなく、むしろ、多くのローエンドデバイスでは仕様規定すらされていない、直線加速度や直交軸特性が最重要の検討事項と言えます。
MEMS仕様項目 | 産業用 | ローエンド | ||
---|---|---|---|---|
性能 | 仕様 | インパクト | 仕様 | インパクト |
ノイズ密度(°/sec/√Hz) | 0.004 | 0.036 | 0.0100 | 0.089 |
直線加速度(°/sec/g) | 0.01 | 0.020 | 0.100 | 0.200 |
直交軸感度(%) | 0.09 | 0.090 | 2.00 | 2.000 |
推定誤差(°sec) | 0.099 | 2.012 | ||
前提条件:帯域幅=50Hz、振動=2g(rms)、軸外回転速度=100°/sec。 |
ほんの数年前は、高性能慣性センサーを実現する手法は主に光ファイバを用いたものだけでしたが、今では産業用MEMSの応用がこの役割を担っていることは、下の表5に示す主要なナビゲーション指標を比較すれば明らかです。
誤差 | 産業用MEMS( °) | 光ファイバ( °) |
---|---|---|
ヨー | 0.14 | 0.13 |
ロール | 0.10 | 0.08 |
ピッチ | 0.10 | 0.08 |
産業用MEMS慣性測定ユニット(IMU)の一例が、図2に示すADIS16488Aです。これは、10自由度を持つ高性能センシング機能を内蔵しており、最も要件の厳しいアプリケーションである商用航空電子機器用にも採用されており(表6参照)、ファーストレスポンダの過酷なアプリケーション要件に対して適用可能であることが実証されています。
慣性センサー、安定性 | 5°/hr、32μg |
---|---|
帯域幅 | 330Hz |
線形加速度効果、振動整流 | 9mdps/g、0.1mdps/g2 |
温度係数(バイアス、感度) | 2.5mdps/℃、35ppm/℃ |
温度/振動/衝撃 | DO-160G、Mil-Std-810G |
信頼性 | >3万5000時間 |
設計保証 | DO178/254 |
慣性MEMSの性能の向上は、品質と耐久性が絶えず実証され、統合化の著しい進歩との結びつきを深めつつあります。この最後のハードルが特に困難な課題です。これは、センサーの大きさが一般に性能や耐久性に反比例するためで、そうならないように慎重に設計する必要があります。図3に示すように、このアプリケーションに必要とされる性能レベルを実現するには、非常に戦略的かつ整合のとれたチャレンジングな一連のプロセスの進歩を実証し融合する必要があります。
目的のアプリケーションに最適なセンサーを選択する際には、徹底的な解析を行い、任務全体にわたるさまざまなフェーズの間の重み付け(関連性)を理解する必要があります。歩行者自律航法の場合、ソリューションは、性能向上のための設計よりは、主として利用可能な装置(例えばスマートフォンに組み込まれたセンサー)を考慮して規定されます。このため、GPSへの依存度が高く、他の利用可能なセンサー(例えば、組み込み慣性センサーや磁気センサー)は、有用な位置情報を決定する機能にはほとんど役立ちません。これは、屋外ではうまく機能します。しかし、障害物の多い都市環境や屋内ではGPSは使用できず、また、他の利用可能なセンサーの機能は貧弱なため、位置情報の品質に大きな不足、換言すると不確実性が生じてしまいます。先進のフィルタやアルゴリズムを用いてこれらのセンサーを結合するのが一般的ですが、センサーの追加や品質向上がなければ、ソフトウェアがこの不確実性のギャップを実際に埋めることはほとんどできません。このため、結局は位置情報の測定結果の信頼性が著しく損なわれることになります。この概念図を図4に示します。
対照的に、ファーストレスポンダのような産業用自律航法のシナリオでは、性能設計は、特定の精度条件から導出されたシステム定義と部品選択の下でなされています。著しく品質が向上した慣性センサーが主要な役割を担うとともに、他のセンサーをうまく活用して、不確実性のギャップを縮小できるようになります。アルゴリズムは、概念的に、信頼できるセンサーの計測値の間で位置を外挿したり推測したりするよりは、環境やリアルタイムのモーション・ダイナミクスを把握しつつ、センサー間の重み付け、切り替え、相関などを最適化する方向に焦点を絞ります(図5参照)。
上記のどちらの場合でも、精度はセンサーの品質向上により改善します。センサーのフィルタリングとアルゴリズムはソリューションの重要な一部ですが、それ自体は、限られた品質のセンサーに起因する性能不足を解消するものではありません。
ファーストレスポンダの追尾に特化した場合、センサー処理条件を最適に評価するために、任務を次の各段階に分割して検討します。現場到着、配置、建物内への立ち入り、救助です(表7参照)。消防車にはハイエンドのGPS/INS(慣性ナビゲーションシステム)システムが備わっており、現場到着時に消防車の位置を既知の絶対位置として測位できるものと想定します。この時点から消防士が建物内に立ち入るまで、不定、不規則な動作シーケンスがあります。このシーケンスに対して、高精度な測位とマッピングのシステムが超広帯域無線を使用してレンジング(位置標定)しており、これにより、消防士の位置と方向を正確に特定し続けることができるのです。建物内に入ると、数メートルの精度で位置情報を提供する目標の下、慣性センサーが主要な追尾センサーとなります。このシステムは必要に応じて慣性センサーのみに依存すればよいように設計されていますが、他のシグナル・オブ・オポチュニティ(UWBレンジング信号、磁力計補正、気圧計測など)も、それが利用可能でかつ信頼できる場合には活用するように設計されています。先述の通り、実装アルゴリズムは位置を追尾するだけでなく、捜索パターンのリアルタイムの経路マップも作成します。消防士が倒れたり遭難したりした場合は、初期経路から作成されたマップが、同様に慣性センサーに導かれて救援に向かう消防士への、補足的なセンサー入力となります。
任務段階 | 主要センシング | 補助センシング | 期間 | 精度 |
---|---|---|---|---|
現場到着 | GPS | 慣性 | — | 地図精度 |
配置 | UWB | 慣性 | 不明 | 数十cm |
ビル内 | 慣性 | シグナル・オブ・オポチュニティ | 約30分 | 数m |
救助 | 慣性 | 経路マップ他 | 数分 | |
高性能センサーは紛れもなくPLMシステムの中核をなすものですが、次の事項も、システムの鍵を握る実現要素です。
これらによって、センサーフュージョンプロセスを実施するに際しての、定義、手引き、限界が与えられるのです(図6参照)。プロセスの中核をなすのが、粒子フィルタで、これは、複数の起こり得る動作を時間追跡し、誤った経路を認識した場合はこれを除去します。センサー自体は業務遂行を最適化するよう消防士に配布され、ワイヤレスの部隊ネットワークが、頑健なバックホールの通信ネットワークとともに、消防士、救助者、指令制御、クラウドベースのマッピングと調整、などを必要に応じて継ぎ目なく結びつけています。
高精度な測位とマッピングのシステムによって、大掛かりな設備を必要としない位置検出手法が可能となり、高性能センサーと最先端アルゴリズムを活用してすべてのシグナル・オブ・オポチュニティを最適に統合することができます。このシステムでは、メートルレベルの精度とリアルタイムの経路マップ作成を目標にしています。産業グレードの慣性MEMSの進歩によって、PLMが可能となり、フルシステムの開発手法によって、技術的なハードルに取り組むと同時に商業的な指標も達成できるようになりました。
最新世代のセンサーの進歩を統合し、これらをファーストレスポンダの業務シナリオを明確化する際の新たな洞察に適用することに、引き続き焦点が当てられます。最終的な統合によって、必要な通信リンクと最終的なシステム要件がより完成形に近づくとともに、フォームファクタと装着位置が最適化されることになるでしょう。
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提供:アナログ・デバイセズ株式会社
アイティメディア営業企画/制作:EDN Japan 編集部/掲載内容有効期限:2019年2月14日
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