医療用の画像処理装置(イメージングモダリティ)を具体的にイメージしながら、医療用画像処理のいくつかの主要な要素に着目し、医療用画像処理の各プロセスの概要、課題、技術トレンドなどについて説明する。
医療用の画像処理技術(イメージング技術)は、ここ数十年の間に著しい進化を遂げました。現在では、非侵襲で正確な診断が行えるようになったことから、画像処理は医療用システムの極めて重要な構成要素であると位置づけられています。医療用画像処理は、いくつかの分野にまたがる研究/開発が求められる学際的な分野の技術であり、その進化には大きなイノベーションが必要になります。
医療用画像処理システムのデータフローは、未処理のデータのアクイジションからデジタル画像の通信までの多様なプロセスによって構成されています。現在、そうしたシステムは、空間と強度という2つの次元で、ますます高い分解能を備えるようになってきています。また、アクイジションにかかる時間はより短くなっており、質の高い未処理の画像データが膨大に生成されるようになっています。正確な診断結果を得るには、それらのデータを適切に処理して解釈しなければなりません。
本稿では、具体的なイメージングモダリティ(医療用の画像処理装置)を念頭に置きつつ、医療用画像処理のいくつかの主要な要素に着目し、それぞれの概要、課題、トレンドなどについて説明します。
医療用画像処理は、図1に示す中核的な要素で構成されます。それぞれの要素には、さまざまな側面に主眼を置いた数多くの概念や手法が関連します。各要素は、画像の形成、演算、管理という3つの主要なプロセスに分類されます。
画像の形成は、データのアクイジションと画像の再構築というステップから成ります。これは、数学でいう逆問題を解く(出力から入力を推定する)プロセスです。画像の演算は、再構築された画像の解釈性を高め、そこから臨床関連の情報を抽出することを目的として実施されます。画像の管理では、取得した画像と抽出した情報の圧縮、保存、検索、通信を実施します。
画像の形成における最初の重要なステップは、未処理の画像データのアクイジションです。これには、人体の内面を表す物理量に関するオリジナルの情報が含まれています。画像処理における以降の全ステップでは、この情報が主要な対象物となります。
各種のイメージングモダリティは、利用する物理的な原理がそれぞれに異なります。そのため、同じ物理量を検出の対象とするわけではありません。例えば、DR(デジタル・ラジオグラフィ)やCT(コンピュータ断層撮影)では、入射光子のエネルギーを検出します。一方、PET(ポジトロン断層法)では、光子エネルギーとその検出時間を対象とします。MRI(核磁気共鳴画像法)では、励起原子が放射するRF信号のパラメータを検出し、超音波検査装置では反響音のパラメータを検出します。
このように、イメージングモダリティの種類に応じて、検出の対象はそれぞれに異なります。ただ、そうした違いはあるものの、データアクイジションのプロセスは、いずれも物理量の検出(電気信号への変換も含まれます)、取得した信号に対するプリコンディショニング、得られた信号のデジタル化に分割することができます。図2に示したのは、データアクイジションのプロセスに対応する一般的な機能ブロック図です。これは、上述したすべてのステップを含み、ほとんどのイメージングモダリティに当てはめることができます。
画像の再構築は、取得した未処理のデータを基に画像を形成するための数学的なプロセスです。多次元に対応する画像処理システムの場合、異なる角度や異なる時間ステップで取得した複数のデータセットを結合する処理も、このプロセスに含まれます。医療用の画像処理の場合、画像の再構築においては、この分野の基礎的な事柄である逆問題を扱います。この種の問題を解くために用いられる主要なアルゴリズムは、解析的なものと反復的なものの2つに分類できます。
解析的な手法の典型的な例としては、断層撮影法で広く用いられるフィルタ補正逆投影(FBP:Filtered Backprojection)、MRIにおいて特に重要なフーリエ変換(FT:Fourier Transform)、超音波検査に不可欠な手法である遅延加算型(DAS:Delay and Sum)のビームフォーミングなどが挙げられます。これらのアルゴリズムは洗練されており、処理能力と演算時間の面で効率的なものとなっています。
ただ、各アルゴリズムは、理想化されたモデルに基づいています。そのため、測定に影響を及ぼすノイズの統計的な性質や、画像処理システムの物理的な特性などの複雑な要因を扱えないといった、明らかな制約を抱えています。
一方、反復的なアルゴリズムにはそうした制約がありません。ノイズ耐性を大幅に改善することができ、不完全な未処理データから最適な画像を再構築することが可能です。一般に、反復的な手法では、システムのノイズのモデルと統計的なノイズのモデルを使用し、初期のオブジェクトモデルと仮の係数に基づいて、予測のための計算を実施します。計算によって得られた予測と元のデータの差に基づいて新たに係数を定義し、それを用いてオブジェクトモデルを更新します。推定された値と実際の値を対応づけるコスト関数が最小になるまで、この処理を繰り返すことにより、再構築のプロセスにおける最終的な画像へと収束していきます。
最尤(さいゆう)推定‐期待値最大化法(MLEM:Maximum Likelihood Expectation Maximization)、最大事後確率(MAP:Maximuma Posteriori)、代数的再構築法(ARC:Algebraic Reconstruction)など、多様な反復的手法がさまざまなイメージングモダリティに広く適用されています。
画像の演算では、再構築された画像データに対して計算や数学的な手法を適用し、臨床関連の情報を抽出します。画像データのエンハンスメント、解析、視覚化を目的として、それらの手法が適用されます。
画像のエンハンスメントでは、画像の変換表現を改善することにより、そこに含まれる情報の解釈性を高めます。そのための手法には、空間領域の手法と周波数領域の手法があります。
空間領域の手法は、画像のピクセル(画素)に直接適用されます。特に、コントラストの最適化に有効です。一般に、この種の手法は、対数、ヒストグラム、べき乗則変換などに基づいています。一方、周波数領域の手法では、周波数変換を利用します。さまざまな種類のフィルタを適用して、画像のスムージングやシャープニングを行う場合に最も適しています。
こうしたあらゆる手法を適用することで、ノイズと不均質性の低減、コントラストの最適化、エッジの強化、アーティファクトの除去を行います。その結果、後続の解析と解釈のプロセスを左右する属性の改善を図ることができます。
画像の解析は、画像の演算における中心的なプロセスです。さまざまな手法が適用されますが、それらは画像のセグメント化、登録、定量化の3つに分類することができます。
画像のセグメント化は、意味のある形で解剖学的な構造に画像を分割するプロセスです。一方、画像の登録は、複数の画像を正しく位置合わせするプロセスです。特に、時間的な変化に関する解析を行う場合や、異なるモダリティで取得した画像を組み合わせる場合に重要になります。画像の定量化は、特定の構造の体積、直径、組成といった属性や、その他の解剖学的/生理学的な情報を判定するプロセスです。これらのプロセスは、すべて画像データによる検査の質と医学的な所見の正確性に直接的な影響を及ぼします。
視覚化は、寸法が定義された特定の形式で解剖学的/生理学的な画像情報を視覚的に表現するために、画像データをレンダリングするプロセスです。このプロセスは、データを直接操作することにより、画像解析の初期段階、中間段階、最終段階で実行することができます。例えば、中間段階でセグメント化や登録のプロセスを補助したり、最終段階で改善後の結果を表示したり、といった具合です。
医療用画像処理の最後の要素は、取得した情報の管理です。画像データの保存、検索、通信を実施するためにさまざまな手法が適用されます。画像の管理のいろいろな側面については複数の規格が定められており、いくつもの技術が開発されています。例えば、画像保存通信システム(PACS:Picture Archiving and Communication System)では、複数のモダリティで取得した画像向けに低コストのストレージとアクセス手段が提供されます。PACSでは、DICOM(Digital Imaging and Communications in Medicine)という標準規格に基づいて、画像の保存と通信が行われます。画像の圧縮やストリーミングを行うための特殊な手法を適用することにより、それらのタスクを効率的に実現できるようになっています。
医療用画像処理の分野には比較的保守的な面があり、研究から臨床応用に至るまでに10年以上の歳月がかかるケースが少なくありません。ただ、本質的に複雑な分野であることも確かです。そのため、医療用画像処理を実現するための科学的な専門領域には、多面的な課題が存在します。そうした課題を解決するために、より優れた手法が常に求められています。従来からの進化の流れを受けて、医療用画像処理のすべての中核的な要素にわたり、主要なトレンドが形成されています。
例えば、画像のアクイジションに対しては、未処理のデータの質を高め、それに含まれる情報の価値を向上するための革新的なハードウェア技術が開発されています。集積化されたフロントエンドを含むソリューションにより、スキャンにかかる時間の短縮や分解能の向上が図られています。また、そうしたソリューションを採用することで、より高度なアーキテクチャの実現が可能になります。例えば、超音波とマンモグラフィ、CTとPET、PETとMRIといった組み合わせのコンボシステムを構築できるということです。
画像の再構築に対しては、解析的な手法に代わり、高速で効率に優れる反復的なアルゴリズムを利用するケースが増えています。それによって、PETでは画質が劇的に改善し、CTではX線照射量を削減でき、MRIでは圧縮センシングが可能になります。また、人間が定義したモデルの代わりにデータ駆動型の信号モデルを採用することで、限られたデータやノイズが大きいデータから、逆問題に対するより良い解を得ることができるようになっています。画像の再構築に関するトレンドと課題を表す主要な研究分野としては、システムの物理的特性のモデル化、信号モデルの開発、最適化用アルゴリズムの開発、画質の評価方法の改善などが挙げられます。
医療用画像処理を担うハードウェアによってますます大量のデータが取得され、アルゴリズムがさらに複雑化するにつれて、効率的な演算技術に対するニーズがより一層高まります。この重要な課題に対しては、より高性能なグラフィカルプロセッサやマルチプロセッシング手法が考案されています。そうした技術は、研究から実用化への移行に対して、全く新たなスケールの機会をもたらします。
画像の演算と画像の管理に関する主要なトレンドと課題は、数多くの分野にまたがります。その一部を図3にまとめました。
これらすべての分野に関して、継続的に新たな技術が考案されています。その結果、研究と臨床応用の間のギャップが解消されつつあります。また、医療用画像処理を利用した診断を医師のワークフローに組み込み、従来以上に正確で信頼性の高い結果が得られるようにするための動きが促進されます。
アナログ・デバイセズは、医療用画像処理の分野に向けて、さまざまなソリューションを提供しています。それらのソリューションは、データアクイジションシステムの設計に求められるダイナミックレンジ、分解能、精度、直線性、ノイズに関する最も厳しい要件に対応しています。以下では、未処理の画像データにおいて、最高レベルの初期品質を確保するために開発されたソリューションをいくつか紹介します。
「ADAS1256」は、256チャンネルを備える集積度の高いアナログフロントエンドです。これは、特にDRアプリケーション向けに設計されています。「ADAS1135」、「ADAS1134」は、優れた直線性を備えるマルチチャンネルのデータアクイジションシステムです。これらを採用すれば、CTアプリケーションにおける画質を最大限に高めることができます。マルチチャンネルのA/Dコンバータ「AD9228」、「AD9637」、「AD9219」、「AD9212」は、PETの要件を満たす卓越したダイナミック性能と消費電力の削減を達成するように最適化されています。パイプライン型のA/Dコンバータ「AD9656」は、MRI向けの製品であり、消費電力を抑えつつ卓越したダイナミック性能を提供します。「AD9671」は、集積度の高いレシーバーフロントエンドです。この製品は、パッケージが小型であることが必須で、低コスト/低消費電力の医療用超音波アプリケーション向けに設計されています。
医療用画像処理は、数学やコンピュータ科学、物理学、医学など、いくつもの科学的な専門領域に基づく非常に複雑な学際的技術です。本稿では、この分野を構成する中核的な要素の概要、トレンド、課題を示しました。これらの内容を、簡素化しつつも適切に構造化されたフレームワークとして示すよう努めました。医療用画像処理のプロセスの中で最初に実施されるのは、データのアクイジションです。これは、医療用画像処理のフレームワークにおいて、後続の全プロセスで使用される未処理のデータの初期品質を決める非常に重要な要素の1つです。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
提供:アナログ・デバイセズ株式会社
アイティメディア営業企画/制作:EDN Japan 編集部/掲載内容有効期限:2020年2月19日
スマート・ファクトリーに向けた変革であるインダストリー4.0。しかしながら、インダストリー4.0がもたらすメリットは最小限しか認識されていません。エレクトロニクス業界にもたらすインダストリー4.0のメリットを、あらためて考察していきましょう。
産業用イーサネットが製造分野にもたらすメリットについて解説します。最初に解説するのは、プラントのオートメーション・システムに適用される技術としてイーサネットが有用な選択肢になった理由についてです。
ワイヤレス・センサ・ネットワーク技術が半導体工場の生産効率を高めた事例を紹介しよう。これまで人手に頼らざるを得なかった175本にも及ぶ特殊ガスボンベの常時監視を大きな工事を伴わず自動化し、ガスの使用率を高めるなどの成果を上げた事例だ。