電子機械式リレーに代わる優れたデバイスであるMEMSスイッチは、電子システムの実現方法に大きな変革をもたらした。卓越したMEMS技術で革新的なMEMSスイッチを提供するアナログ・デバイセズが「MEMSスイッチの基礎」を解説する。
この記事では、アナログ・デバイセズが成し得たマイクロマシン・システム(MEMS)スイッチ技術のブレークスルーについて説明します。アナログ・デバイセズのMEMSスイッチ技術は、従来の電子機械式リレーと比較した場合、RFおよびDCスイッチの性能や信頼性の向上、そして小型化の面で劇的な進歩を可能にします。
過去30年間にわたり、MEMSスイッチは、性能が限られた電子機械式リレーに代わる優れたデバイスとして、絶えず吹聴されてきました。そして、0Hz/DCから数百GHzまでの信号の経路を高い信頼性と最小限の損失で定めることのできる、使いやすく小さいフォームファクタのスイッチを提供することによって、電子システムの実現方法に大きな変革をもたらしてきました。この性能上の利点は、極めて広範なタイプの装置やアプリケーションに影響を与えます。電気的な試験/計測システム、防衛システム・アプリケーション、ヘルスケア機器などは、これまで不可能であったレベルの性能とフォームファクタを実現できる分野の一部にすぎません。これらは全てMEMSスイッチ技術によって可能になります。
現在のスイッチング技術にはどれも欠点があり、理想的なソリューションといえる技術は一つもありません。リレーの欠点としては、狭い帯域幅、短い動作寿命、限られたチャンネル数、大きいパッケージサイズなどが挙げられます。MEMS技術は、リレーより小さいフォームファクタで、卓越したRFスイッチ性能と桁違いの信頼性向上を実現する可能性を持ち続けてきました。
MEMSスイッチ技術の開発に挑む多くの企業を阻んできた課題が、信頼性の高い量産品を提供することでした。最初にMEMSスイッチの研究に携わった企業の1社がThe Foxboro Companyで、同社は1984年に、世界初となる電子機械式スイッチの特許の一つを申請しています。アナログ・デバイセズは、1990年以来、初期の学術的プロジェクトを通じて、MEMSスイッチ技術の研究に関わり、1998年までに、MEMSスイッチの設計、開発を成し遂げ、これが初期のプロトタイプにつながっています。その後2011年、MEMSスイッチプロジェクトへの投資を大幅に拡大することにより、自社の最先端MEMSスイッチ製造施設の建設が進められました。今日のアナログ・デバイセズは、常に必要とされる製品、すなわち旧式となりつつあるリレー技術に代わる、量産が可能で信頼性と高性能を兼ね備えた小型フォームファクタのMEMSスイッチを供給することができます。
アナログ・デバイセズには、MEMSに関する豊かな歴史があります。開発、製造、商品化に成功した世界初のMEMS加速度センサー製品は、1991年にアナログ・デバイセズがリリースしたADXL50加速度センサーです。さらに、業界初の集積化MEMSジャイロセンサーADXRS150を2002年にリリースしました。これら初期のリリース以降、アナログ・デバイセズは大規模なMEMS製品事業を築き上げ、信頼性に優れた高性能MEMS製品の製造に関して比類のない評価を確立してきました。アナログ・デバイセズがこれまでに出荷した慣性センサーの数は、自動車、工業、コンスーマ・アプリケーション向けに10億個を超えます。MEMSスイッチ技術の実現を推進する経験と信念は、こうした歴史によってもたらされました。
アナログ・デバイセズのMEMSスイッチ技術の中核をなすのは、静電駆動型、マイクロマシン構造で、カンチレバービームを備えたスイッチング素子という構想です。基本的に、このスイッチは、静電気で動作する金属接点を備えた1μm単位の機械式リレーと考えることができます。
スイッチは3端子構成で接続されます。機能上、これらの端子はソース、ゲート、ドレインと考えることができます。スイッチの動作を視覚的に表したのが図2です。ケースAはオフ位置にある状態を示しています。ゲートにDC電圧を加えると、スイッチビームを下方向へ引っ張る静電気力が発生します。これは平行板コンデンサに生じる静電気力と同じもので、正負の電荷が帯電したプレートが互いに引き合います。ゲートの電圧が徐々に増加して十分高い値になると、抵抗となるスイッチビームのスプリング力に打ち勝つだけの十分な引力(赤い矢印)が生じ、ビームが下方向へ動き始めて接点がドレインに接触します。この状態を示したのが図2のケースBです。これによってソースとドレイン間に回路が形成され、スイッチがオンの状態になります。スイッチビームを下に引き下げるために実際に必要とされる力は、カンチレバービームのばね定数と動作抵抗の大きさに関係します。オン位置にあっても、スイッチビームには依然として上方向のスプリング力(青い矢印)がかかっていますが、下に引いている静電気力(赤い矢印)の方が大きい限り、スイッチはオン状態を維持します。最後に、ゲート電圧を取り除く、つまりゲート電極の電圧を0Vにすると(≪図2)のケースC)、静電気による引力は消失し、スイッチビームが十分な復元力(青い矢印)を持つスプリングとして作用し、ソースとドレイン間の接続が開いて、元のオフ位置に戻ります。
MEMS技術を使用してスイッチを製造する4つの主要ステップを、図3に示します。スイッチは高抵抗のシリコンウエハー(図3-1)の上に形成しますが、ウエハーの上面には、下側にある基板との電気的絶縁を確実なものとするために、厚い絶縁層を堆積します。MEMSスイッチとの相互接続の実現には、標準的なバックエンドCMOS相互接続プロセスを使用します。MEMSスイッチへの電気的接続には低抵抗の金属とポリシリコンを使用し、これを絶縁層に組み込みます(図3-2)。スイッチ入力、スイッチ出力および、ゲート電極からダイ上のあらゆる場所にあるワイヤボンドパッドへの接続には、赤で示された金属ビア(図3-2)を使用します。カンチレバーMEMSスイッチ自体は、カンチレバービームの下に間隙(かんげき)を形成するための犠牲層を使って、表面にマイクロマシン加工されます。カンチレバースイッチビーム構造とボンドパッド(図3-3)は、金を使って形成します。スイッチ接点とゲート電極は、絶縁体の上に低抵抗の薄い金属膜を堆積させて形成します。
ワイヤボンドパッドも、上記の手順を使って形成されます。MEMSダイと金属リードフレームの接続には金ワイヤボンディングが使われ、PCBへの表面実装を容易にするために、プラスチックQFN(Quad-FlatNo-leaded)パッケージに封入されます。ダイのパッケージング技術は1種類だけに限定されません。これは、高抵抗のシリコンキャップ(図3-4)をMEMSダイにボンディングして、MEMSスイッチデバイスの周囲に密封された保護ハウジングを形成するためです。このようにしてスイッチを密封すると、どのような外部パッケージ技術を使用した場合でも、スイッチの耐環境性とサイクル寿命が向上します。
図4に、単極四投(SP4T)マルチプレクサ構成とした4個のMEMSスイッチの拡大図を示します。各スイッチビームには、スイッチを閉じた時の抵抗を小さくして扱える電力量を大きくするために、並列に配置した5個のオーミック電極があります。
冒頭に概要を示したように、静電気力でスイッチを作動させるためには、MEMSスイッチには高いDC駆動電圧が必要です。デバイスをできるだけ使いやすくするとともに、性能を確保するために、アナログ・デバイセズでは高いDC電圧の生成用にスイッチと組み合わせて使用するドライバ集積回路(IC)を開発し、QFNのフォームファクタでMEMSスイッチと同じパッケージに封入しました。さらに、生成された高い動作電圧は、制御された形でスイッチのゲート電極に加えられます。この電圧は、マイクロ秒単位で高い値まで引き上げられます。この電圧の上昇は、スイッチビームを引き下げる引力を制御する助けとなり、スイッチの動作、信頼性、サイクル寿命を向上させます。QFNパッケージに組み込んだ状態のドライバICとMEMSダイを図5に示します。ドライバICに必要なのは低電圧と低電流のみで、標準的なCMOSロジックの駆動電圧で動作します。ドライバは同一パッケージに封入されているため、スイッチが非常に使いやすくなり、消費電力も10〜20mWの非常に低い範囲に抑えられます。
新しい技術において重要な原則は、どの程度の信頼性を備えているかということであり、アナログ・デバイセズが特に留意しているのもこの点です。新しいMEMS技術の製造プロセスは、機械的に堅牢な高性能スイッチ設計の開発を可能にするための基本でした。このプロセスと、密封されたシリコンキャッピングプロセスの組み合わせが、真の信頼性を備えた長寿命のMEMSスイッチを提供する上で極めて重要だったのです。MEMSスイッチの商品化を成功させるには、スイッチサイクリング、寿命試験、機械的衝撃試験など、MEMS固有の広範な信頼性試験が必要でした。このような品質評価に加えて、できる限り高いレベルの品質を保証するために、これらのデバイスについては、標準的なIC信頼性試験による品質評価が行われてきました。実施された環境試験と機械的試験の概要を表1に示します。
Test Name | Specification |
---|---|
HTOL 1kHz, 1Billion Cycles, 1000Hours | JESD22-A108 |
HTOL II Switch Continuously on at +85℃, 1000Hours | JESD22-A108 |
ELF 5kHz Burst Mode Cycling, 85℃, 48Hours | MIL-STD-883, M1015 |
HAST +130℃, 85% RH, Biased, 96Hours | JESD22-A110 |
SHR MSL 3 Precondition | J-STD-20 |
Random Drop | AEC-Q100 Test G5, 0.6m |
Vibration Testing Cond B, 20Hz to 2000Hz at 50g | MIL-STD-883, M2007.3 |
Mechanical Shock 1500g 0.5ms Vibration 50g Sine Sweep 20Hz to 2000Hz Acceleration 30,000g | Group D Sub 4 MIL-STD-883, M5005 |
Temperature Cycle 1 Cycle per Hour –40℃ to +125℃, 1000Cycles | JESD22-A104 |
High Temp Storage +150℃, 1000Hours | JESD22-A103 |
Autoclave 121℃, 100% RH, 96Hours | JESD22-A102 |
RF計測アプリケーションでは、スイッチの動作寿命の長いことが最も重要です。MEMS技術は、電子機械式リレーより1桁多いサイクル寿命を実現するために開発が行われてきました。このデバイスのサイクル寿命は、85℃での高温動作寿命(HTOLI)試験と初期故障(ELF)品質評価試験によって確保されています。
連続オン寿命(COL)性能は、MEMSスイッチ技術におけるもう1つの重要パラメータです。例えば、RF計測におけるスイッチの使用法はさまざまで、長時間にわたってオン位置のままになることもあります。アナログ・デバイセズはこの事実を認識して、MEMSスイッチ技術の寿命関連リスクを軽減するために、優れたCOL寿命性能の実現を重視してきました。アナログ・デバイセズは、50℃で7年間(故障発生までの平均時間)という初期のCOL性能からさらに技術を高め、クラス最高レベルの85℃で10年間というCOLを実現しました。
MEMSスイッチ技術については、一連の包括的な機械的堅牢性評価試験が行われてきました。表1に、MEMSスイッチの機械的耐久性を確認する試験内容を示します。MEMSスイッチ素子はサイズが小さく慣性も小さいので、電子機械式リレーより大幅に堅牢性が向上しています。
MEMSスイッチの重要な強みは、高精度の0Hz/DC性能および広帯域RF性能を両立し、リレーよりも高い信頼性を、表面実装型の小さいフォームファクタにまとめている点です。
あらゆるスイッチ技術において最も重要な性能指数は、1個のスイッチのオン抵抗にオフ容量を乗じた値です。これは一般にRonCoff積と呼ばれ、フェムト秒単位で表されます。RonCoffが小さくなるとスイッチの挿入損失も小さくなり、オフアイソレーションが改善されます。
アナログ・デバイセズのMEMSスイッチ技術のスイッチユニットセル1個あたりのRonCoff積は8未満であり、卓越したスイッチ性能を実現する高品質の技術として位置付けられています。
この基本となる利点は、慎重な設計とともに、優れたRF性能レベルを実現するために利用されてきました。図6は、プロトタイプQFN単極双投(SPDT)MEMSスイッチの挿入損失とオフアイソレーションを測定した図です。26.5GHzでの挿入損失はわずか1dBで、さらに32GHz以上に達する帯域幅がQFNパッケージの状態で実現されています。
図7は、単極双投(SPDT)MEMSスイッチダイのプローブ計測により、プロトタイプの挿入損失とオフアイソレーションをより広い周波数範囲でスイープした結果です。40GHzで、1dBの挿入損失と−30dB程度のオフアイソレーションを達成しています。
さらにMEMSスイッチ設計は、本質的に以下の領域において極めて高い性能を実現します。
最後に、ソリューションの小型化は通常、全ての市場において求められる非常に重要な条件です。ここでも、MEMSは注目すべき利点を提供します。図8は、アナログ・デバイセズのパッケージ化されたSP4T(4スイッチ)MEMSスイッチと、代表的なDPDT(4スイッチ)電子機械式リレーを同スケールで比較したものです。容積に関して言えば、省スペース効果は絶大です。この例のMEMSスイッチが必要とする容積は、リレーの5%にすぎません。この非常に小さいサイズは基板面積の節約を大幅に促進し、特に両面基板の開発を可能にします。この利点は、チャンネル密度の向上が最重要視される自動試験機器のメーカーにとっては、特に有益です。
アナログ・デバイセズが開発したMEMSスイッチ技術によって、スイッチの性能と小型化を大きく飛躍させることが可能となります。0Hz/DCからKaバンドを超える帯域までをカバーするクラス最高の性能、リレーよりも1桁長いサイクル寿命、優れた直線性、極めて低い消費電力、チップスケールパッケージでの提供などにより、アナログ・デバイセズのMEMSスイッチ技術は、アナログ・デバイセズが提供する幅広いスイッチ製品群に新たに革新的な製品を加えます。
参考資料:
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・Goggin, R., Fitzgerald, P., Stenson, B., Carty, E., McDaid, P.: “Commercialization of a Reliable RF MEMS Switch with Integrated Driver Circuitry in a Miniature QFN Package for RF Instrumentation Applications.”, Microwave Symposium (IMS), IEEE MTT-S International, 17-22 May. 2015.
・Goggin, R., Wong, J.E., Hecht, B., Fitzgerald, P., Schirmer, M.: “Fully integrated, high yielding, high reliability DC contact MEMS switch technology & control IC in standard plastic packages.”, Sensors, 2011 IEEE, pp. 958, 961, 28-31 Oct. 2011.
・Maciel, J., Majumder, S., Lampen, J., Guthy, C.: “Rugged and reliable ohmic MEMS switches”, Microwave Symposium Digest (MTT), IEEE MTT-S International, 17-22 June 2012.
・Rebeiz G., Patel C., Han S., Ko Chih-Hsiang., Ho K.: “The Search for a Reliable MEMS Switch?.”, IEEE Microwave Magazine, Jan/Feb 2013.
・Stephen D. Senturia, “Microsystem Design.”, Springer, 2000.
Eric Cartyは、1998年にアイルランド国立大学メイヌース校で実験物理学の修士号を取得しました。10年間RF受動コンポーネントの設計技術者として10年間勤務した後、アナログ・デバイセズ入社しました。2009年より、アナログ・デバイセズのシニア・アプリケーション・エンジニアとして、RFスイッチとMEMS技術の研究開発を担当しています。現在は、アナログ・デバイセズのスイッチおよび、マルチプレクサ・アプリケーション部門マネージャです。
Padraig Fitzgeraldは、2002年にリムリック大学を卒業し、電子工学の学士号を取得しました。アイルランドのリムリックにあるアナログ・デバイセズで、2002年よりソリッドステートスイッチの評価エンジニアとして業務に従事しました。2007年より、スイッチ設計部門へ異動し、コーク工科大学でMEMSスイッチの信頼性に関する研究で修士課程を終了しています。現在、高精度スイッチ・グループICデザイン・エンジニアのシニア・スタッフとして、MEMSスイッチのデバイス設計に従事しています。
Padraig McDaidは、1998年にアイルランドのリムリック大学で電子工学の学士号を取得しました。アナログ・デバイセズのスイッチ/マルチプレクサ・マーケティング部門のマネージャとして、主にMEMS技術の研究開発に従事しています。2009年のアナログ・デバイセズ入社以前は、多国籍企業や中小企業で、RF設計、アプリケーション、マーケティングなどの各種業務を担当しています。
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提供:アナログ・デバイセズ株式会社
アイティメディア営業企画/制作:EDN Japan 編集部/掲載内容有効期限:2019年3月17日
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