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テスラ「Model3」の車載充電器を丸裸に、損失解析が可能な電源シミュレーターを活用 崇城大学准教授 西嶋仁浩氏インタビュー

カーボンニュートラルの実現に向けて注目度ががぜん高まる電源技術。その研究/教育の最前線で活躍するのが崇城大学准教授の西嶋仁浩氏だ。同氏はスマートエナジー研究所の電源シミュレーター「SCALE/Scideam」を使い、米Teslaが販売する電気自動車「Model3」の車載充電器を分解、解析した。SCALE/Scideamは損失解析機能を持つ。このため、極めて詳細な解析が可能になった。今回は同氏に、解析で明らかになったことや、今後SCALE/Scideamを使って取り組む研究の方向性などについて聞いた。

» 2022年07月26日 10時00分 公開
[PR/EDN Japan]
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―――現在、電源シミュレーター「SCALE/Scideam」をどのような場面で活用していますか?

崇城大学情報学部情報学科電子通信コース准教授の西嶋仁浩氏。崇城大学エネルギーエレクトロニクス専攻で博士後期課程を卒業後、大分大学で教員を15年間務める。2018年から現職。専門分野は、電源回路などの電気電子工学。

西嶋仁浩氏 電源技術の教育と研究。その両面で活用しています。特に教育の面ではかなり助けられています。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染拡大期は、なかなか対面のゼミを実施できず、電源技術を学生に説明するにも遠隔で実施せざるを得ませんでした。そのときに電源シミュレーターが役立ちました。

 まず私が電源回路の動作を説明してから、学生にシミュレーター上で電源回路を組んでもらう。そして次に、スイッチング周波数やインダクタンスなどを変えて、さまざまなノードの電圧/電流波形を見てもらいます。これでかなり電源回路への理解が深まります。

 最近は、かなり対面で講義しやすくなりましたが、それでも電源シミュレーターは活用していくつもりです。学生は実験室にいなくても場所を問わず自宅でも学べる上に、電源学習のしきいの高さを大幅に下げられるというメリットがあるからです。やはり、いきなり実物を使って実験するのは難しい。測定器の使い方も簡単ではありません。難易度が高すぎると、学生のやる気がなえてしまいます。電源シミュレーターを使えばしきいを下げられる。教育の手軽さという点で手放せないツールです。さらに、時代の流れであるDX(デジタルトランスフォーメーション)化にもマッチしています。

 もちろん、電子部品メーカーの開発者や電子機器メーカーの設計者などが電源技術を学ぶ際の教材としても価値があることは間違いありません。

―――学生はすぐにシミュレーターを使いこなせますか?

西嶋氏 はい。一度覚えてしまえば、結構使いこなせます。仮に、使い方が分からなくなっても、ヘルプ機能が充実しているため行き詰まることはないでしょう。例えば、ある電子部品の特性値の入力方法が分からない場合、そこでヘルプ機能をクリックすると説明文が表示されます。これを見て、その通りに作業すれば先に進められます。ハードルは意外に低いという印象です。

―――電源技術の研究では、どのように活用していますか?

西嶋氏 新しい電源技術を生み出すには、新しいアイデアが欠かせません。電源シミュレーターを使えば、新しいアイデアが有効なのか、そうではないのかをスピーディーに確認できる。設定などが煩雑だと使いづらいですが、SCALE/Scideamはサクッと使える。研究者には便利なツールです。

 さらにSCALE/Scideamは、電源回路の設計にも有効です。通常、電源を設計する際には動作確認だけでなく、損失解析を行います。従来は、自分で理論式を立てて、その式を使って損失を計算していました。実際には、表計算ソフトに打ち込んで求めていたわけです。しかし、SCALE/Scideamには損失解析機能が搭載されました。この機能を使えば、スイッチング素子やダイオードなど、使用する部品を電源シミュレーター上で置き換えるたびに損失を算出できます。損失が一番小さい部品の組み合わせはどれなのか。こうして使用する部品を最適化できます。電源シミュレーターの使い勝手が大幅に高まったといえるでしょう。

TESLAの電源技術力を測る

―――最近、米Teslaが販売する電気自動車「Model3」の車載充電器を分解されたようですが、そこでも電源シミュレーターを活用したのですか?

西嶋氏 はい、Model3の車載充電器の分解にSCALE/Scideamを活用しました(図1)。従来の分解調査といえば、どのような部品が使われているのか、外形寸法はどのくらいなのか、実装にはどうような技術を採用しているのか、などしか分かりませんでした。

図1:Teslaの「Model3」に搭載された車載充電器[クリックで拡大]

 しかし今回の分解調査では、SCALE/Scideamに車載充電器の回路構成を入力し、電圧/電流波形や損失を計算できるようになった(図2)。この結果、設計の良しあしの判断が可能になったわけです。車載充電器の写真だけだと、設計が良いか悪いか分からない。しかし、電源シミュレーターを使うことではっきりした。これは本当に価値があります。そこから学ぶことがあり、それを自分たちの設計に生かしていけるからです。

図2:Model3の車載充電器の回路図と損失内訳[クリックで拡大]
SCALE/Scideamで解析したLLC共振コンバーターの出力電圧別の損失解析結果。「一次側SW導通損」「二次側ダイオード電圧損」「一次側SWターンオフ損」「コア」「二次側ダイオード導通損」などの損失原因ごとに算出できる。

―――Model3の車載充電器の具体的な評価を教えてください。

西嶋氏 「うまく設計できているなぁ」という印象です。大きな欠点はなく、無難に設計されている。Teslaと競合関係にある国内企業は、危機感を持った方がいいかもしれません。

―――実際に、どのような設計を採用しているのでしょうか?

西嶋氏 一般に車載充電器はフルブリッジコンバーターを採用するケースが多いのですが、Model3ではLLC共振コンバーターで構成しています。LLC共振コンバーターは、バッテリーの電圧範囲、すなわちコンバーターの出力電圧範囲が広いと高効率が得られないケースがあります。しかしModel3のLLC共振コンバーターを電源シミュレーターで解析したところ、出力電圧が350Vでも400Vでも約97%と高い効率が得られていました。入力電圧が高いケースや低いケースでも効率が低下することはない。Model3のバッテリー電圧範囲が比較的狭いことが影響しているかもしれませんが、バランスの取れたLLC共振コンバーターを設計しているといえるでしょう。

―――採用している部品や回路について、特筆すべき点はあったでしょうか?

西嶋氏 力率改善(PFC)回路にはSiC(炭化ケイ素)パワーMOSFETが採用されていました。実はModel3は、最初のモデルから電源システムだけがリニューアルされています。当初PFC回路は、スイッチング素子だけでなくダイオードにもSiCデバイスが使われていました。ところが最新のモデルでは、SiCデバイスはスイッチング素子だけ。SiCダイオードは、Si(シリコン)製のダイオードやサイリスタに変更されており、コストダウンが進められています。

カーボンニュートラルの達成に貢献

―――今後、電源シミュレーターをどのような形で活用しようと考えていますか?

西嶋氏 現在、日産自動車と進めている共同研究で電源シミュレーターを活用しています。この共同研究は、自動車に太陽電池を搭載し、それで発電した電力で走行させることが目的です(図3

図3:新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の事業の中でシャープが開発した太陽電池を日産の協力で搭載した車両[クリックで拡大]
太陽電池は、ボンネット(フッド)とルーフ、リアゲートの3カ所に取り付けた。太陽電池全体の最大発電電力は1150W。このほか40kWhのバッテリーを搭載している。 出所:新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)ニュースリリース(2020年7月6日)

 実は、太陽電池を住宅に取り付けるのと自動車に取り付けるのでは、大きな違いがあります。それは、自動車は走っているため、建物や街路樹の陰が掛かったり、太陽の向きが変わったりすることです。言い換えれば、日射量が目まぐるしく変化する。日射量の変化は発電量の変化に直結します。しかも、バッテリーの出力電圧もその充電状態によって変化します。電源の効率は、入力や負荷の条件によって変わる。従って、太陽電池で発電されてバッテリーに充電される電力量を正確に評価しようとすると、さまざまな入力/負荷条件において効率のデータを取得しておく必要があります。このデータの取得に電源シミュレーターを活用しています。

 今後、こうした充電量解析の研究は、さらに高度化させます。具体的には、自動車の走行ルートや季節、天候などを勘案して日射量を計算し、発電量が最大になる走行ルートを求められるようにする考えです。走行ルート付近の自動車からデータを吸い上げれば実現可能です。研究は、令和4年度(2022年度)の文部科学省の科学研究費(基礎研究(B))を採択されました。タイトルは「走行中の部分陰や日射量急変に対し最大限に発電できる車載太陽光発電システムの開発」です。

―――算出した最適な走行ルートは、実際にはどのように活用するのでしょうか?

西嶋氏 例えば、この先、どのくらいの発電量が得られるのかが分かれば、商用電源から購入する電力量を最小限に抑えられます。

―――この研究は、将来どのように展開させる予定でしょうか?

西嶋氏 近年、GX(Green Transformation)という言葉が注目され始めており、将来はカーボンニュートラルの達成が必須になります。このため自動車に限らず、住宅も工場もオフィスも二酸化炭素(CO2)の発生量をゼロに削減することが求められます。そこで住宅や工場などでは太陽電池とバッテリーを取り付け、発電した電力を充電して使うシステムの導入が当たり前になるはずです。電気自動車を持っていれば、そのバッテリーにも充電して活用することになるでしょう。

 ただし、こうしたシステムを構築する場合、電源の設計が問題になります。住宅や工場、オフィスは使用する電力量や時間帯がバラバラ。北海道か東京か九州か、地域によっても違います。従って、各システムは、使われ方に応じて電源をカスタムで設計しなければなりません。電源をユーザーに対して個別にカスタム設計していたのでは、大きな時間とコストが必要になる。そこで、Scideamが持つモデルベース開発機能を含め、電源シミュレーターが今後重要になっていくと見ています。

―――SCALE/Scideamにおいて、今後改善してほしいポイントを教えてください。

西嶋氏 教育の面では、サンプル回路をもっと増やしてほしい。そうすれば学生は、より多くの電源を作って動作を確認できます。さらに、電源シミュレーターとリンクして使えるeラーニング教材を開発してもらえるとうれしい。現在は、電源シミュレーターを学生にポンと渡しただけでは、使い進めていけません。そこで電源シミュレーターにリンクしたeラーニング教材があれば、ある程度のレベルまで学生が独力で勉強することが可能になるでしょう。

 研究の面では、最適解を自動的に求める機能があるとうれしい。例えば、損失を最小に抑えられる部品の組み合わせを、半導体/電子部品メーカーのデータシートを参照して自動的に提示してくれる機能が開発してもらえれば、研究を大幅に効率化できるでしょう。

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提供:株式会社スマートエナジー研究所
アイティメディア営業企画/制作:EDN Japan 編集部/掲載内容有効期限:2022年8月25日

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