産業機器や医療機器において、安全性を実現するための絶縁技術は欠かせない。使用年数が数十年に及ぶことも多いこれらの機器では、絶縁性能も、同様に長い期間維持することが求められる。そうした中、寿命(経年劣化)が存在するフォトカプラーに代わる絶縁素子として注目されているのがデジタルアイソレータだ。Texas Instruments(TI)は、20年以上にわたる研究開発と自社製造の強みを生かし、最新のデジタルアイソレータをはじめとする幅広い絶縁ソリューションを手掛けている。
性能やコストから信頼性、サイズまで、産業機器や医療機器の設計には多くの要件がある。その中でも最も重要な要件に挙げられるものが、安全性と信頼性ではないだろうか。特に産業機器は使用年数が数十年に及ぶ場合も少なくなく、その長い動作期間の全てにわたり安全に動作することが強く求められる。
その安全性と信頼性の実現に深く関わるのが「絶縁」だ。電子機器における絶縁(ガルバニック絶縁)は、システム内の2つの領域間を電気的に分断した上で、必要な電力や信号を伝送できるようにする手法である。
絶縁が必要になる場面は主に2つある。まずは高電圧からの感電保護と低電圧回路の保護だ。FA(ファクトリーオートメーション)やグリッドインフラでは、数百ボルトから数千ボルトという非常に高い電圧を扱う。これらの分野で使用する機器では、感電からユーザーを守るために、信頼性の高い絶縁技術が欠かせない。また、絶縁によって、3.3Vや5Vで動作する低電圧回路を高電圧回路から切り離し、低電圧回路の故障や誤動作を防いでいる。
もう一つがグランド電位差およびグランドループ対策だ。グランドループは外部磁界からの干渉によりノイズが生じやすくなるので、絶縁することでグランドループを解消することが重要な対策になる。
このように、安全性や信頼性の実現に欠かせない絶縁は、産業機器のインバータやサーボモーター、PLC(Programmable Logic Controller)のI/Oモジュール、医療機器などで使われている。
絶縁には、複数の等級が存在する。最も基本的なレベルの絶縁は「機能絶縁」で、これは感電からの保護ではなく、あくまで機器本来の動作のためだけに必要な絶縁レベルを指す。例えば、プリント基板の基板材料は、この機能絶縁に相当することが多い。
感電に対して基本的な保護となるのは「基礎絶縁」だ。ただ、破壊された場合は感電の危険性があるので、これに追加して用いる独立した絶縁が「付加絶縁」である。そして、基礎絶縁と付加絶縁の両方からなるものが「二重絶縁」、さらに、二重絶縁と同等の保護を与える単一の絶縁システムとして「強化絶縁」がある。
絶縁方式は、大きく3つに分けられる。発光素子(LED)と受光素子を用いた光結合方式、コンデンサを用いた容量結合方式、そしてトランスを用いた磁気結合方式だ。
絶縁材としては、一般的に光結合方式では空気やエポキシを、容量結合方式ではシリコン酸化膜(SiO2)を、磁気結合方式ではポリイミドを使用する。空気/エポキシに比べ、後者2つは非常に大きな絶縁耐力を持っていることが特長だ。例えば、空気/エポキシの絶縁耐力は1Vrms/μmや20Vrms/μmだが、SiO2では500Vrms/μm、ポリイミドでは300Vrms/μmと、1桁から2桁も異なる。
一般的に光結合方式を用いた絶縁素子はフォトカプラー、後者2つを用いた絶縁素子はデジタルアイソレータと呼ばれる。絶縁素子の世界では、長らくフォトカプラーの独壇場だった。その分、市場実績が多く、コストも安い。一方で、光結合を利用するため、原理的な課題を抱えている。上図に示す通り、経年劣化(寿命)が存在すること、信号の伝送速度がやや遅いこと、消費電流が大きいことだ。こうした課題を解消すべく、2000年代にTexas Instruments(TI)など主に米国半導体メーカーが相次いで市場に投入した新型絶縁素子が、デジタルアイソレータなのである。
デジタルアイソレータはCMOSプロセスベースの半導体ICで、その名の通り、デジタル信号を絶縁層越しに1次側から2次側の片側方向にのみ通過させる絶縁素子だ。つまり、フォトカプラーとは異なり、アナログ信号を伝送することはできない。基本的な構造は、中心に配置された絶縁層を挟み、1次側と2次側が電気的に完全に分離されている。そのため、1次側と2次側それぞれにグランドと電源が必要になる。電源電圧は、推奨動作電圧範囲内であれば、1次側は5V、2次側は1.8Vや3.3Vといったように、異なる値を取ることが可能だ。
信号の伝送方式としては、エッジ検出+PWM(パルス幅変調)とON-OFF変調(OOK:ON-OFF Keying)の2種類がある。エッジ検出+PWMは、デジタル信号の立ち上がり/立ち下がりのエッジを微分回路で検出して2次側に信号を伝送する。ON-OFF変調は、入力のハイ/ロー時あるいはON/OFF時に高周波キャリアを2次側に送信し続けて、2次側で復調するという方式だ。
市場に登場して約20年となるデジタルアイソレータは、A/DコンバータとCPUやFPGA間の絶縁の他、IPM(Intelligent Power Module)やゲートドライバの入力とコントローラー間の絶縁、さらに、トランシーバーとコントローラー間での絶縁などに用いられている。
TIは、絶縁技術の開発において20年以上にわたる長い歴史を持つ。同社が手掛けるのは、容量結合方式の絶縁素子だ。2001年には、第1世代となるデジタルアイソレータを発表。ここでは0.7μm CMOSプロセスを使用し、SiO2薄膜を積層したキャパシタ(SiO2キャパシタ)を1個用いて素子を構成していた。その後改良を重ね続け、2014年に発表した第3世代品では、ON-OFF変調方式に切り替えた他、2個のSiO2キャパシタを直列に接続する構成に変更し、高電圧に対する強化絶縁を実現。最新となる第4世代では、性能と信頼性を維持しつつコストを改善。コストパフォーマンスを高めた製品になっている。
TIの絶縁技術には、大きく3つの強みがある。まずは、絶縁材としてSiO2を使用していることだ。日本テキサス・インスツルメンツ 営業・技術本部 アナログFAEの真子翔太氏は、「長年の開発を経て、TIがたどり着いた最適な絶縁材がSiO2だった」と語る。
「TIのSiO2は堅ろうな性能を持っており、ポリイミドのように湿度によって劣化することがない。最大サージ耐性は10kV以上で、非常に高い絶縁耐圧を備えている。動作電圧の寿命も100年以上と長く、1次側と2次側間の結合容量が1pF(ピコファラド)未満と極めて小さいため、100kV/μsと高いCMTI(コモンモード過渡耐圧)を実現できる」(真子氏)
2つ目が、このSiO2キャパシタを2個直列することで強化絶縁を実現している点だ。各ピンのグランドに対する定格以上の電流が流れ込み、故障した場合でも、基礎絶縁を維持することができる。つまり、感電からの保護という、安全に対する最も重要な要件に高い信頼性を持つ。
3つ目として、自社工場で生産していることが挙げられる。標準CMOSプロセスを使用するので、他の一般的なCMOS製品と同等の信頼性を実現できる上、SiO2の層が均一になるよう精密に製造をコントロールすることが可能になる。「容量結合方式と磁気結合方式の絶縁製品は、プロセスレベルで作り込む技術開発が重要になる。そのため、自社工場で製造できるのは大きなメリットだ」(真子氏)
フォトカプラーの課題を解消すべく開発されたデジタルアイソレータだが、真子氏によれば「既存の産業機器では依然としてフォトカプラーが主流である」という。フォトカプラーが長い市場実績を持ち、コスト面での優位性を持つことが背景にあるが、一方で真子氏は「TIとしては、今後はデジタルアイソレータへの移行が加速するとみている」と述べる。実際、MarketsandMarketsが2022年5月に発表した予測によると、デジタルアイソレータの世界市場は2022年に18億米ドル、2027年までに27億米ドルと、8.3%の年平均成長率で成長するという。
「FAやPA(プロセスオートメーション)の分野など、長期間にわたり動作することが求められる産業機器では、絶縁性能も同様に長く維持できることが要求される。寿命はフォトカプラーの弱点の一つであり、顧客から『製品(産業機器)をリリースしてから数十年が経過し、絶縁性能に懸念を抱くようになってきた』と相談されるケースも少なくない。それが、デジタルアイソレータへの置き換えを検討するモチベーションになっている」(真子氏)
さらに、絶縁素子を小型化したいというニーズも強い。フォトカプラーは一般的に1〜2チャンネルで、複数チャンネルを備えた製品は少ない。一方で、最近のデジタルアイソレータは6チャンネルを備えた製品も登場している。真子氏は「フォトカプラーはパッケージが比較的大きい。複数個を使用して多チャンネルに対応しようとすると、どうしても実装面積が大きくなってしまう」と説明する。
真子氏は「デジタルアイソレータの使い方はそれほど難しくない」と述べる。簡易的にアナログ信号を伝送したい絶縁フライバックコンバータなど、デジタルアイソレータでは対応できないアプリケーションもあるが、それ以外の用途でデジタルアイソレータに置き換えやすいよう、TIは、アプリケーションノートや絶縁性能の比較データ、デジタルアイソレータの規格であるIEC60747-17をはじめとした各種認定証をそろえ、サポート体制を整えている。「フォトカプラーのゲートドライバとピン互換性を持つ絶縁ゲートドライバ『UCC2331x(基礎絶縁に対応)』『UCC2351x(強化絶縁に対応)』のように、既存の設計からの変更を最小限に抑えてスムーズに置き換えやすい製品もそろえている」(真子氏)。このような絶縁製品を採用することで、置き換えの手間をそれほどかけずに、絶縁性能と寿命を向上できるのだ。
コストについても、「複数チャンネルを備える絶縁ソリューションとして考えれば、デジタルアイソレータは必ずしも、コスト面でフォトカプラーに劣るとは限らないのではないか」と真子氏は説明する。特に、TIは生産能力を強化しており、今後10〜15年をかけて300mmウエハー対応の新工場を6カ所に建設する計画だ。「300mmウエハーへの移管後は、価格競争力がより高いデジタルアイソレータを提供できるようになる」(真子氏)
さらにTIは、デジタルアイソレータの他にも、絶縁ゲートドライバ、絶縁インタフェース、絶縁コンパレータ、絶縁ΔΣ変調器など幅広い絶縁製品を手掛ける。「SiO2を用いた絶縁層をコア技術として横展開することで、さまざまな絶縁ソリューションを提案できる。強みである集積技術を生かし、デジタルアイソレータと低放射ノイズの絶縁電源を一体化した製品なども展開している」(真子氏)
真子氏は、「産業機器や医療機器の規格は定期的に更新され、より厳しい絶縁が求められるようになっている」と語る。市場に登場して20年以上を経て、デジタルアイソレータは着実に進化してきた。これから絶縁素子を使用したり、絶縁周りの設計を更新したりする際に、絶縁耐圧や寿命で大きな利点を持つデジタルアイソレータを選択肢に入れる価値は、大きいはずだ。
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アイティメディア営業企画/制作:EDN Japan 編集部/掲載内容有効期限:2022年11月26日