CMOSイメージセンサー(CIS)で存在感を増しているOMNIVISIONが、ハイエンドスマートフォン向けのCIS「OV50K40」を開発した。横浜市のR&D拠点で開発されたOV50K40は、新しい画素構造を採用してダイナミックレンジが大幅に拡張されている。これにより、暗所から明所まで細かい部分も鮮明に撮影できる。
毎年新しい機種が発売されるスマートフォン。ユーザーが最も注目している機能の一つがカメラではないだろうか。ハイエンドスマホに搭載されるカメラの性能は年々上がっていて、最近は「一眼レフカメラと同じクオリティーの写真を撮影できる」というユーザーの声も少なくない。
スマホカメラの性能を左右する最も重要な部品の一つがCMOSイメージセンサー(CIS)だ。そのCIS市場で高いシェアを持っているのが米OMNIVISIONである。CISの専業メーカーとして1995年に設立された同社は、2002年に同社初のモバイル用CISを市場に投入して以来、20年以上にわたってCISの技術を磨き続けて特徴的な製品を発表している。
同社の強みはコア技術をさまざまなアプリケーション向けに柔軟に横展開することだ。グローバルシャッター技術、近赤外線の感度を向上させる「Nyxel(ニクセル) technology」などの技術を開発し、モバイルのみならず自動車や産業機器などの分野に横展開してきた。
そのOMNIVISIONが開発したモバイル用の新しいフラグシップCISが「OV50K40」だ。ピクセルサイズが1.2μm、有効画素数が50メガピクセル(5000万画素)の1/1.3インチCISだ。OMNIVISIONの日本法人OmniVision Technologies Japanは、「スマホカメラを大きく変えるイメージセンサーだ」と意気込む。
OV50K40は、車載用CIS向けに開発されたHDR(ハイダイナミックレンジ)を実現する技術「TheiaCel(ティアセル)」をモバイル向けに応用したものだ。
HDRは、日差しが当たる屋外のような明るい場所とトンネル内部のような暗い場所の両方を鮮明に描画できる技術だ。一般的に、明暗差が大きいシーンを撮影すると最も明るい部分あるいは最も暗い部分がうまく表示されないことが多い。明るい部分に合わせて撮影すると暗い部分は見えなくなり(黒つぶれ)、暗い部分に合わせて撮影すると明るい場所は白くなってしまう(白飛び)。個人がスマホで撮影する場合はこれでも問題ないが、ADAS(先進運転支援システム)/自動運転用のカメラや監視カメラでは、肝心な部分をうまく撮影できなければ致命的な欠陥になり得る。そのため、イメージセンサーではより広いダイナミックレンジへの要求が常に高い。
OMNIVISIONが開発したTheiaCelは、LOFIC(横型オーバーフロー蓄積容量)と呼ばれる画素構造を採用することでHDRを実現した。
イメージセンサーの画素構造は大きく分けて3つある。光を受け取って光電変換を行うPD(フォトダイオード)、PDで変換された電子を蓄える部分、蓄えた電子を電気信号に変換して読み出す部分だ。従来のCISの画素構造では電子を蓄える部分に制約があり、PDに当たる光の量が飽和すると電子を捨てるしかない。当然、電気信号に変換できないので画像/映像として表示できず、“白飛び”してしまう。
LOFICはPDの横に“器”のような構造を設け、PDからあふれた電子をその器に蓄積する。これにより、飽和した電子を捨てずに全て電気信号に変換して読み出せる。つまり、これまでは白飛びしていた部分を鮮明に表示できるようになる。
LOFIC自体は以前から研究開発されていて、目新しい技術ではない。「LOFICをスマホカメラ用CISに最適化したことが特徴だ」とOmniVision Technologies Japanは語る。
OMNIVISIONは、TheiaCelを採用した車載用CISを既に製品化している。8メガピクセルの「OX08D」だ。このOX08Dに用いたTheiaCelをモバイル用CIS向けに最適化したのがOV50K40になる。「交通信号機のLED化に伴って、車載用のイメージセンサーはLEDのフリッカーを低減しつつ広いダイナミックレンジを確保することが求められてきた。だが従来の画素構造ではその要求に応えるのが困難で、新しい画素構造を開発する必要があった。その一つとして着目したのがLOFICだ。これを採用することで、フリッカーを抑えつつ140dBのダイナミックレンジを実現した車載用CISを開発できた」(OmniVision Technologies Japan)
車載用とモバイル用のCISで最も大きく異なるのが画素ピッチだ。車載用では300万画素や800万画素でも十分だが、ハイエンドスマホで要求される画素数は5000万画素と桁違いに上がる。その分、画素のピッチを狭くする必要がある。「これほどの画素数をスマホの制約されているスペースに収めるには、個々の画素を大幅に小型化しなくてはならない。LOFICはその構造上、画素1個のサイズは従来よりも大きくなる。LOFICを適用してさらに画素を小型化したのは、かなりの技術力だと自負している」
OMNIVISIONのフラグシップとなるOV50K40は、日本で開発されたものだ。同社は現在、日本でCISのR&D(研究開発)拠点の拡張を急ピッチで進めている。CISの開発の中心は横浜だ。アナログ技術とデジタル技術の他、画素を開発するチームは主に横浜に在籍して仕様作成から設計、評価、量産サポートまで全て日本で行った。OV50K40は「日本発のCIS」とも言える。
OV50K40を開発した横浜のチームは、「仕様が極めて複雑で、難易度の高い開発プロジェクトだった」と振り返る。「画素構造が新しいので、電気信号の読み出し手法や画素の制御回路を新たに開発する必要があり、課題は多かった。電気信号の読み出しでは、LOFICは“器”が横にあるので既存の読み出し手法に加えて新しい読み出し手法を組み合わせなくてはならない。実装面積は限られているので、単純に回路規模を2倍にはできない。要求仕様と開発チームのリソースのバランスを考慮しながら、モバイル用CISの付加価値をいかに最大限に高めるか。その調整に非常に苦労した」
「難しい分だけ開発の楽しみも大きかった」とも語る。「LOFICをモバイル用CISに展開するのは当社にとって初めてだったので、デジタル技術チームとアナログ技術チームで活発に議論して開発した」。「アナログ技術の観点で言えば、LOFICは従来の画素構造と大きく異なるので画素制御用AFE(アナログフロントエンド)にしても、信号読み出しとA/D変換用AFEにしても、とにかく新しい要素が多かった。そうした要素を限られた規模の回路に落とし込んでいくのはアナログ技術者としての腕の見せ所でもあり、非常にやりがいがあった」
試行錯誤で開発されたOV50K40。実際に撮影された写真を見て、開発チームから歓声が上がったという。「OV50K40を搭載したカメラで夕日を背に写真を撮影したとき、通常は黒つぶれしてしまうはずの顔の表情がしっかりと写っていた。これには本当に感動した」「自分が開発した技術の成果を、実際に手に取って自分の目で確かめられることはなかなかない。CISの開発エンジニアは恵まれていると感じる」
開発チームはOMNIVISIONの強みについて、判断が速いところだと口をそろえる。「普段の意思決定が速いのはもちろん、難しい課題が発生した際にチーム全員をざっと巻き込んで一気に解決しようとする。そのスピード感が非常に良い。このスピードがなければ、製品サイクルが速いスマホのようなモバイル向けにOV50K40のようなハイレベルな製品を短期間で開発することはできない」
開発チームには、経験が浅いメンバーから豊富な知見を持つベテランまで多様なメンバーがそろっている。「開発体制が比較的小規模で、フレキシブルに動ける。一人一人の責任範囲も大きいが学びも多い」
「今できていないことを実現するというのは、エンジニアの仕事として最も面白いところではないか。既存品と同等の製品を開発しても、そこに技術者としての進歩はない。開発を続けていても、未来にはつながっていかない。まだ世の中に存在していないCISの実現にチャレンジすることは、難しくても大きなやりがいがある」
OMNIVISIONは今後、CISの2つ目の主要開発拠点として京都事業所を拡張する計画だ。2024年後半にも本格稼働する予定で、2025年に向けて日本での開発をさらに強化していく。
次世代のCISの開発も進んでいる。カメラの性能を左右するCISに対しては、ダイナミックレンジの拡大の他にもノイズ性能の改善や消費電力の低減など、要求は尽きない。日本のチームはアナログ、デジタル両方の技術を駆使して新製品開発に取り組んでいる。OV50K40を皮切りに、LOFICを搭載したモバイル用CISのラインアップも拡充する。
OMNIVISIONは、さらに革新的なCISを実現するために横浜と京都で開発を加速させる。そう遠くない将来、自動車やスマホ、産業機器や医療機器のイメージセンシングを大きく変える新たなCISが横浜や京都から登場するかもしれない。
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提供:OmniVision Technologies Japan合同会社
アイティメディア営業企画/制作:EDN Japan 編集部/掲載内容有効期限:2024年10月6日