今回こそAnalog Devices(ADI)「Blackfin」の話。Intelとの共同開発で生まれたこのプロセッサは、ADIにおいて順調に製品群が拡充されたものの、ある時期を境に新製品の投入が(筆者の知る限り)止まっている。
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Blackfin「ADSP-BF526」の外観 出所:By Dave Jones from Australia - Siglent 1000X Series Oscilloscope Teardown, CC0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=118534192先月の「Blackfinへと至る道 40年現役のADI「SHARC」」では、SHARCで力尽きてしまったので、今月こそBlackfinの話を。1998年、IntelとAnalog Devices(ADI)は共同開発をスタートした。正式な共同開発契約の締結は1999年2月であり、このために米国テキサス州オースティンに共同開発センターが開設された。後にMSA(Micro Signal Architecture)と呼ばれるこの新しいアーキテクチャは、ADIの持つSHARCベースのDSP技術とIntelの持つXScaleベースのMCU技術の合体(というか、悪魔融合?)を狙ったものだった。当時IntelはDECから買収したStrongARMの資産を基にXScaleを手にしていたものの、DSP技術に関しては持ち合わせていなかった。ASP(Analog Signal Processor)として「Intel 2920」は既に完成していたものの、広範に販売されたとは言い難かったし、後継製品も出なかった。
一方のADIの方は、SHARCシリーズの成功もあってDSPに関しては地歩を固めたものの、汎用MCUの分野では出遅れていた。例えば1998年に同社が発売したADuC842というDual 12bit ADCを搭載するMCUは8052(8051のメモリ量を倍増させたもの)互換コアである。Single-cycle 20MIPSとかいう表記があるあたりから、クリーンルーム方式で開発された互換コアであることは間違いない。ただそれでも20MIPS程度の性能というのは、ちょっとした制御には十分だがそれ以上にはならないし、外部から互換IPを購入して使うという方法は取りあえず製品を立ち上げるのには便利だが、技術が社内に残らないという問題もある。そういう訳で両社共、お互いに足りない技術を持っており、うまく補完関係にあった事は間違いないのだが、一体どちらがどうやって声を掛けたことでこの共同開発につながったのかは不明である。この開発スタートのリリースなどは無いのだが、米国EETimesの1999年4月16日の記事によれば、
という見通しがADIのMaria Tagliaferro氏(Marketing Manager, ADI DSP program)から語られたと報じている。実際には2000年12月5日、Frio DSPという名称で呼ばれていたこの新アーキテクチャが完成した事が発表された。ただ共同開発だったのはここまでで、ここからは両社が独自に製品開発にこのMSAを利用する事になる。
まずIntelの方を紹介しておけば、同社はManitobaこと「PXA800F」というベースバンドプロセッサのモデム向けに、MSAを採用した(図1)。このスライドにもあるように、PXA800Fは2.5G GSM/GPRS向けの製品である。この当時Intelは携帯電話マーケットへの参入を本気で狙っていて、XScale(これはアプリケーションプロセッサ扱い)に加えてDSPを必要としており、ここにMSAベースのProcessorを統合した訳だ。この2002年のITmedia Mobileの記事などで、当時のIntelのやる気がお分かりかと思う。2003年からはPXA800Fが正式発表。
図1:2003年のHot Chips 15におけるIntelの"The Architecture of the Intel PXA800F Cellular Processor"という講演資料より[クリックで拡大]量産も始まり、携帯電話メーカーがこれを利用した端末を設計・製造して販売する事で普及――というシナリオは残念ながら実現しなかった。一応、英国のO2が販売したO2 XDA II miniの一部SKUやO2 x1mなどに採用されたものの、それ以上には採用例が広がらなかった。加えて言えば、例えば日本国内だと2Gから2.5Gを飛び越えて直接3Gに移行したが、3G携帯電話に対応するにはPXA800Fでは機能的にも能力的にも無理があった。
翌2004年には3Gに対応したHermonこと「PXA900シリーズ」のラインアップを加えるものの、やはり顧客の獲得に難航。事業部は大赤字となり、最終的にIntelはXScale事業を丸ごとMarvell Technologyに売却してこのビジネスから手を引くことになる。その後、Atomコアをベースに再びスマートフォン事業に参入を図り、再び撤退するというのはまた別の話。とにかく、このタイミングでManitoba/HermonというかMSAアーキテクチャそのものもMarvell Technologyに売却されることになり、2006年早々にPD(Product Discontinuance)を宣言(図2)。ここでIntel側のMSAに関する話は終わりである。
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