まぁ割とこれだけでもMotorolaの神経を逆なでするには十分だったのだろうが、ほぼ同じ時期に日立は「HD63701」を発表する。こちらはHD6301の延長にある製品だが、特長はZTAT(Zero Turn Around Time)というコンセプトを採用したものだ。要するにMask ROMの代わりにOTP Memoryを搭載した事で、ユーザー側でプログラムの書き込みが可能になり、Mask書き込みのためにプログラムを送って数カ月待つという手間が要らなくなった。先のHD6309とこのZTATの両方とも、Motorolaにとっては「命令セットアーキテクチャそのものが価値であり、HD6309とかZTATはこの価値に金を支払わずにタダ乗りしている」と見えた訳だ。結果Motorolaとの関係は悪化する。
こうした背景をベースに、日立社内では6800系のアーキテクチャを利用しないCPUアーキテクチャが必要であるという判断が下され、これがH8シリーズの開発の動機となった。1986年10月に開発が決定し、1988年6月に最初の製品であるH8/300シリーズとH8/500シリーズが発表された(図3)
H8/300のベースアーキテクチャは8bitである。ただし当初からALUには一部16bitのものが搭載されており、アドレス演算などは16bitでできるようになっている。レジスタ幅も16bitで、R0〜R7までの8つだが、R0H/R0Lというように8bit幅に分けて使う事も可能だ。命令セットも基本は8bitだが、一部(アドレス計算など)は16bit対応になっており、非常に使いやすかった。そのアドレッシングモードは直交性が高いCISCであり、命令セットそのものはMC6800系とは共通性が無かったとはいえ、非常に似ていた。理由は簡単で、どちらもお手本がDECの「PDP-11」だったからだ。さらに言えば、H8の命令は16bit拡張も容易だった。これは当初から16bit、さらには32bitまでの拡張を念頭に置いていたからである。この16bit拡張版がH8/500シリーズであり、こちらは完全な16bitアーキテクチャになっている。メモリ空間も、H8/300は64KBまでになっているが、H8/500は16MBまで対応可能になっており、これに伴いレジスタも32bitに拡張されている。
当初、日立はこれをシリーズ展開していく予定だった。ところが1990年の時点でも、まだH8/300とH8/500の2リリーズでの展開のままであった。ここで問題になったのはMotorolaとの関係悪化である。1989年1月、MotorolaはH8が同社の特許を侵害しているとして日立を提訴した。これに対し日立も直ちに「Motorolaの68030が日立の特許を侵害している」と逆提訴し、ここから両社は訴訟合戦に入る。これは日立のマイコン事業の動きを一時的に停めるのに十分であり、少なくとも新製品を積極的に投入してラインアップ展開を拡充するような暇が無かった結果、1990年のロードマップは1988年のものと大差ない状況だった訳だ。
最終的に1990年3月に判決が出たが、それは「日立のH8とMotorolaの68030は、お互いに相手の特許を侵害しており、販売を差し止める」というものだった。もっともこの判決にあたり、裁判所からは「判決の執行を同年6月18日まで差し止める」という執行猶予の判断が下された。これは特にMotorolaの側が68030の販売差し止めに関する社会的インパクトが大きすぎる事もあり(日立の側にももちろんインパクトはあったが)、3カ月間の和解交渉の時間を提供したという形だ。最終的に執行猶予期間をやや伸ばした6月25日に両社は大筋での合意を発表。最終的に1990年10月9日に和解交渉が合意する事で日立は大手を振ってH8シリーズの販売を再開できたわけだ。
ここから日立はマイコンの製品ラインの再構築をスタートする。まずはH8/300シリーズの充実である。もともとH8/300は先に述べたように8bit MCUのコアになっていたが、これを高性能化して16bit化したH8/300Hシリーズと、これをあらためて作り直した「H8S」、さらにこれを32bit化したH8SXが投入され、一方でH8/300をベースに省電力/低コスト化したH8/300Lシリーズも追加された(図5)。H8/300HがH8/500と異なるのは、32bit演算を含むかどうかである。H8/300Hはタイマー制御とかデータ移動などに32bit演算可能になっていた。また省電力機構を強化しており、内蔵タイマーに1/2・1/4・1/8分周機能を追加して、性能と消費電力のバランスを取れるようになっている。このあたりの強化もあって、H8/500シリーズは次第にH8/300Hに置き換えられていった。
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