ルネサス エレクトロニクスは2011年2月、東京都内で記者会見を開き、カーナビゲーションシステム(以下、カーナビ)をはじめとする車載情報機器向けSoC(System on Chip)「R-Car」の第1弾製品となる「R-Car M1シリーズ」を発表した(写真1)。車載情報機器の価格帯が、低価格車向けと高級車向けの中間に位置する、いわゆるミッドレンジ市場に向けた製品だ。
発表されたのは、プロセッサコアとして、英ARM社の「Cortex-A9」とルネサスの「SH-4A」を各1個搭載する「R-Car M1A」である。それに加え、SH-4Aのみを1個搭載する「R-Car M1S」も発表された。2011年5月からサンプル出荷を、2012年6月から3万個/月で量産を開始する。2014年には、2品種の合計で、40万個/月まで量産規模を拡大する計画。サンプル価格は、R-Car M1Aが6000円、R-Car M1Sが5500円となっている。また、R-Car M1シリーズと併せて、R-Car専用の電源IC「R2A11301」も発表した。R2A11301のサンプル出荷は2011年6月から開始する。サンプル価格は400円である。
ルネサスは2010年9月に、モバイル機器、車載情報機器、マルチメディア機器向けSoCに関する事業戦略を発表している。車載情報機器向けSoCについては、2011年から、旧ルネサス テクノロジのカーナビ向け製品「SH-Naviシリーズ」と「SH-NaviJシリーズ」、旧NECエレクトロニクスのカーナビ向け製品「EMMA Car」を統合し、R-Carというブランド名で展開する方針を明らかにしていた。R-Carは、ハイエンドカーナビ向けの「R-Car H」、ミッドレンジカーナビ向けの「R-Car M」、普及価格帯カーナビ向けの「R-Car E」の3クラスに分かれている。今回発表したR-Car M1シリーズは、R-Car Mに属する製品である。今後、ルネサスは、R-Car E、R-Car Hの順で製品を発表する計画だ(図1)。
R-Car M1シリーズの特徴は3つある(図2)。1つ目は、プロセッサコアとしてCortex-A9とSH-4Aを搭載していることである。これまで、車両組み込み型の車載情報機器向けSoC市場のほとんどは、プロセッサコアとしてSH-4Aのみを搭載する旧ルネサス テクノロジのSH-Naviシリーズによって占められていた。実際、ルネサスの同市場におけるシェアは、2010年時点で国内が97%、海外が57%と非常に大きい。これらの数字のほとんどはSH-Naviシリーズによるものだ。しかし、R-Car M1シリーズでは、ユーザー側で開発したアプリケーションソフトウエアなどを動作させるメインのプロセッサコアとしてCortex-A9を用いる。SH-NaviシリーズではメインプロセッサだったSH-4Aについては、映像/音声関連などリアルタイム性を求められる処理を行うサブプロセッサに位置づけられている。ルネサスのMCU事業本部で自動車情報システム技術部長を務める平尾眞也氏は、「従来、車載情報機器の組み込みOSと言えば、米Microsoft社の『Windows Automotive』が中心だった。しかし、今後は、『GENIVI』や『Android』などのLinux系プラットフォームが利用されることも多くなるだろう。メインプロセッサとしてCortex-A9を採用することにより、これらLinux系の組み込みOSを用いたプラットフォームにも対応できるようになった」と語る。
R-Car M1Aの最大動作周波数は800MHz。処理能力は、Cortex-A9が2.0GIPS(1GIPSは1秒間に10億回の命令を処理する能力)、SH-4Aが1.76GIPSで、合計3.76GIPSである。なお、R-Car M1Sは、最大動作周波数は800MHzと同じだが、プロセッサコアはSH-4Aを1個だけ搭載している。これは「SH-Naviシリーズで用いていたソフトウエア資産をそのまま活用したいというユーザー向け」(平尾氏)の品種で、Cortex-A9を搭載しないことを除いてほぼ同じ仕様となっている。
2つ目の特徴は、フルHD(高品位)映像の再生など高度なマルチメディア処理に対応するための専用回路を搭載したことだ。搭載したのは、映像処理回路「VPU5HD2」、音声処理回路「SPU2F」、そして英Imagination Technologies社の3DグラフィックスエンジンIP(Intellectual Property)「POWERVR SGX540」の3つである。まず、VPU5HD2は、SH-NaviJシリーズで用いられていた「VPU5HD1」が対応するH.264やMPEG-4、VC-1などの形式に加えて、H.262やMPEG-2などの形式にも対応した。SPU2Fは、24ビットの分解能で音声処理のデコードが可能なDSPを搭載している。また、R-Car M1シリーズが搭載する9本のI2S端子により、5.1チャンネルのサラウンドシステムにも対応できる。POWERVR SGX540の最大動作周波数は200MHz。描画性能は3Dグラフィックスが20メガポリゴン/秒、2Dグラフィックスが1000メガピクセル/秒である。
なお、VPU5HD2とSPUF2は、サブプロセッサであるSH-4Aで制御する回路となっている。Cortex-A9上で動作するアプリケーションソフトウエアから、これらの処理を呼び出すためのインターフェースとしては、OpenMAXベースのAPI(Application Programming Interface)が提供される予定だ。
3つ目の特徴は、R-Carの専用電源ICであるR2A11301と組み合わせて運用した場合に、R-Car側の消費電力を最大20%低減できるようになることである。R2A11301は、SoCのプロセッサコアと外付けのDDR(Double Data Rate)メモリー用の電源ICである。プロセッサコアの処理負荷に合わせて、出力する電圧値を微調整するAVS(Adaptive Voltage Scaling)機能を搭載することにより、消費電力の低減を実現した。また、R2A11301は、電源ICの機能に加えて、従来はSoC側に搭載されていた、車載センサーから得たアナログ信号をデジタル変換する用途に用いるA-Dコンバータ回路も内蔵している。内蔵のA-Dコンバータは逐次比較型で、分解能は12ビット、チャンネル数は8個である。平尾氏は、「R-Car M1シリーズは45nmという微細なプロセスで製造している。しかし、従来のように低速のA-Dコンバータなどのアナログ回路をSoCに内蔵すると、このような微細プロセスのメリットを十全に得ることができない。そこで、専用の電源ICに、微細プロセスを用いる必要のないアナログ回路を内蔵することにした」と説明する。なお、R-Carで機器を設計をする際には、R2A11301を用いずに、個別部品の電源ICとA-DコンバータICを利用することもできる。ただし、この場合には、R2A11301の特徴である消費電力を低減する機能を得ることはできない。
R-Car M1シリーズのそのほかの仕様は以下のとおり。パッケージは21mm角で、472端子のBGA。メモリーインターフェースはDDR2とDDR3に対応する。また、欧州で策定されている車載情報系ネットワーク規格であるMOST 150に対応するインターフェースも搭載する。消費電力は、通常動作時で約2Wとなっている。
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