今日のLSI/SoC設計では、いかに高品質の半導体IPを選択するかが大きなカギとなる。選択を行うための参考情報やコツはいくつもあるが、それらを体系的に役立てて最適なものを選ぶにはどうすればよいのか。本稿では、IP業界で行われている品質保証のための取り組みの状況と、IPの選択で失敗しないためのアプローチを紹介する。
花火やコメディアン、派手な衣装のショーガールを交えて盛大にセレモニーが開かれたわけではなかった。パーティが催されることもなく、記者会見さえなかったが、2006年、半導体IP(intellectual property)業界は静かに10周年を迎えた。IP業界は、1996年のVSIアライアンス(VSIA:Virtual Socket Initiative Alliance)の発足により始まった。現在、半導体IP(社内製ブロックの再利用を含め、以下、単にIPと記す)を1つも使用していないSoC (system on chip)/ASICを見つけることはほとんど不可能である。このことから、IP業界の10周年を祝う気配がまったくなかったのは意外なことかもしれない。しかし、10周年を祝う動きがなかったということは、この業界が最高潮に達するまでにまだまだ長い道のりを要することの証だともいえる。
1995年、0.35μm/0.25μmの製造プロセスノードが登場し、LSI設計者に大きな問題が提示された。それは、「ディープサブミクロンプロセスによって、理論上は膨大な数のゲートの集積が可能になった。しかし、どのようにすれば、その恩恵を実用レベルで享受できるのか」ということである。言い換えれば、「どのような手法を用いれば、そうした膨大な数のゲートを内蔵するチップを設計することができるのか」ということである。
この問題を受けて、LSIの設計手法は、見事なまでに素早く1つの考え方に収束していった。つまり、膨大なゲート数のチップの設計を実現するには、以前設計した大きなブロックを再利用するか、あるいはベンダーからそうしたブロックを購入すればよいというものである。もう少し詳しくいえば、既存ブロックや調達してきたブロックを使用し、それに付加価値を持つロジックブロックを追加して、それらすべてを結合するためのロジックを少しだけ用意して接続すればよいということだ。これならいかにも簡単そうである。多くのデザインハウス、大規模なEDAベンダー、1980年代半ばからマイクロプロセッサコアを提供していた英ARM社のような新興IPベンダーがIPを積極的に提供し始め、今日IP業界と呼ばれる業界が形成されることとなった。
ブロックを再利用して設計するというのは、理論的には素晴らしいことのように聞こえる。しかし、現実にはその技術的な詳細と実装は簡単ではないし、 IPに関する法的な問題も発生した。そこで、まだ発展途上の段階にあったIP業界は、IPベースの設計を成功させるために必要な2つの技術的目標を定めた。それは以下の2つである。
VSIAが行った最初の作業の1つは、標準的なオンチップバスを定義することであった。その当時、VSIAに加入したすべての企業がバス/バスプロトコルに独自の要求を盛り込みたいと考えていた。そのため、公平を期してVSIAのOCB DWG(On-Chip Bus Development Working Group)は、オンチップバス規格(以下、OCB規格)を包括的で、複数のアプリケーション分野に対応可能なものにしようと多大な注意を払った。その結果、OCB DWGがOCB規格を世に送り出すまでに数年を要すことになった。
その間に、ARM社、米Sonics社などのベンダーが半導体企業数社と共同で、独自のバスをさっさと開発してしまった。VSIAがやっとOCB規格を発表したときに、業界各社はその規格はほとんどのLSI設計において非効率的なものであると感じていた。そのため、このOCB規格を採用した企業はほとんどなかった。結果として、OCB規格は消え去り、その成果は別の業界団体であるOCP IP(On-Chip Protocol International Partnership)へと引き継がれた。
標準規格は消え去ったものの、幸いなことに、業界はARM社やSonics社が提供するAMBA(advanced microcontroller bus architecture)に基づくアプリケーションに特化したバスや、ASICベンダー、IDM(integrated device manufacturers:垂直統合型デバイスメーカー)が提供する数種の独自バスを中心として結集した。今日でもこれらのバスが多く利用されており、ターゲットとするアプリケーションやLSIメーカーに応じて、それらのバスのうちいずれかが選択されている。
しかし、単一のバス規格ではなく、複数のバス規格が利用されるようになったことで、品質に関する標準の策定がさらに複雑な作業となった。そうした中、1990年代の終わりに、独自のIP群を開発していた米Synopsys社は、IPコア用のチェックリスト(品質基準)である「Open More」を作成した。これは、各種IPに対し、チェックリストの項目への準拠度に応じて単一の評価スコアを付与するというものである。Synopsys 社は当初、このチェックリストを社内のIP開発に適用していたが、業界内で広く利用できる可能性があることに気付き、また同社のIPがこの基準に照らすと高い評価を得ることが分かっていたため、この基準をVSIAに寄贈した。VSIAはその評価基準の名称をQIP(quality IP)に変更した。QIPの主な目的は、独自の膨大なIPリポジトリを構築するすべてのIPベンダー/LSIベンダーに採用してもらい、VSIAが世界中のIPのマスターリストを管理して、顧客がすぐに評価結果を付したIPを検索できるようにすることであった。
今日、業界においてIPの品質基準への準拠状況を評価するための有用な方法として、QIPは広く認知されている。今では多くの顧客が、IPベンダーに対してQIPにおけるスコアを付加してIPを提供するよう求めている。こうした状況を受けて、VSIAは、QIPへの取り組みを強化していくと主張している(別掲記事『進化を続けるQIP』を参照されたい)。しかし、現在のところ、ユーザーが同種のIPを並べて比較できるような単一の共通リソース/リポジトリを構築するために、IPベンダー/ LSIベンダーの多くが自社のコアの情報を提供してくれるという状況にはなっていない。
VSIAが標榜していたようなIPのマスターリストが構築されない理由はいくつかある。1つは、バスやアプリケーションは何種類もあるため、柔軟な品質基準か、または複数の品質基準が必要になることだ。また、VSIAが実用的なOCB規格を提供できなかったことに対する政治的な問題やいまだ残る懸念が、企業に次なるVSIAの取り組みへの参加を渋らせている。加えて、IPベンダーに一体感がないことも理由の1つだ。さらにいえば、そもそもマスターリストという概念自体、当初から非常にあいまいであったことも理由の1つに挙げられる。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.