半導体を購入するからといって、その顧客に半導体の知識があるとは限らない。
1980年代の初め、米自動車メーカーの“ビッグ3”であるGE(General Motors)社、Ford社、Chrysler社は新しいモデルを出すたびに、多くの電装品を装備するようになっていた。その当時、筆者は大手半導体企業に製品エンジニアとして勤務していた。車のボンネット下の温度や、信頼性が大きな問題となっていたころでもあり、メーカーは温度保証の仕様を−40〜125℃に変更していた。
ある日、顧客である自動車メーカーが、「リーク電流が多すぎるので受け入れ検査に通らない」として、筆者の部門が出荷したトランジスタ製品(2N3906)を返送してきた。筆者は「不良」と判定された部品のサンプルをいくつか受け取ったが、異常を検出することはできなかった。しかし、1週間以内にこの問題を解決しなければ、その顧客は製造ラインを停止しなければならないという。そこで、筆者はその翌日、返品された部品と関連部品を持って顧客のところに飛んでいった。顧客の部品担当エンジニアは、「2N3906を125℃に加熱すると、30Vで50nA以下というリーク電流のテストにいずれもパスしない」と筆者に告げた。そのエンジニアが、室温における仕様をすべての温度範囲に適用していることを知り、筆者はあぜんとした。
そのエンジニアは、半導体の性能が温度によって変化することを知らなかった。筆者は米Intel社の共同創設者であるAndy Grove氏の著書で1967年に出版された『Physics and Technology of Semiconductor Devices』*1)を取り出し、リーク電流は温度の上昇に伴って増加することを彼に示した。同書を用いて、基本的には温度が10℃上昇するごとにリーク電流は2倍になると説明したが、それだけでは製品の受け入れを承認してもらうことはできなかった。そこで、われわれは受け入れ検査室に入り、カーブトレーサと熱電対を用いて、返品された部品と関連部品をテストした。温度に対するリーク特性は、すべての部品において同等で、トランジスタ製品としては適切なものだった。
再度、話し合いを行った後、そのエンジニアは、いくつかの部品をサンプリングし、それらが試験に通れば、受け入れを承認することに同意した。われわれは、2N3906の25℃で50nA以下という規格を基に、125℃で50μA以下という基準を定めて試験を開始した。
その試験の最中に熱電対が故障し、残りの部品をテストできなくなってしまった。顧客のエンジニアは、「サンプリング数が少なすぎるので、部品の受け入れを承認することはできない」と告げてきた。筆者は何とか解決策を考え出さなければならなかった。
筆者は再び教科書を取り出し、今度はトランジスタのベース‐エミッタ間電圧がチップの温度に依存するという関係を示した。この関係は、簡単にいえば飽和状態のベース‐エミッタ間電圧は1℃ごとに2mV低下するというものである。つまり、温度が100℃上昇すれば電圧が200mV低下するということだ。
筆者らは、ライターで部品を加熱し、その際の電圧降下をカーブトレーサで観測した。それによって、仕様上の温度範囲を超えるとトランジスタがリーク発生モードに変わり、その動作が正常であることを確認できた。
この方法によりサンプルの検査は完了し、顧客のエンジニアは受け入れを承認した。その翌日、顧客の製造マネジャが、「その週に製造した車両は2N3906を取り付けずに出荷したため、1台当たり5個の2N3906をディーラに送付しなければならない」と話していた。この2N3906は、車両のドアやトランクが半開きである場合に点灯するLEDを駆動するためのものだった。車両と2N3906を受け取ったディーラの作業員らは、この重要な部品を自分たちで取り付けるハメになったのだ。
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