絶縁技術を利用することで、機器の安全性を保証したり、ノイズを低減したりすることが可能になる。絶縁を実現するにはアイソレータを適切に選択しなければならないが、それには各種アイソレータがそれぞれどのような手法で実現されているのか、その特性はどのくらいのものなのかといったことを理解しておく必要がある。
ガルバーニ絶縁(Galvanic Isolation)は、電気システムを隔離し、電荷がある部分から別の部分へと移動できないようにするために用いられる。つまり、隣接する部分に電流が直接流れることはできない状態となる。グラウンド導体を共有する2つの電気システム間に望ましくない電流が流れるのを防止し、それらの間のグラウンドループを切断するのに有効な手法である。絶縁は、意図しないグラウンドループが形成されることを防ぎ、ノイズを低減する目的でも利用される。
ガルバーニ絶縁を用いるもう1つの目的は、安全性を確保することだ。というよりも、ユーザーの安全性を確保することこそが最も重要な目的だと言える。偶発的に発生した電流が建物の床などのグラウンドに達し、人体に流れることを防止するために利用するのである。すべての機器設計において、機器の安全性を保つためにも、ガルバーニ絶縁は必須だ。適切に絶縁を行わなければ、悲惨な結果を招くこととなる。
米NVE社でアイソレータ開発/応用担当ディレクタを務めるSandy Templeton氏は、「2台のコンピュータがケーブルで接続されているケースを想像してほしい。2つの電源は絶縁されておらず、一方の電源のグラウンド電流によってグラウンドの電位が50Vに上昇したとする。その場合、ケーブルは溶けてしまい、火事を引き起こす可能性がある」と指摘している(別掲記事『グラウンド記号の意味』を参照)。
また、米Silicon Laboratories(以下、Silicon Labs)社で絶縁製品担当製品マーケティングマネジャを務めるAhsan Javed氏は、「絶縁が存在することに人々は気付きにくいが、あらゆるところに適用されている」と述べ、「電源や照明、AED(自動体外式除細動器)、ハイブリッド電気自動車など、絶縁を必要とする機器はたくさんある。しかし、例えば自動車を購入しようとする人々にとっては、燃費や車体の外観が重要なのであって、電気部品に絶縁が施されているかどうかということに関心は持たない」と指摘する。「安全性に関連する重要な項目であることを、エンドユーザーは(理解はしているかもしれないが)あまり気にしていない。これは当然のことだ。エアバッグにしても、実際に必要になるまではあまり意識することはないのだから」と同氏は述べる。
医療用電子機器では、電源システムからの高電圧が患者に到達してその命を奪ってしまうことがないように設計することが必須である。幸い、米国製品はFDA(米国食品医薬品局)が定める厳しい認定基準を満たさなければならないことになっている。UL(米国保険業者安全試験所)も、UL規格に準拠していることを認定するために製品の審査を行っている。
医療用機器ほど安全性の確保が深刻な問題ではない用途においても、絶縁は用いられている。すなわち、意図しない電流を抑えて、電気システムのノイズを除去/低減するためだ*1)。
コンサルタントであるHenry Ott氏は、「部品を慎重に配置し、厳格な規則に従って基板配線を行えば、回路のある部分からのノイズが、ほかの部分に干渉するのを防ぐことができる」と説明した上で、「しかし、うまく配置できないケースもある。そのような場合、ノイズが回路内の信号に影響を与えないように、絶縁を適用するとよい」と助言する。例えば、グラウンドプレーンが切断されており、その切断された部分を越えて高速デジタル信号を引き渡すと、その信号の帰還電流は切断部分を迂回する長い経路をたどらなければならなくなる(図1)。そうすると、EMI(電磁干渉)の問題に直面する可能性が生じる*2)。このような場合に絶縁をうまく活用すると、EMIの問題を抑えることが可能になるのだ。
James McLaughlin氏は、1980年代にGMI(General Motors Institute、現在の米ケタリング大学)で電子工学の教授を務めていた。同氏が生み出した実用的な回路例の多くは自動車向けのものであった。
McLaughlin氏が非常に厳しく扱っていることが1つあった。それは、グラウンドの定義である。「もし、自動車向けの電子回路の回路図を作成し、その回路図の中でアースグラウンド記号を使用していたら、今学期は落第させるよ」と同氏は学生に告げていたという。「アースグラウンド記号(図A(a))は、地面に打ち付けられた高さ10フィート(約3m)の鋼棒を表しているのだ」と同氏は説明する。
壁のコンセントに差し込むタイプの製品の場合、回路図にコンセントの3番目の端子を表すアースグラウンド記号を使用する。ULやそのほかの安全性認証機関では、入力コネクタのアースグラウンド端子を、ネジまたはリベットで製品の金属筐体に接続することを求めている。従って、回路図では、その接続部分にアースグラウンドとシャーシコモン(図A(b))の両方を並べて接続を記す必要がある。
筐体はアースグラウンドだと考える人もいるかもしれないが、アースグラウンド記号をシャーシコモンに使用するのは好ましくない。ただし、電源や回路カードが筐体に接続される部分には、シャーシコモンを使用することができる。プリント基板の回路図にシャーシコモン記号を記入することは可能だが、それはプリント基板を筐体にねじ止めしている場合のみである。
プリント基板上の回路には、信号グラウンド記号(図A(c))がより適している。1つの設計に対し、この記号を、それぞれを識別する表記とともに複数種配置することも可能である。このように複数のグラウンドシステムが存在する場合には、それぞれのグラウンドにユニークなネット名を付ける方法もある。これにより、それらを最終的に接続するまでは、互いに独立したものとして扱うことができる。
技術者の中には、信号グラウンドではなく「Power Supply Return(電源リターン)」という語を好む者もいる。しかし、信号リターンに対して「グラウンド」という語を使用するのを避けるために、「信号コモン」と呼ぶ技術者も多い。
シグナルインテグリティのコンサルタントを務めるHenry Ott氏は、「グラウンド」という語に対するこのような扱い方を煩わしく感じている。また同氏は、「グラウンドプレーン」という語を嫌っている。回路内の銅プレーンは、特に高い周波数において、実際にはアースグラウンドにはなり得ないからである。このような理由から、Ott氏は「基準プレーン」という語のほうを好んで使う。その電位をプリント基板上のデバイスの基準とするからだ。「“グラウンド”は衛星にも存在するのか」と同氏は問う*A)。これについては学術的で行き過ぎた議論になってしまうが、グラウンドやコモン、リターン、シャーシ、基準プレーンなどについて正しく考察することが、複雑な回路設計に対する理解につながる。アナログ回路の設計、特に高周波アナログ回路の設計に対してはそうした考察が重要である。
米General Motors社のある部門に、McLaughlin氏の教え子が勤務している。その技術者は、開発した自動車をカナダの厳しいEMI規格の試験に合格させられずにいた。新規に開発した点火装置が強いEMIノイズを放射し、そのノイズが自動車のシャーシを越えて発生しているようであった。RFエンジニアであればピンと来ると思うが、問題はグラウンドにあった。この部門は、経費節減のために小さな金属スクレーパで塗装を剥がしてグラウンドに接続していた。これでは、グラウンドに接続してはいるものの、非常に脆弱であるため、開発チームは、長さ約12インチ(約30.5cm)のAWG18配線に取り替えた。しかし、車のシャーシに長い配線でガルバーニ接続しても、RF技術の観点からは、シャーシはグラウンドに接続されていることにはならない。12インチの配線には、点火パルスの影響がシャーシに伝わってしまうだけの十分なインピーダンスがあった。結局、短いブレードケーブルを両側のヒンジに配置し、カシメによって適切なグラウンドを確保することにより、やっとその自動車をカナダのEMI試験に合格させることが可能になった。
リターンパスのインピーダンスはゼロではない。たとえ銅プレーンであっても、インピーダンスは存在する。そのため、すべてのグラウンドを配線として記すほうがわかりやすいと考える技術者もいる。そうすれば、例えばオーディオ関連の技術者であれば、一点接地を使用することにもっと慎重になるといった変化が訪れるかもしれない。携帯電話機においてノイズの問題が発生しないオーディオ回路を設計するには、オーディオ信号を機器外に放射させることなく、携帯電話機からの放射によるノイズを遮断しなければならない。この場合、グラウンドプレーンの代わりに、シングルポイントのグラウンドに戻る細いトレースを使用することにより、歪(ひずみ)精度を少し改善することができる。ただし、その代わりにRF耐性は低くなる*B)。細長い配線は、すべてアンテナとして機能することを覚えておくことが重要である。
※1…Rako, Paul, "Circulating currents: The warnings are out," EDN, Sept 28,2006, p.50, http://www.edn.com/article/CA6372822
※2…"Digital Isolator Design Guide," Texas Instruments, January 2009, http://focus.ti.com.cn/cn/lit/an/slla284/slla284.pdf
※A…Ferguson, Dale C, G Barry Hillard, and Thomas L Morton, "The Floating Potential Probe (FPP) for ISS - Operations and Initial Results," Spacecraft Charging Technology, Proceedings of the Seventh International Conference, April 23 to 27, 2001, p.365
※B…『RFノイズの侵入を阻め!』(Paul Rako、EDN Japan 2008年5月号、p.57)
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