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センサー信号パスの“イロハ”アナログ初心者に贈る

センサーが出力するアナログ信号を機器内のプロセッサで扱うには、その前段においてデジタル信号に変換しておくことが必要である。本稿では、主にアナログ回路を扱ったことのないシステム設計者向けに、センサーシステムに必要なアナログ信号パスの基礎知識について解説する。その上で、アナログ信号パスを構成する、アンプ、フィルタ、A-Dコンバータを選択する上でのポイントを紹介する。

» 2009年12月28日 16時21分 公開
[Aaron GL Podbelski(米Cypress Semiconductor社),EDN]

民生用途への広がり

 組み込みシステムでセンサーを利用する例が増えている。センサーは、これまでも製造制御システムをはじめとする産業用機器で広く使用されていた。しかし、最近では、ユーザーエクスペリエンス(機器を利用したときの体感的な利便性)の質をさらに高めるために、さまざまなセンサーが民生用機器にも搭載されるようになった。例えば、携帯電話機には加速度センサーが、電子レンジには水蒸気センサーが搭載されている。そして、これまでデジタル領域のみで作業を行ってきたシステム設計者も、アナログ信号を出力するそれらのセンサーと向き合わなければならなくなった。

図1 センサーを利用する場合のアナログ信号パス 図1 センサーを利用する場合のアナログ信号パス センサーが出力するアナログ信号をデジタル化するために、黄色で示したアナログ信号パスが用いられる。

 センサーをシステム内に組み込むためには、センサーが出力するアナログ信号をデジタル化する必要がある。そのために用いられるアナログ信号パスは、増幅、フィルタリング、デジタル化という3つの段から構成される(図1)。信号をデジタル化したら、それをマイコン上の制御システムに引き渡すか、またはデータに処理を施した上で通信プロトコルを介してホストプロセッサに引き渡す。

 信号の出力形態とその値の範囲は、各センサーによって異なる。信号の出力形態については、電圧、電流、抵抗、容量、周波数などさまざまなものをベースとして実現されるが、特殊な産業システム向けを除き、出力信号に関する標準規格はほとんど存在しない。また、同一メーカーの類似したセンサーであっても出力範囲が異なる場合があり、その違いがシステム設計者に問題をもたらす可能性がある。システム設計者は、システムの要件を満たすセンサーを選択しなければならない。しかし、設計中に要件が変更されれば、それに合わせてセンサーも変更しなければならないケースがある。また、出力範囲が少し異なる新しいセンサーに変えた場合には、増幅段とフィルタ段の回路も変更しなければならないかもしれない。

 ただし、ほとんどのセンサーは、電圧出力または電流出力の形態をとる。また、電流ベースの信号も簡単な抵抗回路により電圧に変換することができる。そこで、本稿では一般的な電圧出力タイプのセンサーに関する概念と、必要になるアナログ部品の選定基準について概説することにする。

アンプによる増幅

 センサーが出力する電圧の値は、数mVから数Vまでさまざまである。しかし、多くのセンサーでは出力信号の値が小さい。これを正しくデジタル化するためには、A-Dコンバータが有効に読み取れる程度に信号を大きくしなければならない。そのため、センサーからの信号を増幅する必要がある。例えば、一般的なKタイプの熱電対温度計の熱起電力は、41μV/℃である。この場合、センサーの粒度を1℃にするには、かなりの増幅を行わなければならない。増幅した信号で得られる粒度に合わせて、A-Dコンバータの分解能についても検討する必要がある。

 増幅段には、オペアンプ、計装アンプ、差動アンプ、PGA(プログラマブルゲインアンプ)などの各種アンプから適切なものを選択して使用する。また、アンプに必要とされるゲインについても決定しておかなければならない。通常、アンプのゲインは、その周囲に付加するフィードバック抵抗回路によって決まる。PGA以外のアンプのゲインの最大値は、理想的には無限大である。PGAでは、アンプに入力されるロジック信号によりゲインが決まる。このロジック信号により、内部の抵抗回路に変更が加わってゲインが調整される。PGAのゲインの最大値は、ほかのアンプの0.5倍から、1000倍くらいまでとなるが、ほとんどの場合においてそれだけあれば十分である。

 もう1つ、アンプについて検討すべき項目にオフセット電圧がある。オフセット電圧は、アンプから出力される電圧が理想値からどれだけずれるかを表した値である。

 例えば、500mVの信号を、オフセット電圧10mVのアンプに入力すると、ゲインが1の場合には、出力は510mVとなる。もし、センサーの出力範囲が0〜900mVで、システムがそれほど精度良くセンサーの信号を読み取る必要がない場合には、この程度のオフセット電圧は無視できる。しかし、センサーの出力範囲が450mV〜550mVならば、このオフセット電圧は許容できないだろう。オフセット電圧が小さいアンプほど、価格は高くなる。どのアンプにもオフセットがあるが、そのオフセットをシステムが許容できるかどうかを知る必要がある。また、アンプに相関2重サンプリング(CDS)回路を搭載することにより、オフセット電圧を低減または除去することができる。

フィルタリング

 システムは、センサーの信号にいくらかのノイズを加える。ノイズは、プリント基板のレイアウト、無線通信波による外乱、部品の発熱、さらにはセンサー自身など、複数のノイズ源によって生じる。ノイズの加わった信号を増幅すると、ノイズも増幅される。その結果、信号の誤差が大きくなり、A-Dコンバータにおけるセンサー信号の読み取りが不正確になったり、不安定になったりする。そこで、適切なノイズ対策が必要になる。ノイズは、低周波、高周波、特定周波数に分けて考えることができるが、一般的には、高周波ノイズへの対策が中心となる。

図2 センサー信号の処理プロセス 図2 センサー信号の処理プロセス 

 ノイズは、受動素子を使ったフィルタ回路、フィルタICなどによりフィルタリングすることができる(図2)。最も一般的なのが、抵抗、コンデンサ、インダクタなどの受動素子から構成される受動フィルタ回路を用いる手法である。この場合、受動フィルタ回路を設計する必要がある上に、その設計変更も容易ではない。受動フィルタの設計は、必要とする次数とともに複雑になる。次数が1のチェビシェフフィルタの設計は、次数が8のベッセルフィルタよりも格段に容易である。従って、どのようなフィルタリングの手法を採用するかを検討する前に、まずフィルタの次数を決定する必要がある。

 必要な特性をデジタル的にプログラムすることが可能なタイプのフィルタ回路もある。この種のフィルタは、内部のアナログ回路を使用してフィルタ機能を実現するため、オフセット電圧が生じる場合がある。

 なお、用途によっては、フィルタリングのプロセスをA-Dコンバータによるデジタル化の後に移動することも可能である。その場合、デジタルフィルタを使用することになる。デジタルフィルタの設計は複雑になることが多いが、その設計を容易にするためのツールが多数提供されている。デジタルフィルタは、ある意味でノイズを除去する理想的な手段ではあるものの、高い処理能力を持ったプロセッサを必要とすることが多く、消費電力は高くなりやすい。

 また、先述したように、システムには高周波ノイズが生じることが多いので、通常はローパスフィルタを使用することになる。ローパスフィルタとは、設定されたカットオフ周波数よりも高い周波数部分の信号をすべて減衰させるフィルタである。

 互いに連携する複数の種類のフィルタを必要とするセンサー信号もある。ほとんどのセンサーのデータシートには、基本的なインターフェース回路が定義されているが、必要なフィルタリングの手法については記載されていないことが多い。

デジタル変換

 フィルタリングされた後のセンサー信号もアナログ信号である。それをシステムで用いるには、A-Dコンバータによってデジタル信号に変換(数値化)する必要がある。どのようなA-Dコンバータを選択するかについては、システムが要求するサンプリング速度と分解能から判断する。

 まず、必要なサンプリング速度は、センサー信号の帯域幅、つまりシステムがどれだけ頻繁に更新されるかによって異なる。一方、分解能は、A-Dコンバータのセンサー信号に対する応答の粒度に依存する。システムに応じて、このサンプリング速度と分解能の要件が定まる。例えば、一般的な角速度センサー(ジャイロ)は、0.67mV(/[度/秒])程度の出力感度で360度の回転について測定することになるので、出力電圧の範囲は241mVとなる。

 このようなジャイロを使ってオモチャのヘリコプターの姿勢制御を行う場合、通常は10キロサンプル/秒程度の速度でジャイロスコープからの情報を取得する必要がある。一方、角度制御の粒度が1度であったとすると、分解能が10ビットのA-Dコンバータが必要である。この場合、1ビット当たりの精度は0.35度となる。ただし、センサー信号はノイズを含むし、A-Dコンバータにも誤差があるので、±1ビット分の許容範囲を想定しておくべきであろう。

図3 A-Dコンバータの精度を構成する要素 図3 A-Dコンバータの精度を構成する要素 A-Dコンバータの応答は理想的には(a)のようになる。実際には、INL(b)、DNL(c)、ゲイン誤差(d)、オフセット誤差(e)などが発生し、合計誤差は(f)のようになる。理想的なA-Dコンバータの応答と実際の応答の違いを理解しておく必要がある。

 一方、手振れ補正機能付きのデジタルカメラでは、手振れの影響でカメラが動くたびに撮像素子の位置を調整しなければならない。角度制御の粒度は0.02度くらいは必要だが、サンプル速度は5キロサンプル/秒で十分であろう。この要件に対しては、16ビットのA-Dコンバータが必要であり、1ビット当たりの精度は0.005度となる。

 A-Dコンバータの精度は、INL(積分非直線性誤差)、DNL(微分非直線性誤差)、ゲイン誤差、オフセット誤差、S/N比(信号対雑音比)などから判断される。そして、これらを組み合わせると、A-Dコンバータの合計誤差がわかる(図3)。ほとんどの用途において、A-Dコンバータのこれらの仕様について詳しく調べる必要はないが、技術者は使用するA-Dコンバータの誤差について十分に理解しておく必要がある。

マイコンとの関係

 デジタル化に使用するA-Dコンバータについては、いくつかの選択肢がある。まず考えられるのは、単体のA-DコンバータICと、A-Dコンバータの機能を持つマイコンという2つの選択肢である。単体のA-DコンバータICは、精度、速度、分解能すべての面において性能が高い。しかし、センサーを応用するシステムでは、ほとんどの場合、マイコンに集積されたA-Dコンバータの性能でも十分である。

図4 一般的なマイコンとプログラマブルブロックを搭載するマイコンの比較 図4 一般的なマイコンとプログラマブルブロックを搭載するマイコンの比較 一般的なマイコンは、赤い破線で囲まれた部分の機能を搭載している。これに対して、CypressSemiconductor社の「PSoC」に代表されるプログラマブルブロックを搭載したマイコンであれば、青い破線で囲まれた部分の機能も1チップで実現できる。

 さらに、もう1つの選択肢も存在する。それは、マイコンに搭載されたプログラマブルブロックを利用して構成したA-Dコンバータ/周辺回路を使用するというものである。この場合、集積されたデジタル/アナログのプログラマブルブロックを使って、さまざまなセンサー応用システムに必要となる周辺機能を動的に定義することが可能である。例えば、カウンタ、PWM(パルス幅変調器)、UART(Universal Asynchronous Receiver Transmitter)、SPI(Serial Peripheral Interface)、オペアンプ、フィルタ、A-Dコンバータ、D-Aコンバータなどを選択して利用することができる。また、増幅段とフィルタ段も実装して、アナログ信号パス全体を1つのデバイスに集積することも可能である(図4)。このようなプログラマブル機能を備えるマイコンを利用すれば、受動部品を使用する場合よりも設計が簡素化される。回路を動的に再構成することができるし、余ったリソースをほかの機能に利用するといったことも行える。

 センサーは今後もさまざまな機器へと浸透し、機器の制御性能と柔軟性の向上をもたらすだろう。温度監視、フィードバック機構による性能改善、新しい種類のユーザーインターフェースの導入など、センサーの周辺環境を管理することによって信頼性を高めることも可能である。このような設計を適用するとしても、多くの場合、マイコンに集積されたA-Dコンバータを利用することでも十分な粒度と精度が得られるはずだ。


 アナログ設計に不慣れな開発者は、センサーとマイコンの間のアナログ信号パスにおける思わぬ落とし穴に遭遇するかもしれない。複数段にわたるアナログ信号パスの実装は、主にデジタル領域での設計に慣れているシステム設計者にとっては、複雑に感じられることが多い。

 センサーからのアナログ信号パスを、増幅、フィルタリング、デジタル化の各段階に分解して設計を行うことにより、多種多様な産業用/民生用機器において、より高精度かつ容易にセンサーを利用できるようになるだろう。

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