故障が発生したとの連絡を受け、修理に向かった筆者。しかし、なぜか不良品を増やしてしまうという結果に……。不具合が“伝染”した、摩訶不思議な体験とは?
筆者の技術者としての人生は、25年以上前に、ある大企業で、試験機器の保守/校正を担当する部門に加わったときから始まった。最初に与えられた業務の1つがRFパワーメーターの修理の補助を行うことだった。そのパワーメーターは、入力RF信号を精密抵抗に通し、その抵抗で消費される電力に比例して上昇する温度を計測するというものであった。温度の上昇分から、電力量を逆算する仕組みである。当時のパワーメーターは、今日の標準的な製品に比べるとずいぶん大型で、横置きバックプレーンに、電源基板や、アナログ基板、デジタル基板、表示/操作用のインターフェース基板を挿入する構造であった。
修理に持ち込まれたパワーメーターの不具合は、電源を投入した際に内部で行われる自動テストの直後に発生していた。その自動テストが終わったときに、本来であれば全桁「0」が表示されるべきなのに、何も表示されなかったのである。
当時、新人であった筆者は、先輩技術者らのそばに付き添って、見習いとして作業をすることになった。先輩らと筆者の前には、故障したパワーメーター(以下、故障品)およびそれと同一タイプの正常なパワーメーター(以下、正常品)が並んでいた。われわれは、故障品の基板と正常品の同じ基板を1枚ずつ入れ替えていき、不具合の原因となった基板を特定しようと考えた。基板の入れ替えに際しては、どちらのものなのか間違うことのないよう、各基板の製造番号を注意深く記録しておくことにした。
最初に、最も疑わしいと思われたアナログ基板を入れ替えた。しかし、それでは不具合は解消しなかったので、引き続き1枚ずつ基板の入れ替えを行っていくことにした。結論を言うと、残念ながら、基板の入れ替えは最後の1枚まで続くことになった。そこで、故障品のすべての基板を、正常品の基板と差し替えてみた。しかし、症状に変化はなかった。ということは、バックプレーンに原因があるのだろうか。いや、そんなことはないはずだ。バックプレーンには、コネクタしか存在しないのだから。それでも、バックプレーン上に接触不良を起こしている部分があるのかもしれないと考え、バックプレーンを筐体から取り外して導通テストを徹底的に行ってみた。だが、問題の原因は明らかにならなかった。
そこで、2台を並べて動作させ、さまざまな個所における信号を比較してみることにした。基板はすべて本来の位置に戻して電源を投入した。すると、正常品までもが正しく動作しなくなってしまった。
筆者らは大いに混乱した。何しろ、不良品が2台に増えてしまったのだから。筆者らは、正常品と故障品の基板の抜き挿しを繰り返しながら確認を行った。しかし、解決策は何も見えてこなかった。そして、ついには、故障品、正常品ともに同じ症状を示すようになってしまった。どういう訳か、不具合が伝染してしまったのだ。皆の頭に上司の顔が浮かんだ。これ以上、同じことは続けられない。とはいえ、ほかに手は思い浮かばなかったので、いったん区切りを設けるために、沈んだ気持ちのまま帰宅することにした。
翌朝、やるべきことを初めからやり直すことにし、回路図と照合しながら、オシロスコープ、マルチメーター、RF信号源を使ってチェックを続けた。その結果、すべての原因が判明した。問題になったパワーメーターを構成するアナログ基板とデジタル基板とは、リニアICとデジタルICで構成されるデュアルスロープ型のA-Dコンバータで連結されていた。その入力ゲートに不具合があり、入力ラインが電源にショートしてしまったのだ。それに伴って、アナログ基板に実装されたコンパレータも壊れてしまったようだ。基板の差し替えを行った際、これと同じことが正常品の基板にも生じて、正常品までもが故障してしまったのである。
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