ダイヤルアップ回線のときにそうであったように、光ファイバ伝送にも帯域幅の不足が生じ始めている。この問題を解決する上で鍵となるのは、複雑な変調方式の利用である。では、今後の光ファイバ伝送には、具体的にどのような変調方式が適用されるのだろうか。
より高いデータスループットに対する要求はとどまることがない。そしてその要求は、多くの人々の予測を上回るペースで肥大化し、光ファイバネットワークに対しても、より高い性能が求められるようになった。現在、いくつかの企業が採用し始めている100ギガビット/秒(Gbps)のデジタル伝送は、こうした要求に応えるものとなるはずだ。
1年ほど前には、100Gbpsリンクの実装の多くは短い通信距離をサポートするもので、10本の10Gbpsレーンを用いて構成されていた。その後、25Gbpsのレーンを4本使用した長距離用の100Gbpsリンクを初めて展開したのは米Verizon社である*1)。このリンクには、光通信ではまったく使用されたことのない複雑な変調方式が使われていた。同社の例に限らず、長距離伝送に対応するには、新しい変調方式が必要となる。
(大学などの)構内や、地域の都市圏などで用いられる「クライアントサイド」の短距離通信には、複雑な変調方式は必要ない(図1)。高速化に十分に対応できるほど距離が短いからである。通信距離が最大40kmのクライアントサイドでは、4本の25Gbpsレーンで100Gbpsリンクを実現することができる。実際、IEEE 802.3baは、このようなデータリンクを定義している*2)。短距離の100Gbpsリンクでは、単一のファイバ上で4つの波長を使用する。また、通信距離が最短のレベルのケースであれば、10Gbpsのファイバを10本使用することもある。高速化を図るには、より多くのファイバが必要かもしれないが、構内の建物の間であれば、距離が短いので、そこにファイバを追加で敷設してもそれほどコストはかからない。
しかし、数百kmもの伝送を必要とする「ラインサイド」ではそうはいかない。レーンを増やすためのファイバの追加には、莫大なコストがかかる。米Tektronix社の製品エンジニアであるPavel Zivny氏は、「通信事業者は、既設のファイバで100Gbpsのスループットレートを実現する必要がある。その多くは10Gbpsのファイバリンク用に設計されたもので、中には2.5Gbps用に設計されたものもある」と語る。
100GbpsのNRZ(Nonreturn to Zero)ストリームを、既存のファイバにそのまま単純に流し込むことはできない。現在のDWDM(高密度波長分割多重)ファイバは、チャンネルの間隔を50GHzとしている。この間隔は、NRZ変調方式を使用する10Gbpsのデータストリームには十分だが、100GbpsのNRZストリームには狭すぎる。米LeCroy社のビジネス開発マネジャを務めるMike Schnecker氏は、「100Gbpsのストリームを搬送波に正しく載せることはできない」と述べる。100GbpsのNRZ信号では、各ビットの時間幅がわずか10psしかないからだ。光製品のスペシャリストであるアンリツの後藤寛氏も、「隣接するチャンネル間のクロストークの影響があることから、100GbpsのデータストリームをDWDMシステムで使用することはできない。PMD(偏波モード分散)とCD(波長分散)が原因でパルスが大きく歪んでしまう」と述べている。
この問題を回避するために、OIF(Optical Internetworking Forum)は、複雑な変調方式を使用して、既存のファイバで1Hz当たりの伝送ビット量をできるだけ高くすることを推奨している。OIFが提案する変調方式では、QPSK(4位相偏移変調)と2つの偏波を用い、単一の波長で100Gbpsのスループットを実現する。QPSKは、デジタルRF通信ではよく使用されるが、光ファイバ通信に使われるのは初めてだ。
100Gbpsのリンクは、互いに直交する偏波プレーンを伝搬する、TE(Transverse Electric)とTM(Transverse Magnetic)という2つの偏波を利用した2本の50Gbpsストリームで構成される。各50Gbpsのストリームは、25ギガシンボル/秒(Gsps)で構成される。QPSKでは、1シンボル当たり2ビットの伝送が行われる。QPSK信号は2つの偏波で伝送されるため、DP-QPSK(2重偏波QPSK)またはPM-QPSK(偏波モードQPSK)と呼ばれる。これらの名称は同義的かつ一般的に使われている。本稿では、2つの偏波を指す場合にDP-QPSK、1つの偏波を指す場合にQPSKという語を用いることにする。
図2は、変調処理の概要を表したものである。まず、1つの100GbpsのビットストリームがTE偏波とTM偏波に分割され、同一周波数(波長)に2つの搬送波が生成される。そして、各搬送波にはI/Q(同相/直交)変調が施され、それぞれに対して25Gspsのストリームが2本生成される。合計で100Gbpsになるが、実際のデータレートはそれよりも少し高い(別掲記事『「G」が表す意味』)。図2では、QPSKの変調器の前段に偏波スプリッタが配置されている。これに対し、最初にI/Q変調器を配置し、信号を変調してから2つの偏波に分割するトランシーバの設計も存在する。
QPSKでは、入力ビットペア(00、01、10、11)に対し、光搬送波の位相を偏移させることで、シンボル当たり2ビット分のデータを伝送する。つまり、各シンボルは2ビットを表す。受信機は各シンボルを2ビットのデータに復調し、50Gbpsのデジタルデータストリームを生成する。各ビットのデータには、変調前にプリコーディング、変調後にデコーディングも施される*3)。受信機は、DP-QPSKの受信信号を復調/デコードした後、4本の25Gbpsの電気信号を生成する。
QPSK信号が伝送するシンボル当たりのビット数は、NRZ信号の2倍になる。そのため、これら2つの変調によって生成される信号が、ファイバを使って伝送される際に劣化する様子は異なる。カナダEXFO社(のスウェーデン法人)でディレクタを務めるPeter Andrekson氏は、「QPSK信号は、NRZ信号よりもノイズの影響を受けやすく、非線形の位相歪が生じやすい」と説明する。「QPSK信号のほうがノイズに対する感受性が強い。NRZ信号を扱う場合より、消費電力も多くなる」(同氏)という。
しかし、QPSK信号にはNRZ信号に勝る重要な利点がある。それは、同じビットレートに対し、波長分散や群遅延によるビットエラーが生じにくいということである。これは、100Gbpsデータストリームの1つのUI(ユニットインターバル)が10psであるためだ。
ラインサイド伝送では、4本の25Gbpsレーンを使用するので、各シンボルの幅は40psと、帯域幅は狭くなる。この40ps幅のシンボルは、10Gbps/100ps幅のNRZ信号よりも短く、より広い帯域幅を必要とする。そのため、25Gbpsの信号は、10GbpsのNRZ信号よりも分散によるエラーが生じやすい。ただし、100GbpsのNRZ信号よりは劣化しにくい。
DP-QPSKは非常に新しい技術なので、ラインサイド用のトランシーバモジュールはまだ存在しないはずだ。米Finisar社技術スタッフのシニアメンバーであるChris Cole氏によれば、「ラインサイドのトランシーバモジュールは、マルチソースアグリーメントで現在定められているクライアントサイドのモジュールよりも大きなものとなる*4)。ただ、モジュールではなくラインカードとして実装することもできる」という。
NRZからDP-QPSKへの移行に伴い、光ファイバのテストの最初に信号空間ダイアグラムが導入されることになる。信号空間ダイアグラムは、ワイヤレス伝送では一般的に使用されているが、光通信にはこれまで使用されていなかった。信号空間ダイアグラムは、信号品質(シグナルインテグリティ)に関する情報を提供する。分散や非線形性は、信号を劣化させ、歪を生じさせるが、信号空間ダイアグラムを調べれば、その影響について把握することができる。
図3は、1つのDP-QPSK信号の2つの偏波の信号空間ダイアグラムを示したものである。この例では信号点がはっきりと見てとれるが、あまりに多くの歪が生じると、各点が識別不可能になる場合がある。図3右下の2つは、QPSK信号の振幅(上)と位相(下)を表している。位相のグラフには、不連続性がはっきりと見てとれる。これは、QPSKにおけるビットペアのエンコーディングによる位相偏移の結果だ。
DP-QPSK光信号のテストには、光変調アナライザまたは光信号アナライザを使用するとよい。これらの機器は、信号空間ダイアグラムを生成し、それを電気データストリームにデコードして、アイダイアグラムとして表示する。この種の機器は、米Agilent Technologies社、アンリツ、EXFO社、米Optametra社などが販売している。
Finisar社のCole氏は、「100Gbpsの長距離光波形のための標準テスト仕様は存在しない。そのため、計測機器メーカーは、光モジュールメーカーと相談し、何を測定する必要があるのかを判断することになる」と述べる。また同氏は、「テストに用いる測定機器は、28Gspsおよび32Gspsの信号をサポートしている必要がある。40Gbpsのリンクに対し、22Gspsで動作するDP-QPSKテストシステムが存在するが、新しい機器は、100Gbpsリンクをサポートするために、28Gspsおよび32Gspsで動作する必要がある」と語る。
レシーバ側のテストは、ストレスドレシーバ(Stressed Receiver)テストの仕様がまだ存在しないため、さらに不明確な点が多い。Cole氏は、「テスト用の計測機器はDP-QPSK信号を生成できる必要があり、PMDやCDなどの問題を擬似的に生成/制御できることが求められる可能性もある」と述べる。こうした分散の問題により、TE/TM搬送波は、ファイバによる伝送中に回転する。復調/デコード後にストレスドアイダイアグラムを生成し、変換後の電気信号を測定できるようにする必要がある。
図3右上に示したのは、1つの偏波の2本の25Gbpsレーンに対する2つのアイダイアグラムである。「10Gbpsリンクの場合と同様に、マージンや、ジッター、消光比について調べる必要がある」とCole氏は述べる。
現在、アイダイアグラムの解析には、オシロスコープとBER(ビットエラー率)テスターが使用されている。広帯域幅のオシロスコープを用いて、DP-QPSK信号をキャプチャする場合もある。LeCroy社のSchnecker氏は、「変調が施された結果、レシーバにおける信号はノイズであるかのように見える。そして、その信号は繰り返しパターンではないため、リアルタイムオシロスコープが必要となる」と述べる。チャンネルを4つ備えるオシロスコープを使えば、復号およびデコードされた4つのデータストリームを、高精度な時間軸補正を施して観測することができる。
DP-QPSKトランシーバの開発では、QPSK信号のI、Qそれぞれの25Gbpsデータストリームを生成するために、BERテスターが使用される。また、BERテスターは、復調/デコードされた信号のBERの測定にも使われる。Agilent社や米SyntheSys Research社のBERテスターは、最大28GbpsのデータレートでBERの測定が可能である。
業界では今後数年間、100Gbpsのラインサイド伝送のための開発が続けられるだろう。光モジュールメーカーが、テスト上の問題の特定と、テスト手順や機器の開発のために、テスト機器メーカーや標準化団体と協力を進めるに連れ、テスト仕様も固まっていくはずだ。
「100G」、「40G」、「25G」という語は、光リンクのデータスループットを表している。しかし、フォーマッティングとFEC(前方誤り訂正)の処理が存在することから、実際のデータレートはそれよりも高い。
例えば、100GbE(ギガビットイーサーネット)の伝送データレートは実際には103.125Gbpsである。25Gbpsデータスループットの各レーンは、実際には、25.78125(26)Gbpsでクライアントサイド伝送を行う。テスト装置メーカーが、自社製品の速度が26Gbpsであるとしている場合、その製品は、25.78125Gbpsのデータレートに対応しているという意味だと考えられる。なお、イーサーネットのクライアントサイドネットワークについては、27.739(28)Gbpsのデータレートも検討されている。
長距離伝送であるラインサイドネットワークの場合、FECをより強化する必要がある。オーバーヘッドが7%のFECを適用した100Gbpsリンクのライン速度は約112Gbpsで、各レーンの速度は約28Gbpsとなる。これについては、OIFの「100G Ultra Long Haul DWDM Framework Document」によると、正確なレートはまだ定められていないという。20%という、より高いFECオーバーヘッドが適用される可能性もあり、その場合のビットレートは約32Gbpsに拡大されることになる。
※1…"Verizon Deploys Commercial 100G Ultra-Long-Haul Optical System on Portion of Its Core European Network," Verizon, Dec 14, 2009, http://newscenter.verizon.com/press-releases/verizon/2009/verizon-deploys-commercial.html
※2…Di Minico, Chris, "802.3ba Cu specifications," Jan 2008, IEEE, http://grouper.ieee.org/groups/802/3/ba/public/jan08/diminico_01_0108.pdf
※3…Trends and Issues in Ultra-High-Speed Transmission Technologies: For the implementation of 100 GbE/40 GbE and long haul transmission by optical modulation,” Technical Note, Anritsu, 2009, http://www.eu.anritsu.com/files/MP1800A_40_100GbE_EE1200.pdf
※4…"CFP Multi-Source Agreement Draft 1.0," March 23, 2009, http://www.cfp-msa.org/Documents/CFP-MSA-DRAFT-rev-1-0.pdf
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