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トランジスタの“落とし穴”はブレークダウンにありWired, Weird(1/2 ページ)

電子回路に広く利用されているトランジスタは、長期間使用しているとブレークダウンに起因する劣化や破損を起こすことがある。ブレークダウンの要因は基板内に隠れていて見つけにくいが、絶対最大定格のある項目に注意を払うことで問題を解決できることがある。

» 2012年03月06日 18時00分 公開

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 トランジスタを長期間使用していると、性能が劣化したり、素子そのものが破損してしまったりすることがある。これらの現象の直接的な原因は、トランジスタのベース‐エミッタ間のブレークダウンである。しかし、ブレークダウンにつながる要因は基板内に隠れており、回路図を詳しく確認しないと見つけにくい。また、ブレークダウンが発生しても、ただちに不具合が発生しないこともある。トランジスタを使う回路設計の“落とし穴”にはまらないようにするには、ベース‐エミッタ間のブレークダウンに注意を払う必要があるのだ。

 まずはトランジスタのデータシートを確認してみよう。絶対最大定格の項目には、各端子間が許容する最大電圧が記載されている。表1には、代表例として東芝の「2SC18185」の絶対最大定格を示している。実は、表1の3段目にあるVEBOこそが、トランジスタの“落とし穴”なのだ。

表1 トランジスタの絶対最大定格 表1 トランジスタの絶対最大定格 東芝の「2SC18185」の絶対最大定格について、周囲温度(Ta)が25℃の時の値を示している。(クリックで拡大) 出典:東芝

 最大定格を超えた電圧をトランジスタに印加すると、ブレークダウンが発生して電流が流れ、破損または劣化する。通常の回路設計において設計者は、製品の電源電圧に見合ったVCEO(表1の2段目の項目)を持つトランジスタを選定する。このため、コレクタのブレークダウンが発生することはまず有り得ない。しかし、VEBOはどのデータシートにも記載されているにもかかわらず、これを意識した設計を行われることはほとんどない。このため盲点になりやすくなっている。

 VEBOとは、ベース電圧が0Vのときに、エミッタに印加できる最大電圧のことである。逆にエミッタ接地の場合には、エミッタ電圧が0Vになるので、負電圧にしたVEBO以下の値をベース電圧として印加するとブレークダウンが発生する。例えば、ほとんどのトランジスタのVEBOは5Vなので、エミッタ接地ではベースに−5V以下の電圧を印加するとブレークダウンが起きるわけだ。ただし、実際のところは、VEBOが5V のトランジスタであれば、8V程度まではブレークダウンは起こらないことが多い。

 筆者は、トランジスタのブレークダウンに起因する事故を2回ほど経験している。一つは、マルチバイブレータ回路におけるトランジスタの劣化で、もう一つは逆トランジスタ接続でのトランジスタの破裂である。

 まず、トランジスタの劣化に関する失敗事例について説明しよう。表2は、ルネサス エレクトロニクスが同社のトランジスタのデータシートに掲載している使用時の注意事項である。ブレークダウンでトランジスタのhFE(電流増幅率)が低下することを警告している。この警告は約8年前から記載されるようになった。同社のWebサイトにも掲載されている。

表2 トランジスタのデータシートに掲載されている注意事項 表2 トランジスタのデータシートに掲載されている注意事項(クリックで拡大) 出典:ルネサス エレクトロニクス

 筆者は、個別部品を用いた製品設計が主流だった1975年頃に、警報装置の設計を担当していた。この警報装置では、建物の警戒状態がセットされた時に約30秒間ブザーを鳴動させる必要があった。そこで、ブザー回路として12V電源のマルチバイブレータ回路を用いていた。この警報装置を設置してから約3年後、警報装置を警戒状態にセットした時のブザー音が小さく、こもった音になっていることに気付いた。この警報装置を新しいものに交換した上で工場に持ち帰り、異常発生の原因を究明した。

 原因はマルチバイブレータ回路の発振電圧の振幅が小さくなっていたことだった。マルチバイブレータ回路の出力をオシロスコープで測定すると、トランジスタのベースに−8Vの微分波形が印加されているのを確認できた。このためにトランジスタがブレークダウンし、長期間使用しているうちにhFEが低下した。そして、出力電圧の振幅が小さくなり、ブザー音が小さくなってしまったのだ。なお、この不具合に対する対策としては、トランジスタのエミッタとグラウンドの間にダイオードを追加する設計変更を行った。

 表2の注意事項が製品のデータシートに掲載されているのを見つけたのは、筆者がこの問題を体験してから20年後のことである。最近では見かけなくなったが、2000年頃の電子回路の教科書や、電子回路を紹介するWebサイトでは、12V電源のマルチバイブレータ回路が掲載されていた。そこで、出版社やWebサイトの管理者に筆者が経験した不具合に関する情報を提供して、電源電圧を5V以下にした方が良いというアドバイスをしたこともある。

 ブレークダウンの原因となるマイナス電圧を出力するのは微分型回路の宿命である。マルチバイブレータも微分型の発振回路だが、この他にも微分型の回路は多い。ICの発振回路でインバータを3個直列にして、コンデンサと抵抗で帰還をかけている回路や、トランジスタのスピードアップ回路も微分型回路である。DC12V以上の電源で微分型の回路を使用している場合には、信号電圧が最大定格電圧を超えて振れるので、信号電圧の最大値と最小値には注意を払う必要がある。なお、発振回路や微分回路は、積分型の回路に置き換えればこのような問題はなくなる。

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