従来、MOSFETの順方向安全動作領域(SOA)にはバイポーラトランジスタのS/B領域に相当する領域はないとされ、SOAの各曲線は熱制限領域のみとされてきました。
しかし近年のMOSFETの微細化にともないバイポーラトランジスタのS/B動作と同等の現象が高電圧領域で見られるようになってきましたが、文献を調査しても微細化とS/Bの関係について簡明に説明したものは入手できませんでした。
S/Bとは
バイポーラトランジスタのS/Bというのは、通常のVCE降伏(1次降伏)に続いて高電圧/大電流域でブレーク電流が増加すると負性抵抗(=電流集中)が発生することを指しています。電流集中が局部的なホットスポットの発生に結びつき、その部分のインピーダンスが低下することで正帰還的に電流集中を招くと考えられています。
MOSFETのS/B
MOSFETにおける電流集中メカニズムは次に説明するようにバイポーラトランジスタとは異なりますが現象の同一性からMOSFETの現象も一般的にはS/Bと呼ばれています。
この現象が発生すると図7に示すように高電圧領域で順方向許容電流が著しく制限されます。
MOSFETのS/Bのメカニズムとして以下のような正帰還サイクルによる説明がいくつかの資料で見られます。
1つはMOSFETが持っている微小電流域でのVgs-Id特性の本来の温特が正である影響による説です。Idが微小な領域ではVgs-Idの温度特性が正になることに起因しています。
このS/B現象のその他の説明として次のような資料もあります。
①MOSFETはゲートを順バイアスするとゲート電極直下にチャネルが形成され始め、しきい値電圧Vthを超えるとドレイン電流が流れ出します。このVthの温特は負です。
②FETのオン抵抗(RON)をゲート電圧で制御する(リニア)領域のRONはゲート印加電圧(VGS)とVthの差(VGS-Vth)に反比例します。VGSの温特が負のため(VGS-Vth)が高温で大きくなることでRONは下がります。
③MOSFETの温度が上がるとVthが下がり、RONが下がります。
④RONが下がったチャネルに電流が集中→温度が上がる→Vthが下がります。
⑤Vthが低下→RON低下→これによりさらに電流が集中するという正帰還によって、局部的に素子が破壊し、全体に破壊が広がります。
ただし、この説ではRONの温度特性が正(ΔTch=+100℃でRON約2倍)であることによる電流の自己バランス効果が無視されています。このことを考慮すると④〜⑤の説明に疑問を生じます。加えて上記2つの説では近年のセルサイズの微細化の影響が抜けています。
以下は私見ですが次のように考えています。
これらの現象によってドレイン電圧が高い領域ではチャネル厚みが温度やゲート電位に対して敏感(高感度)になり上記の②、③が顕著に現れるのではないかと考えています。
注)上記のS/Bの説明はあくまでも順方向バイアス時の説明です。本稿で取り上げているアバランシェブレークの期間中はゲートがオフ(逆バイアス)ですからMOSFETのチャネルは形成されず、上記のメカニズムによるS/Bは起こりません。アバランシェとS/B動作は無関係です。資料によっては両者を混用させるような書き方をしているものもありますので内容をしっかり確認することが重要です。
次回は半導体のチップに外部電極を接続するワイヤーボンドについて基礎的な説明をしたいと思います。
加藤 博二(かとう ひろじ)
1951年生まれ。1972年に松下電器産業(現パナソニック)に入社し、電子部品の市場品質担当を経た後、電源装置の開発・設計業務を担当。1979年からSPICEを独力で習得し、後日その経験を生かして、SPICE、有限要素法、熱流体解析ツールなどの数値解析ツールを活用した電源装置の設計手法の開発・導入に従事した。現在は、CAEコンサルタントSifoenのプロジェクト代表として、NPO法人「CAE懇話会」の解析塾のSPICEコースを担当するとともに、Webサイト「Sifoen」において、在職中の経験を基に、電子部品の構造とその使用方法、SPICE用モデルのモデリング手法、電源装置の設計手法、熱設計入門、有限要素法のキーポイントなどを、“分かって設計する”シリーズとして公開している。
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