さて、MC68000は1979年9月に公式に発表され、最初のサンプル出荷は1980年2月、量産出荷は1980年11月に開始された。8086に比べて2年ほど後れを取った格好であり、それもあってパーソナルコンピュータのマーケットではやや出遅れた感はある。ただそうは言ってもAmigaやAtari ST、X68000、Apple LisaやMacintoshなど、結構名だたる機種に採用された。またワークステーションやミニコンピュータでの採用事例も多い。ちなみに先のOral Historyによれば、IBMがワークステーション向けにカスタム版を要求したらしい。「Cascadilla」というコード名で開発されたMC68000の派生型は、マイクロコードを完全に書き換えてIBM 360の命令セットを実行できるようになったらしいが、商品化されずに終わった模様だ。
ワークステーションに本格的に利用されるようになったのは、次の「MC68010」からである。というのは仮想記憶をサポート出来なかった、という問題があったからだ。通常仮想記憶ではバスエラーを仮想記憶の動作のトリガにする。バスエラーとは本来メモリが無いアドレスをアクセスしようとした時に発生する。このバスエラーを受けてMMUが適切なメモリ領域をそのアドレスにマッピングして処理を再開することで、仮想記憶を実現する訳だが、MC68000はバスエラーを発生させるとそこからのリカバリーができなかった(リセットするしかなかった)。外部のMMUと連携してバスエラーからリカバリーできるようになったのは次のMC68010からである。ちなみにApollo ComputerはMC68000を2つ利用して、独自の仮想記憶を実装していたという話がOral History Panelと他にもちょろちょろ話が出てくるのだが、具体的にどうやってこれを実現したのかについての資料は見つからなかった。
話を戻すと、MC68000はその後1981年に10MHz、1982年に12.5MHzがリリースされる。データシートには16.67MHz版の記載もあったが、こちらがリリースされたのは1980年代末だったらしい。1982年には仮想記憶のサポート(というか、バスエラーからの復帰)をサポートしたMC68010と、その後でアドレスバスを31bit(2GB Memory)に拡張したMC68012が登場している。MC68010は68pinパッケージだったが、MC68012はアドレスバス拡張に伴い84pinパッケージとなった。このMC68010/68012、ついでに言えばMC68000でも利用できる外部MMUがMC68451だった。動作周波数はMC68000同様8/10/12.5MHz品が用意されている。内部は完全互換というわけではなく、若干命令が拡張されていたり、スタックフレームの構造に若干の変更があったりするが、ユーザープログラムに関してはほぼ互換となっていた。ちなみに2命令を保持する非常に小さな命令キャッシュもあったが、効果は限定的だった。
1984年には内部を32bit化した「MC68020」が登場する。FPUとMMUは相変わらず別チップの形であったが、256Bytesの命令キャッシュも内蔵、最大33MHz動作で5.36MIPSという数字が残されている。1987年にはMMUを内蔵すると共に高速化した「MC68030」がリリース。最大動作周波数は50MHzまでに引き上げられている。そして1990年には「MC68040」がリリースされた……はずなのだが、このMC68040は少なくとも1990年の時点では仕様通りに製造できず、なので1990年の段階ではエンジニアリングサンプルである「XC68040」として流通し始めた。これがMC68040に切り替わったのは1990年代半ばで、発熱への耐性を高めると共に動作周波数のマージンが増えたという情報もあるが、正確かどうかは分からない。あるいはXC68040のスペックのまま、目をつむって量産品の型番であるMC68040に付け替えた可能性も捨てきれない。
このMC68040が、事実上の68Kの最後の製品であった。事実上、というのはこのあとMotorolaはPowerPCの方に注力し始めたからだ。それでもしばらくはPowerPCと並行してMC68040の後継の開発を行っていたが、直接的な後継製品になる予定だった「MC68050」は開発途中でキャンセルされ、続く「MC68060」が後継となる。MC68060は1994年4月に完成するが、1994年といえばもうMotorolaは「PowerPC 603」を発表していた時期であり、絶対性能でも性能/消費電力比でもMC68060はPowerPC 603の敵ではなかった。何よりMC68040の最大規模のユーザーだったApple ComputerがPowerPCへの移行を済ませてしまっており、MC68060はわずかな顧客しか獲得できなかった事が痛かった。加えてMotorolaはこの時期、独自のRISC CPUである「MC88000」シリーズの開発まで並行して行っており、開発リソースが分散されてしまっていた。結局MC68000系とMC88000系は打ち切りになり、PowerPCにリソースが全集中されていったのは致し方ない事だろう。
そんな訳でワークステーションなどのマーケットにおけるシェアは1994〜1995年頃を境に急速に衰退していったのだが、その一方でより長期間にわたって維持されていたのがEmbedded向けである。
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