2000年代前半、組み込みプロセッサコア市場で大きなシェアを獲得していたMIPS。だがスマートフォンの台頭とともに変化し始めたエコシステムにうまく対応できず、その勢いは下火になっていった。
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前回の「先見の明が支えたMotorola「MC68000」 PowerPCの陰でロングセラーに」の最初に下記のスライドをご覧に入れた訳だが、実はこれ、広義のEmbedded Processorとしては間違っていないものの、あまり実情を反映しているとも言えない。
というのは、1999〜2000年に掛けてのArmの急速なシェアの増大は、主に携帯電話(≠スマートフォン)の普及によるものであり、それはSymbian OSの広範な普及にけん引されてのものだった。以前ITmedia Newsでちょっとだけ触れたが、1993年にNokiaとTexas Instruments(TI)が話し合いを行い、2G携帯電話向けにARMアーキテクチャの採用が検討され、これに向けて1994年にARMはThumb命令を搭載したARM7TDMIコアを開発。これをTIが採用してGSM/2G Chipsetを開発し、それをNokiaが自身の2G携帯電話に搭載した。
もっともこの時のChipsetはApplication Processorとしての機能はほとんどなく、Baseband Processorとしての採用だったわけだが、このBaseband Processorの制御用OSとして1998年に開発されたのがSymbian OSである。開発したのは英国のPsionというメーカーで、元はハンドヘルドデバイス用OSとしてEPOCというOSを開発。これが1998年にSymbian OSに改称された訳だが、NokiaがこのSymbian OSを全面的に採用。他のメーカー(Samsung、Motorola、etc)もSymbian OSの採用に動き、3.5G世代あたりまでは圧倒的なシェアを誇った。そしてSymbian OSを使うためにはArmベースのプロセッサでないといけない、ということで携帯電話の分野で圧倒的なシェアを獲得するに至った。
MONOistのこちらの記事を見れば、2006年頃の勢いが分かろうというもの。MONOistの記事によれば2005年は1年で3400万台が出荷され、2006年には累計で1億台を超えそうといわれていた。冒頭に示したスライドでは1999年には既に1億5000万個のARMコアが出荷され、2000年には4億個に達するとされたが、1台の携帯電話に複数個のARMコアが搭載されていたことを考えればこの数字は不思議でもなんでもない。
ただ逆に言えば、携帯電話(やその後のスマートフォン)を別に考えると、ARMコアがEmbeddedマーケットでそこまでシェアが大きかったか?というとそれほどでも無い。もちろん、幾つか採用事例はあった。ネットワーク分野で言えば、2000年頃の格安ブロードバンドルーターにSamsungのARM7TDMIベースのSoC(System on Chip)がコントローラーで使われていたし、LinksysのBEFSR41はKENDIN Communications(2001年にMicrel Incorporatedに買収され、そのMicrelも2015年5月にMicrochip Technologyに買収された)のKS8695(図1)というARM922コアのSoC(図2)を搭載していた。ただ主流だったか?というと結構怪しく、どちらかといえば性能より低消費電力性を買われていたというケースが多かった。それでもNetworkに関して言えばIntelがXScaleコアを使ったSoCを2002年頃からリリースしていたが、結局同社は2006年にXScaleの資産を丸ごとMarvellに売却してしまい、その先が続かなかった。で、2000年前後に性能が必要な用途に使われていたのがMIPSとx86である。x86はPCそのままだから、性能は出るものの消費電力も大きく、コストも高い。そんな訳でハイエンドはx86ベースがそれなりに使われていた※1)が、この時期に高性能/低消費電力&低価格向けに比較的多く採用されていたのがMIPS 32/64であった。
※1)例外はもちろんある。第10回の「登場して半世紀、多くの互換品を生んだIntel「80186/80188」」で紹介したように、80186/80188やこれら互換のSoCなどは低コスト向けに使われていた。
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