Quantum Research Group社は、タッチセンサーを主要製品とするファブレスチップメーカーである。電荷移動方式を採用したさまざまなICを提供することで、ほかのデバイスベンダーとの差異化を図っている。
同社の設立者でマネージングディレクタでもあるHal Philipp氏は、「自由空間における人体から地面までの静電容量は約100pF〜300pFだが、指の静電容量はそのうちの数pFにすぎない」と説明する。同社の最大のターゲットである家電市場のニーズを満たすには、どのような容量式検知技術であろうとも、水などの異物がある状態でこのレベルの静電容量を等しく検出できなくてはならない。そうした異物には、ガスコンロ周りの油汚れや埃なども含まれる。
Philipp氏は、同社の「QT」方式について以下のように説明する。
「わが社のQTセンサーは、基本的には、未知の静電容量を持つ検知プレートを既知の電位まで充電するようにプログラムされたマイクロコントローラだと考えることができる。この検知プレートとしては、プリント基板のパッドでも、光透過率の高いディスプレイ画面上の酸化インジウムスズでも、導電性のものなら何でもよい」。
同社のICは、1回または複数回の電荷移動サイクルごとにこの検知プレート上の電荷量を測定することで、その静電容量を決定する。指などの物体が検知プレート上の電荷を変動させることによって検知が可能になる。Philipp氏は、同社の製品であれば、かなりの水分があっても指を検知できると強調する。
「アドミッタンスの観点からいうと、水の膜には低周波数でも検知をかなり妨害する作用がある。膜そのものが形成する2次元のRCネットワークと、その静電容量がローカル環境に与える負荷が原因だ」(同氏)。
Quantum社では、スペクトラム拡散技術とバーストモード手法を利用して電荷の検知モデルを洗練しているという。充電パルスをランダム化し、バースト間に長い遅延を挿入することで、EMCの問題を最小限に抑えつつ、頑強さを高めている。
Philipp氏によれば、「静電容量タッチセンサーに影響を及ぼすノイズ源のほとんどは、モノトニックな信号か狭帯域幅の信号のどちらかだ」という。同社のセンサーの標準的なサンプリング周波数は約100kHzだが、一部のデバイスは100nsオーダーのサンプリング時間を使うことによって10MHz以上の実効周波数を実現している。その結果、センサーは、50mmを超えるガラス材を通して、あるいは比誘電率がより低い材料を通して物体を検知できる。例えば、従来のガラスの比誘電率の値は約7.8、FR4ガラス繊維は約5.2、そしてほとんどのプラスチックは約2.7である*2)。
同社のセンサーICには、隣接キー抑制機能と呼ばれる反復手法を実装されている。この機能は、信号処理ロジックの中に、各キーの信号の強さを繰り返し測定するように組み込まれている。この手法では、信号レベルが最も大きく変化した領域を特定することにより、ユーザーが実際にどれを選択したのかを判断する。選択されたキーの信号が閾値レベル以上のままであれば、センサーICは隣接キーに対する変化を無視する。
同社のセンサーICには、すべて自動ドリフト補償機能が実装されている。Philipp氏によれば、温度変化率が1℃/秒以上にもなる電子レンジのパネルでも検知性能を維持できるほど、十分な応答性があるという。各ICには、誰もセンサーに触れていないときに各入力の基準信号レベルを定期的に評価するアルゴリズムが実装されており、その機能によって、一定の感度が維持されるよう閾値が調整される。また、製品によっては、設計者が基準コンデンサまたはソフトウエアを使って閾値を設定できるようになっている。「正確な検知に必要な信号の変化量はさほど変わらないが、基準信号レベルには大きく依存する」とPhilipp氏は語る。
同社の製品ラインアップは充実しており、単一または複数のキーや、マトリクスキーボード、タッチスライダ/ホイール、タッチスクリーン、あるいはこれらを組み合わせるケースにも対応できる。こうした製品に共通する多くの機能を備えたセンサーIC「QT118H」は、100mmまでのガラス材を通しても検知が行える。消費電流は、電源電圧3.3Vの場合で約12μAだ。
同製品には、スイッチドキャパシタ方式の14ビットA-Dコンバータが組み込まれている。このA-Dコンバータがセンサーの電荷レベルを測定し、随時再校正が実施される。その際、デバイスの感度は単一のコンデンサによって設定される。電荷の変動を測定するサンプリング周期は2μsである。また、バースト動作は約95msの間隔で行われるが、この値には0.5ms〜7msのばらつきがある。ロジック部は、キーが押されたことを登録するために連続した4回の有効サンプルを必要とし、これがデバウンスフィルタとして作用する。初回の検知の後、センサーICはバースト間隔を20msに短縮し、約95msの平均応答時間を実現する。
同製品には2本のオプション端子があり、センサーICの出力端子を10秒間または60秒間有効信号として扱うか、あるいは10秒間トグル動作する出力として設定するか、新しく検知するごとに75msの有効パルスを生成するように設定できる。いずれの出力方式でも、約350μsのハートビートパルスが生成され、センサーが正常に動作していることを確認できる。
QT118Hのパッケージは8端子SOPまたはDIPで、Digi-Key社やFarnell InOne社などの通販業者を通して入手可能である。価格は1米ドル未満(1万個購入時)で、評価ボードは19.95米ドルとなっている。
「QT411」と「QT511」は、それぞれリニアスライダとタッチホイールに適した製品である。これらは、位置を検知するタッチエリアを形成するために3つの電極を使用する(図4)。Philipp氏によれば、「わが社のCAD技術者は画像編集ソフトの『CorelDRAW』を使ってパターンを作成し、dxf形式のファイルを当社のプリント基板設計環境にインポートしている」という。3本の検知ラインと補間ロジックにより、128の独立した位置の検出が可能となっている。パネル材の厚さと比誘電率によって値が異なる3つの基準コンデンサが回路の感度を決定し、デバイスがSPIポートから7ビットの数値を出力する。センサーICのホストとなるマイクロコントローラは、ACラインの干渉除去機能を最適化する同期モードなどに関する動作パラメータと取得タイミングを設定する。
なお、QT511のパッケージは14端子SOPであり、約1.50米ドル(1万個購入時)で販売されている。
Quantum社のセンサーICは、キーごとに感度を設定できるため、製品デザイナーはサイズや形が異なるキーを自由に使うことができる。さらに、フードプロセッサのような小さなアプリケーションの場合でも、ニーズに合わせてカスタムマイクロコントローラコアを変更できるので、柔軟性はさらに広がる。Philipp氏は次のように結論付けている。
「今後はQTテクノロジが注目されるようになるだろう。従来の静電容量タッチセンサーとは異なり、QTセンサーにはコイルも発振器も、RFコンポーネントも、専用ケーブルも、RCネットワークも必要ないのだから」。
テルミン(Theremin)センサーをご存じだろうか。これは、ロシア政府が出資して行われた近接センサーの研究から生まれたもので、1919年にLeonard Theremin氏が発明した。おそらく、これが世界で初めて実用化された静電容量方式のセンサーである。世界初の電子シンセサイザに内蔵され、ヘテロダイン式発振器の周波数/振幅を変化させるアンテナに人の手が近づいたことを検知する目的で使用された。
このコンセプトを引き継ぎ、英Electronic Music Studios社の設計者David Cockerell氏は、1972年に「KS Keyboard」というシーケンサを開発した。このシーケンサを利用した製品として、同社は電圧制御式シンセサイザを発売した。
同製品は、30鍵のタッチセンサー式キーボードを備えており、その入力部では、2つの74150(16入力のデータセレクタ)のTTL特性が利用されていた。その仕組みは次のようなものだ。まず、データセレクタへの入力をバイアスしてスイッチングの閾値付近で保持しておく。指が鍵盤を押さえて閾値を超えると、それに対応するデータセレクタの出力が変化して4ビットのコードがラッチされる。このデータセレクタの情報から、鍵盤位置を表す5ビットのアドレスが生成されるという仕組みであった。
※2…"Secrets of a Successful QTouch Design," Application Note AN-KD02, Quantum Research Group, August 2005, www.channel-microelectronic.de/ch_html_de/halbleiter/sensor-ics/notes/pdf/an-kd02_102-touch_secrets.pdf.
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