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自動車向けプロセッサの開発環境を試す(4/4 ページ)

» 2007年03月01日 00時00分 公開
[David Marsh,EDN]
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ECU開発を簡素化する汎用プラットフォーム

 つい最近まで、エンジン管理やパワートレイン制御用の新しいECU(electronic control units)を開発するためには、非常に重要なセンサーや燃焼などの制御プロセスとのインターフェースとして、専用の電子機器を用意する必要があった。Infineon社のPSK(power train starter kit)の出現により、現在では汎用のプラットフォームを採用して開発時間を短縮するなど、ハードウエアアーキテクチャを標準化することができるようになった。このような汎用プラットフォームは、すべて開発コストの低減と市場投入までの期間を短縮したいOEM企業にとっては大きな可能性を秘めているといえる。

 汎用プラットフォームを活用すれば、開発者は搭載したいソフトウエアを自由に選択できるため、OEM企業は製品の差異化を図り、独自のIP(intellectual property:知的財産)を保持することができる。しかし、そのことはInfineon社がこの製品を開発した際の主な目的ではなかった。同社の英国開発センター主席エンジニアを務めるSimon Brewerton氏は、「当社のハードウエアをエンジン開発者に紹介したかったのだが、当社はチップベンダーであるため独自のエンジンやダイナモメーターの技術を保有していなかった。そこでそれらの技術を保有する企業と共同で、どのようなエンジンも制御でき、かつ、デモやトレーニングを目的としたシミュレーションモードも実行できるような汎用プラットフォームを開発することを考えた」と述べている。

 Infineon社がパートナとして選んだのは、米ミシガン州を拠点とするコンサルティング企業のBigStuff3社である。同社は、自動車競技の1つであるドラッグレースなど、特定用途のアフターマーケットに向けた燃料噴射および点火制御の装置設計を専門としてきた。共同開発の結果誕生したのがInfineon社のPSKであり、BigStuff3社も同じ製品をGen4開発システムとして販売している。

 同キットには、電子機器と一般的なエンジンやパワートレイン部品に適合する標準のコネクタが付いた汎用ハーネスが含まれ、それは環境に配慮して密封されている。システムは最大12個の燃料噴射装置と8個の点火コイルを制御可能で、最大4個の誘導またはホール効果カム位相センサー、4個のラムダセンサー、4個のノックセンサーからの信号入力が行える。電子スロットルの制御や、5速トルクコンバータによる自動トランスミッションを制御することもできる。ファンやポンプなどの装置に対応するさまざまな出力も備えている。

 1枚のプリント基板上にInfineon社のTriCoreプロセッサであるTC1796が搭載され、あらゆるセンサーからのアナログおよびデジタルの入力信号を処理し、同社が特許を持つパワーMOS FETとの組み合わせによりパワー出力段を駆動する(図A)。ハードウエアアーキテクチャは単純に見えるが非常に強力で、TriCoreの優れたリアルタイム演算能力と、リアルタイム処理を実行するのに必要な周辺機能を制御する能力を備えている。「2つ目のプロセッサであるXC164は電子スロットル制御のチェック用としての役割を担う」とBrewerton氏は述べている。例えば、実際の用途では、XC164は車内のCANバスを介してTriCoreとのデータ通信をハンドシェークし、簡易な誤り検出(チェックサム)を行ってすべてが正常に動作していることを確認する。一方、トレーニングなどのためにシミュレーションを行う場合は、TriCoreがエンジン動作をシミュレーションするために必要なすべての信号を生成する。つまり、事実上HIL(hardware in the loop)機能を持つ“仮想エンジン”を提供することができる。

図A TriCoreプロセッサの評価ボード 図A TriCoreプロセッサの評価ボード シングルボード上に、TriCoreプロセッサとすべてのインターフェースチャンネルが搭載されている。

燃焼室内の事象を予測

図B TC1796EDのエミュレーションチップ 図B TC1796EDのエミュレーションチップ このチップは、USBに対応している。

 Brewerton氏によると、エンジン制御の手法は、主に3つの要素で構成されるという。それは、ステートマシン制御、ルックアップテーブル、機能モデルの3つで、これらはすべて燃焼室内で生じる事象を正確に予測することを目的とする。例えば、フロー制御モデルは燃料と空気の入力比率や排気ガス出力量といった基本的な物理的事象を予測する。当然のことながら制御の精度が高いほど、良い結果が得られる。この場合の良い結果とは、消費する燃料の量と汚染を最小限に抑えて最大のパワーを出力することだ。汚染物質の排出を制御することは、今日のECU開発における最大の関心事である。一般的にフライホイール上に58ある歯数(実際には60だが2つが欠けている)のクランクシャフト位置センサーから送られてくるメイン角度のデータが重要となるが、それと同様にエンジン位置の情報も主要な制御データである。この入力により、制御システムは6°の精度で角度情報を生成する。

 一般的なPSKアプリケーションでは、フライホイールからの入力に基づいてギヤ歯速度の2048倍の速度でPLL(phase locked loop)を実行するが、その前にTriCoreのGPTA(general purpose timer array)を用いて、カムシャフトおよびクランクシャフトの位置センサーを跳ね返らないようにすることで、角度の精度をパルス当たり0.0029°にまで上げている。PLLが入力周波数に一致すると、ソフトウエアは加速など時間軸上の変化をチェックして問題があれば適切な調整を行うことができる。補正すべき項目としては、フライホイールから最も遠いシリンダがエンジン内で点火する場合に最大となるねじれ共振などがある。

 もう1つの主な制御すべき項目は「ノッキング」で、プレイグニッションを検出するシリンダヘッド上の圧電共振センサーから送られてくるデータを利用する。これらのセンサーは、一般的に8kHz〜12kHzの範囲にあるブロックの共振ノック周波数に合わせられる。「エンジン性能の限界は、ノッキングの開始時にある。点火が1°進むごとに約1%のパワーゲインが得られるため、エンジンを可能な限り限界近くで動作させることが重要だ」とBrewerton氏は主張する。1つの問題点は、ノッキングが始まったとき、正常動作に戻るためにかなりのタイミング遅延が生じてしまうことである。このため多くのメーカーは、2〜3°の遅延を許容範囲としてエンジンがプレイグニッションを起こさないようにしている。早い段階でノッキングの開始を検出することができれば、この許容値を減らし、出力パワーを増加させることができる。

 TriCoreは、独立したトリガーロジックを持つ3.5Mサンプル/秒のA-Dコンバータを内蔵する。これにより、データをチップ上のDSPブロックに渡す前に最大4個のノックセンサーチャンネルをオーバーサンプリングすることができる。ブロックには1クロックサイクル当たり2つの演算結果を生成するデュアル積和演算器がある。トリガーロジックによりデータ取得時の位相の一貫性が保証されるため、高速フーリエ変換により実際の信号を抽出し、そのエネルギー成分を測定することが可能である。この手法を利用して、ノッキング検出精度を著しく改善した周波数プロファイルをソフトウエアで作成する。さらに、ルックアップテーブルのエントリ数を例えば128個として、エンジン速度に依存したノックセンター周波数に対し高い精度で調整を加えることができる。振動測定データのその他の利用方法としては、ベアリング故障の始まりを検出するなど、予測的なメンテナンスが考えられる。

 エンジン校正データを格納したルックアップテーブルはECUにおける主要な要素で、メモリー容量は数百Kバイトにもなる。開発エンジニアにとっては、不揮発性メモリーに最適な値を記憶させる前に、エンジンの稼働中に透過的に校正定数を変更できることが重要である。従来は、動的な変更を可能とするために、デュアルポートSRAMにアクセスしていた。これはハードウエアツールによりフラッシュメモリー内の校正データをオーバーレイするために必要だった。しかし、TC1796の特殊なエミュレーション機能により、この処理は改善された。

 「TC1796ED」には、オンチップエミュレーションロジックと校正データのオーバーレイ領域として機能する512KバイトのSRAMがあり、すべてがチップサポートするUSBを介して外部と接続されている(図B)。この特有の構成により、校正を行うエンジニアは、ノート型パソコンとある種のソフトウエアのみで下層で動作するハードウエアに直接アクセスすることが可能となる。エミュレーションインターフェースは、Nexus Level-IIIアプリケーションプログラミングインターフェースへのアクセスを提供し、ドイツETAS社などのツールメーカーが汎用モデルに基づく校正ツールを提供できるようにしている。SRAMに格納するデータはリアルタイムで取得することも可能で、タイムスタンプされたデータを、Lauterbach社やpls社製のツールにインターフェースを介して送信することができる。これらのベンダーは、イベントの再構成やトレース、およびコードデバッグなどロジックアナライザのような機能を持つエミュレーションツールを提供している。

  PSKはエンジンの点火をターゲットとしたものだが、「さまざまな顧客が乗用車から大型土木機械まで広範囲なディーゼルモーター向けに同システムを活用している」とBrewerton氏は報告している。これらの用途において、汚染物質の発生を抑えるために通常は点火サイクル当たり5〜7回必要となる直接噴射の一連の動作をTriCoreで制御している。PSKの価格は現在、サンプルソフトウエアを含めて約3400米ドルである。これに約1500米ドルを追加すると、TriCoreのエミュレーション機能を備えたバージョンを入手できる。


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