もちろん、より効率的で低コストのエネルギ収集技術が出現すれば、それがEnOcean社の技術の普及を妨げる最大の障害となるであろう。実際、多くの大学や研究開発施設があらゆる角度からこのテーマに取り組んでいる。その中でも最先端を行くのは、おそらくオランダの研究機関Holst Centre(以下、Holst)である。Holstは大規模な研究機関であるベルギーのIMEC(Interuniversity Microelectronics Center)と、オランダの研究機関TNO(The Netherlands Organization)が2005年に共同で設立したものだ。Wireless Autonomous Transducer Solutionsというイニシアチブが、Holstにおいてエネルギ収集に関連する主要なプログラムとなっている。Holstは、熱や振動、RF波の各側面からこのテーマに取り組んでいる。
IMECは半導体およびMEMS(microelectical mechanical systems)技術に深く携わってきた。そのため、エネルギ収集にもこれらの技術を利用しようと考えるのは自然なことである。熱に関する分野では、Holstの研究者らはTEG(thermo electric generator)を生成するために、MEMSをベースとした熱電対列を用いる方法に焦点を当てている。
ここでいう熱電対列とは、読んで字のごとく、複数の熱電対から成る列のことである。各熱電対は直列に接続され、それぞれが生成した電圧が合計される。熱電対の低温側(基準となる接合部)が並列に接続され、それぞれに高温側の接合部が対応するようになっている。熱電対列全体における温度差が大きいほど、大きなエネルギが生成される。
熱電対を利用したハーベスタでは、電圧を生成するために多くの熱電対を接続する必要がある。従って、市販の熱電対を利用したのではコストが高くつきすぎることは明らかだ。そこでHolstの関係者は、必要な熱電対列を構成するためにMEMSの手法を適用しようと考えたのである。ただし、MEMSの手法を用いても、半導体の小さな領域に多くの熱電対をいかに配置するかという問題は生じる。また、チップ内に生じる寄生の熱による影響を抑えなければならないという課題もある。Holstの研究者らは、熱電対の列の配置の工夫により、こうした問題を解決しようと取り組んでいる。
Holstの研究者らは、MEMS TEGを開発する傍ら、プロトタイプとなるアプリケーションの開発にも従事している。具体的には、心拍数と血液中の酸素量を測定する医療機器(オキシメーター)を開発している。このプロトタイプは、同様の医療機器で用いられている市販の触覚センサーを利用しており、低消費電力で動作する電気サブシステムに適用可能にすることを目指している。
Holstは、実用的で完全なTEGをまだ製造できていない。プロトタイプでは、ビスマス‐テルル合金(BiTe)の中に5cm2〜6cm2の面積を占める計5000個の熱電対を用いて熱電対列を構成している。これは腕時計のように装着可能で、基準となる熱プレートを肌に固定するようになっている。
温度が22℃の大気環境では、このプロトタイプのTEGは100μWの電力を供給できる。オキシメーターならば62μWの消費電力で、15秒ごとに測定してその測定値をワイヤレスに送信することが可能である。
完全なTEGを開発するための第一歩は、その基本概念が正しいことを確かめるためにシリコンゲルマニウム(SiGe)チップを製造することだ。しかし、Holstの研究者らが開発したモデルから、SiGeによってプロトタイプの100μWに近い電力を供給するのは不可能であることが明らかになっている。研究者らは、SiGe版のTEGにより5μWの電力を実現しようとしている。この電力レベルなら、デューティサイクルを低くすればオキシメーターを動作させることができる。プログラムディレクタであるBert Gyselinckx氏は、「SiGe版のTEGを用いたシステムで測定可能な回数は1分に4回ではなく、1時間に数回となるかもしれない」としている。なお、Hosltのハーベスタは、1μWのハーベスタによって動作するセイコーの熱電気腕時計よりもかなり進歩したものになることもここで言及しておこう。
SiGe版のTEGが期待通りに動作するとして、次に作成する必要があるのは、BiTeによる完全なMEMSベースのTEGである。Gyselinckx氏によると、その設計で30μWの電力が供給可能であることがモデルにより確認できているという。そのTEGの面積は1cm2となる。
BiTe版のTEGはSiGe版のTEGよりも理論的に難解というわけではない。ただし、SiGeチップは多くのCMOSファブラインで製造可能であるのに対し、BiTeチップはそうではない。また、TEGに向けた取り組み全体としては非常に大きな可能性を秘めているものの、TEGの量産販売は数年先の話となりそうである。
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