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ハーベスタ技術は離陸するか熱や振動から電力を生成(1/3 ページ)

熱や振動、RF波を基に、電力を生成する「ハーベスタ技術」の開発が進んでいる。超低消費電力のアプリケーションであれば、AC電源や電池を使うことなく構築できる可能性が高まってきた。本稿では、ハーベスタ技術の現状と課題、その実用性について解説する。

» 2007年03月01日 00時00分 公開
[Maury Wright,EDN]

“無”から電力を生成

 人体、工場の機械、さまざまな種類の電波など、多くの物体が熱や振動、RF波といった形でエネルギを発している。このようなエネルギをかき集めて、電力システムとして利用することはできないだろうか――このような発想は昔からあったが、これが現実味を帯びたものとなってきた。これを実現するのが、本稿のテーマである「エネルギハーベスタ(エネルギを刈り取り、収穫するもの)」である。

 もちろん、電力システムとはいっても、実現できるのは極めて低電力のものだ。そのような電力システムを利用した機器がすぐに実現されることはないだろうが、ポータブル医療モニターやホームオートメーション機器など、現実的に適用可能な用途として考えられているものはいくつかある。このようなかたちでエネルギを収集する目的の1つは、いうまでもなく電力コストの削減である。ただし、もう1つの目的として、大きな注目を集められるような新しい分野を切り開くことが挙げられるかもしれない。

ハーベスタが求められる理由

 ここ数年、ユビキタスプロセッサが、われわれの生活に深く浸透してくるであろうといわれ続けている。米Texas Instruments社の主席フェローであるGene Frantz氏は、米EDN誌の50周年記念号に以下のようなメッセージを寄せた。

 「目に見えない製品の時代が来たといえる。製品はますます小型化するが、その機能はますます高度になる。『どこに存在するのかは分からないが、利用しているということだけは確かだ』というような状況を迎えている」。

 マイクロコントローラベースの多くの機器がわれわれ自身やその周辺に存在する生活は容易に想像できる。というより、すでにマイクロコントローラはわれわれの生活にすでに深く浸透している。米Microchip社CEO(最高経営責任者)のSteve Sanghi氏は次のように述べている。

 「朝起きると、まず出くわすのが目覚まし時計だ。それから電気シェーバ、ドライヤ、冷蔵庫などを次々に利用するだろう。つまり、家を出るまでに、かなりの数のマイクロコントローラを利用していることになる。次に車に乗ると、そこには安全性や快適性、利便性、娯楽性を実現するために、40〜50個ものマイクロコントローラが使われている」。

 さらにSanghi氏は、「道路交通状況の監視にもマイクロコントローラが使われているし、職場に行けばそこにもマイクロコントローラがあふれている」と指摘する。

 これらの用途における電力供給源としては、AC電源や電池を利用するのが一般的である。しかし、マイクロコントローラが布地や壁、橋などあらゆる場所に埋め込まれる段階まで行けば、電池の代替となるものか、少なくとも何もないところから電池を充電したり、電池の寿命を大きく伸ばしたり、またはその両方を実現したりするような、電池と共生する技術が必要となる。その技術として、エネルギハーベスタが注目されているのだ(別掲記事 「電力生成機能を備えたチップ」も参照されたい)。

ハーベスタの実例

図1 EnOcean社のハーベスタモジュール 図1 EnOcean社のハーベスタモジュール 

TI社のFrantz氏が以前指摘しているのだが、エネルギ収集技術は決して新しいものではない。太陽光エネルギを利用した電池は、何年も前から存在するその一例であり、Franz氏も、太陽光発電によるTI社製の腕時計や電卓を例として挙げている。これらの製品にはソーラーパネルが付属しており、それが電池を充電する。セイコーからも、人体から電力を得る腕時計が販売されたことがあった。

 メーカーからすでに提供されている技術の中にも、エネルギ収集に何らかの方法で利用できるものがいくつか存在する。参考文献*1)は、そうした技術や製品を取り上げた記事の例である。この記事ではホームオートメーション/ビルオートメーション分野の製品に適用された独EnOcean社の2つの製品を紹介している。

 この記事で取り上げたEnOcean社のスイッチの主な用途は照明制御だが、電動カーテンやファンなど、家庭/オフィスの壁にスイッチを持つその他の機器の制御にも利用できる。その基盤となる製品は「ECO 100」モジュールで、同社はこれを「電気力ハーベスタ」と呼んでいる。このモジュールはコイルと磁石から成り、それらの組み合わせによって直線運動を電力に変換する(図1)。具体的には、人間がスイッチを押すと、その力によってアクチュエータがコイルの磁束を基にエネルギを生成する。同社は以前、同じ用途向けに圧電ハーベスタを提供していたことがあるが、この新製品のほうが効率が良いと主張している。

 EnOcean社はECO 100を「PTM 200」スイッチモジュールに組み込み、照明などの用途に向けて販売している。照明スイッチを押すと、ハーベスタが生成するエネルギによりPTM 200内のプロセッサと無線ブロックが起動し、それがレシーバに対し短いパケットを3回送信する。レシーバは照明器具に組み込んでもよいが、AC電源と器具の間に接続するのが一般的である(レシーバはAC電源で動作する)。壁のスイッチには配線も電池も必要ない。

 EnOcean社で販売/マーケティング担当バイスプレジデントを務めるJim O'Callaghan氏は、「多くの照明制御手法とは異なり、ハーベスタを利用したスイッチは、AC電源を直接オン/オフする通常の壁スイッチに比べて設計がかなり複雑だ。それにもかかわらず経済的である」と主張する。同氏によると、スイッチや器具に内蔵されたレシーバのコストは高くなるが、スイッチへのAC電源配線をなくした分のコストでそれらがまかなえるという。

 PTM 200の価格は個数により10〜20米ドルで、照明スイッチ一式の価格は約50米ドル。米Ad Hoc Electronics社などで、これらのスイッチを家庭用に購入することができる。Ad Hoc社のウェブサイトでは、スイッチとレシーバモジュール、AC電源のオン/オフのためのリレーをセットにしたものが、120米ドル(少数量購入の場合)で販売されている。O'Callaghan氏によると、「EnOcean社は1つの商業的設備に対し、最大3000〜4000個のスイッチを販売したことがある」という。

 技術的観点からは、EnOcean社のスイッチ製品は浮遊するエネルギを収集するわけではないため、真のハーベスタとはいえない。しかし、「何もないところからエネルギを得る」という基本概念は実現されている。同社は、太陽光や熱を利用した製品も開発しており、参考文献*1)では、ビル内のサーモスタットに使用される太陽光製品について詳説している。この製品は白熱灯や蛍光灯といった光源からエネルギを収集することができ、光が長時間当たらなくても動作を可能にする2種類のエネルギ蓄積構造を持つ。

 ゼーベック効果、つまり高温/低温のプレート間の温度差から電力を生成するタイプのハーベスタがある。熱電対の効果を利用したこのハーベスタを「熱ハーベスタ」と呼ぶ。EnOcean社は同社の熱ハーベスタを、2006年11月にドイツで開催された「Electronica Trade Show」に出品していた。そこで行われたデモは比較的単純なものであった。1つは、人がプレートに指を置いてプロセッサ(マイクロコントローラ)を起動するために必要な温度差を生成し、起動したプロセッサが温度の測定値をノート型パソコンに接続されたレシーバに送信するというもの。2つ目のデモは、大気とグラスの中の液体の温度差を利用して電力を生成するというものであった。

 EnOcean社の熱ハーベスタは、エネルギ収集市場の障壁を示す良い例だともいえる。同社はイネーブリング技術の設計を専門としており、この技術を市場に送り出すために、実用的な用途を持つパートナを探してきた。しかし、現時点ではそのようなパートナの出現を待っている状況だ。

電力生成機能を備えたチップ

 電池の寿命を伸ばすための技術は大きく進歩した。その結果、電池のサイズは小さくなり、充電機能は向上した。その一方で、電池のエネルギ密度はそのサイズ/重量に対してまだ十分ではないと指摘する人も多い。そのため、現在では、燃料電池や小型燃料エンジンなど、従来の電池の代替となる技術の研究が進められている。

 本編ではその代表的な技術としてハーベスタを取り上げたが、別の新しい小型燃料生成器がその役割を果たす可能性もある。ここでは、その一例を紹介する。

 本誌をはじめとするメディアは、何年もの間、ノート型パソコン、携帯機器から車両や家庭で用いられる比較的大型な機器に至るまで、さまざまな用途に向けた燃料電池技術に関する情報を伝えてきた。米EDN誌がこの分野を大きく取り上げたのは約3年前だが*2)、その後、燃料電池はあまり実用的なレベルで普及することはなかった。

 最近になって、マイクロ燃料電池というものが登場し、注目を集めている。これは、MEMS技術を用いて、半導体チップ内に構成された燃料電池のことである。しかしEDN誌は、2006年に「マイクロ燃料電池は携帯機器などの主要な分野で利用されることはないだろう」という記事を掲載した*3)

 DARPA(defense advanced research projects agency:米国国防総省高等研究計画局)も、主に軍事分野を対象としてこのような研究を進めている。同局によると、炭化水素燃料のエネルギ密度は、リチウムイオン電池の少なくとも50〜100倍であるという*4)

 一方、マサチューセッツ工科大学のマイクロシステム技術研究所では、チップ内に実際のガスタービンエンジンを構築する研究を行っている。ここでもMEMS技術がその基盤となっている。ほかの例と同様に、最初のターゲットは軍事向けとなる*5)


脚注

※1…Conner, Margery, "Energy harvesters extract power from light, vibrations," EDN, Oct 27, 2005, p.45.

※2…Strassberg, Dan, "Fuel-cell technology: The glass is half-full ... with methanol fuel," EDN, May 27, 2004, p.53.

※3…Conner, Margery, "Micro fuel cells may find niche applications," EDN, April 4, 2006.

※4…MPG program.

※5…Stauffer, Nancy, "Engine on a chip promises to best the battery," Microsystems Technology Laboratories, Massachusetts Institute of Technology, Sept 19, 2006.


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