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電磁界解析ツール活用のススメ(3/5 ページ)

» 2007年04月01日 00時00分 公開
[Paul Rako,EDN]

電磁界解析ツール利用時の心得

 電磁界解析ツールにも問題点はある。それは、電磁界解析ツールによる解析には適切なモデルを使用しなければならないということだ。3Dフィールドを考慮すべき問題に対して2Dや2.5D(平面を重ねた構造で立体を表現する手法)のモデルを適用すると、その結果は疑問が残るものになるだろう。構造の簡素化が適切でない場合や誘電率などの物性

値が間違っている場合には、もちろん得られる解も不正確になる。

 電磁界解析ツールからのSパラメータを、信号品質や非定常現象の解析に使用する時間領域表現に変換する方法について考えてみよう。これは必ずしも電磁界解析ツール自体の機能に関することではないが、複雑で数学的な問題を含んでいる。Sパラメータに対する畳み込み演算は逆フーリエ変換の計算に相当する。この演算は、Sパラメータを周波数領域から時間領域へ変換する際に用いる。また、この変換には有理数近似式(rational fitting algorithms)や状態方程式も使用できる。

 いずれにしてもアルゴリズムが適切でなければ、因果律と保存則に関する問題が生じ、Sパラメータから生成された時間領域の結果は間違ったものになるだろう。

 例えば、基板パターンに信号を入力して瞬間的に反射波が発生したならば、その動作は反射源となる伝送路の不連続点に入射波が到達するまでの時間を無視していることになる。これは、因果律を満たしていない例である。当然のことながら、因果律を満たさなければ正確な結果は得られないだろう。また、保存則を満たさなければ、対象回路に能動素子が含まれていない場合でも、時間領域でエネルギが追加されたモデルが生成され、シミュレーションが収束しなくなってしまうだろう。

 こうした問題は複雑な数学的アルゴリズムに起因したものであるが、現実の回路を知らなければこれらの問題を見落としてしまう。つまり、実際の回路による検証を実施せずにコンピュータシミュレーションに頼りきってしまうと現実の問題には対処できない。

 米Teledyne Technologies社の前バイスプレジデントであるAndy Masto氏は、パンチカードを読み込むような初期のコンピュータで有限要素解析を行った際の経験について次のように述べている。「当初の予測に合致するようなシミュレーション結果が最初から得られた例はなかった。従って、いつも答えが分かっている簡単な問題を使用してソフトウエアの動作を検証してきた」。つまり、検証が重要なのだ。

検証のためのツール

 電磁界解析ツールの出力を検証するには、いくつかの道具が必要である。それは、経験、VNA(vector network analyzer)、TDR(time domain reflectometer)の3つだ。以下、それぞれについて説明を加える。

・経験

 以前に使用したIC、基板、ケーブルなどの回路や動作を頭に刻み、シミュレーションの結果に疑問を感じた場合には、シミュレーション結果と実回路との間の違いを調べて解決しなければならない。ここで疑問を感じられるかどうかは経験による。

・VNA

 VNAを用いれば、信号の伝播に伴う周波数ごとの振幅特性と位相特性を計測できる。また、解析用ユニットを追加することにより、広い周波数範囲にわたるSパラメータの計測が行える。つまり、VNAを使うことで、現実の回路のSパラメータを計測して電磁界解析ツールの結果を検証することが可能になる。

 例えば、米Agilent Technologies社の「3577A」に「35766A/B」ユニットを付加すると、50Ω系または75Ω系に対するSパラメータを計測できる。このVNAの計測周波数は200MHzまでである。高周波用としては「8753E」がある。8753Eには3GHz用と6GHz用があり、またSパラメータ計測用ユニットも用意されている。

 Sパラメータは米Tektronix社のデジタルシリアルアナライザ「DSA8200」でも計測できる。ただし、これは通常のVNAと同じようには動作しないので、使用時には注意を要する。通常のVNAは測定周波数を計測対象範囲でスイープさせる。その際に測定周波数と一緒に狭帯域フィルタの通過帯域もスイープする。この手法により帯域外のノイズを除去でき、S/N比(信号対雑音比)を改善できる。一方、DSA8200は時間軸上でサンプリングしたデータをフーリエ変換によって周波数領域のデータとし、そのデータからSパラメータを求める。このような動作原理からDSA8200は広帯域動作を必要とし、ノイズの影響を受けやすい。言い換えれば、DSA8200をVNAとして用いるのには、計測精度の面で限界がある。同製品は、むしろ次に説明するTDR計測において真価を発揮する。

・TDR

 TDRでは、急峻なパルスをプリント基板上の伝送線路やケーブルなどの計測対象に入力する。次に、インピーダンスの不連続点で生じる反射波を計測/記録する。TDRに対応した測定器の画面表示において測定結果の縦軸は電圧ではなくインピーダンスである。TDRに対応した測定器の例としては、旧式であるがTektronix社の「1180A/B/Cシリーズ」にサンプリングヘッド「SD-24」を組み合わせたものがある。また、Agilent社のTDR計測システム「86100A」を使用するなら、パルス発生器として米Picosecond Pulse Labs社の高速製品を使用するとよいだろう。同社の高速パルス発生器「4020」(シングルエンド出力)や「4022」(差動出力)は業界標準になっている。

 TDRによる計測データは、例えばTektronix社の「IConnect」(以前の製造元は米TDA Systems社)などの処理プログラムによってSPICEに入力可能な時間領域モデルに変換することが可能である。これにより、電磁界解析ツールによって生成されるモデルと比較することもできる。これらの計測データは、直接シミュレータに入力することができ、電磁界解析ツールからのデータの代わりにもなるということに注目したい。つまりTDRによっても電磁界解析ツールの結果を検証することが可能だということである。

シミュレーション環境との連携

 電磁界解析ツールが単独で使用されることは少ない。通常は統合シミュレーション環境中の1つのツールとして使用される。このような統合シミュレーション環境では、さまざまな数学的手法が駆使される。入力としてはCADで作成した回路図からのネットリストや電磁界解析ツールからのモデルといったものを組み合わせて使用できる。

 米ON Semiconductor社のデザインエンジニアであるBen Mika氏は次のように述べている。

 「われわれの製品は、3GHz〜5GHzの周波数帯域における動作を対象としている。従って、回路の動作を効果的に予測するためには、シミュレーションの初期段階から、設計的であれ寄生的であれインダクタンス成分による相互カップリングやコネクタなどによる寄生要素の影響を考慮しておかなければならない」。

 シミュレータではSPICE、LNA(linear network analysis:線形ネットワーク分析)あるいはハーモニックバランス(harmonic balance)など各種の手法が用いられる。LNA手法では、VNAやTDRにより計測/取得したデータから生成したSパラメータやSPICEモデルを入力とする。場合によっては、設計者は自身の経験に基づき、何らかの仮想要素を入力として付け加えることもある。

 図2に示したのは、電磁界解析ツールを信号品質問題やRF設計に適用する場合の設計フローである。設計者はまず回路図を入力し、次に機械設計CADによるソリッドモデルを電磁界解析ツールに入力する。計算が進むと、シミュレータが出力するメッセージに従って回路図の変更が必要になる場合もあるが、試行する段階ではそれを簡素化することもできる。

図2 電磁界解析ツールを利用した設計フロー 図2 電磁界解析ツールを利用した設計フロー

 簡素化には2つのレベルがある。スパイラルインダクタの場合を例にとると、最も単純なレベルは固定のインダクタンスで代替する方法だ。もう1つの単純化レベルはそれよりも高度なもので、周波数に依存してインダクタンスが変化することを考慮した集中定数SPICEモデルで代替する方法である。

 電磁界解析ツールは、これら簡素化されたモデルを使わない場合に使用する。ここまで述べたように、電磁界シミュレータへの入力は、ソリッドモデルと、材質ごとの誘電率/コンダクタンスである。電磁界シミュレータを使用すると、固定インダクタンスを使用する場合に比べてインダクタンス表現がより適切になり、より適切なSパラメータやLRGCモデルを生成できることになる。

 シミュレーションが終わると、その結果によっては回路図や部品の定数を変更し、ICまたはプリント基板のレイアウト設計に進む。この時点で、レイアウト設計の結果に対応したメタルパターン構造などを電磁界解析ツールに入力する。これによりスパイラルインダクタと導体の相互作用を解析できる。次に、この電磁界解析ツールの結果を統合シミュレータにフィードバックし、時間領域と周波数領域においてシミュレーションを行う。このようなフローで設計を進めることによって、設計要求をクリアし、適切に動作する回路が得られるのである。

 電磁界解析ツールは、IC/モジュール/プリント基板のレベルでの信号品質分野とRF設計分野に適用できる。設計を効果的に進めるためには、電磁界解析ツールを統合シミュレーション環境の一部品として取り扱うことが重要である。

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