上述した通り、SPICEは電磁界の影響も含めたすべての物理現象を取り扱うものではない。そこで、この問題点を解消するものとして、電磁界解析ツール(field solver、electromagnetic field solver)*6) が必要となる。米Applied Wave Research社副社長のThomas Quan氏は、「アナログ回路において動作周波数が高くなると、RF回路の設計で使用されているような手法やツールが必要になるだろう」と語っている。そのRFの設計に使われているツールというのが電磁界解析ツールである。電磁界解析ツールはRF分野でストリップラインやスパイラルインダクタの動作を解析するために用いられている。
・電磁界解析ツールの概要
電磁界解析ツールは、立体的にモデリングした回路の動作をMaxwellの方程式に基づいて計算する。図1に、電磁界シミュレーションの例を示した。図1(a)は伝送線路をモデリングしたものである。一方、このモデルを解析して得られた電磁界と電圧、電流の分布が図1(b)だ。
電磁界解析ツールは、トランジスタやそのほかの能動デバイス内部の量子論的動作を解析対象とはしていない。そうではなく、プリント基板のパターンやコイル、コンデンサなどを対象とし、それらがどのような相互作用を示すのかを解析するものである。従って、電磁界解析ツールを使用するためには、ICあるいはプリント基板のレイアウトに対応するソリッドモデルと物性値(例えばコンダクタンスや誘電率など)が必要となる。
ここでいうソリッドモデルとは、解析対象を素材ごとに分離して立体的な形状を入力したものである。このモデルは、実際にはレイアウト設計ツールによって生成するか、あるいは電磁界解析ツールに付属するモデリングツールによって生成する。多くの電磁界解析ツールは、機械設計CAD(例えば、米SolidWorks社や米UGS社などのCAD)で作成したソリッドモデルに対応している。
電磁界解析では、解析の対象となる材料の物理特性も必要になる。例えば、ストリップラインの解析の場合には、銅やアルミニウムの導電率だけではなく、ガラス基材、あるいは導体パターンの近くにあるレジスト材料などの誘電率も必要となる。特殊な解析の場合には、FR4プリント基板内部のグラスファイバの構造もソリッドモデルに含める必要があるかもしれない。
スパイラルインダクタを内蔵したICのモデルには、形成面となるシリコン酸化物層、あるいはチップ搭載面となる金属層やチップ封止用のエポキシ樹脂も含まれる。
このように、電磁界解析ツールを使用するには構造に関する情報や物性値が必要になる。
・SPICEとは異なる計算手法
SPICEは、ネットリストからコンダクタンス行列を生成し、その行列を基に一定の時間ごとの計算結果を積み上げるかたちで計算を行う。一方、電磁界解析ツールは要素分解法(メッシュ化法)を使用する。つまり、立体モデルを微小要素に分解し、各要素に誘電率とコンダクタンスを定義する。次に、これらの条件を基に数学式を解いて電磁界を求める。そこから最終的に各回路素子における電圧と電流を求めるのである。信号品質分野の大御所であるHenry Ott氏の「電磁界が電流を流すのであり、その逆ではないことを忘れてはならない」という言葉を思い出そう。この言葉から電磁界解析ツールがいかに理にかなっているかがうかがえる。
電磁界解析ツールは入力された回路の立体モデルに対して計算を行い、SパラメータモデルまたはLRGC(インダクタンスL、抵抗R、コンダクタンスG、キャパシタンスC)モデルを出力する。ここで、Sパラメータモデルは周波数領域の表現である。一方のLRCGモデルはSPICEと同様の時間領域の表現だ。仮にSパラメータのみが出力されても、それを畳み込み演算によって逆フーリエ変換すれば時間領域における結果が得られる。
※6…“Electromagnetic Field Solver,”Wikipedia,http://en.wikipedia.org/wiki/Electromagnetic_field_solver.
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