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電磁界解析ツール活用のススメ(5/5 ページ)

» 2007年04月01日 00時00分 公開
[Paul Rako,EDN]
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信号品質の解析

 信号品質問題の解決に電磁界解析ツールを利用する場合、焦点は時間領域に置かれる。この場合の一般的な評価法はアイパターン(図6)を用いたものになる。アイパターンを実測するには、まず、計測対象の基板パターンやコネクタ、ケーブルあるいは装置に擬似ランダム信号を入力する。次に、計測対象の出力端からの信号をオシロスコープなどにより繰り返し取得/蓄積し、それらを重ね合わせて画面上に表示する。表示軌跡の幅が信号のジッターに対応し、目の開きが大きいほど信号品質が良好であることを意味する。


図6 アイパターン 図6 アイパターン オシロスコープで測定したアイパターンの例(提供:Tektronix社)。

 電磁界解析ツールとシミュレータを使うと、このアイパターンを求め、その結果から設計対象の回路動作の良しあしを評価できる。その際に使用する伝送線路のモデルは、アイパターンによって信号品質を評価するためだけでなく、伝送線路のアナログ性能を評価するためにも利用できる。例えば、時間領域において反射が伝送線路全体にわたって観測されないことが分かれば、そこで伝送されるアナログ信号の忠実度に疑いはないと判断できる。

 Agilent社のアプリケーションエンジニアSanjeev Gupta氏は、以下のように語っている。

 「信号品質は、時間領域に関するものだ。ところが、Sパラメータモデルは周波数領域の表現になっている。これは、高周波において影響の大きい分散や放射といった現象が、周波数領域であればモデル化しやすいためである。多くの設計者は伝送線路モデルとして周波数領域のモデルを使用している。しかし、システム動作に関する仕様は時間領域で表現され、基本的にはアイパターンで与えられる。それ故、設計者はこうした周波数領域のモデルから時間領域の動作を把握しなければならなくなる」。

EMI解析

 電磁界解析ツールを利用したシミュレーションでは、ICまたは基板からの放射エネルギを解析できる。その結果から、米国のFCC(Federal Communications Commission:連邦通信委員会)、欧州のCENELEC(European Committee for Electrotechnical Standardization)、日本の情報処理装置等電波障害自主規制協議会(VCCI:Voluntary Control Council for Interference by Information Technology Equipment)などのEMI(electromagnetic interference:電磁波干渉)の規格に対する判断が可能になる。つまり、開発の初期段階で製品がEMIの規格に満足しないといった失敗を避けることができよう。

 Ansoft社の事業開発部門長であるMary Tolikas氏は、「われわれは、多くの顧客とEMIの解析を行っている。その際には、換気穴なども含んだ形状での製品筐体のモデルを使用している」とし、電磁界解析ツールがEMI解析にも有効であると説明する。

写真1 ロシア海軍士官のAlexeiKrylov氏 写真1 ロシア海軍士官のAlexeiKrylov氏 Krylov氏は、ハーモニックバランス手法に使用される数学的手法を考案した。

・周波数領域解析の利点

 マイクロ波回路の設計者は周波数領域解析を多用し、Sパラメータを重用している。彼らがSPICEツールによる時間領域解析を利用することは珍しく、LNA/ハーモニックバランス手法を使用して周波数領域で回路解析を行うことが多い。

 ハーモニックバランス手法は、周波数領域でキルヒホッフの公式を解くものである。キルヒホッフの公式は、任意の閉回路における電圧降下の総和とその閉回路の起電力の総和は等しい(電圧則:キルヒホッフの第2法則)、任意の点に流れ込む電流の総和とその点から流れ出す電流の総和は等しい(電流則:キルヒホッフの第1法則)という2つの法則から成る。ハーモニックバランス手法を適用したシミュレータはロシアの数学者で海軍士官であったAlexei Krylov氏(写真1)が20世紀初頭に発明した手法を利用する。Krylov氏の手法は、マイクロ波領域の問題を解析するための計算を、時間領域シミュレータよりも短時間で行える。言い換えれば、ハーモニックバランス手法では単一周波数のマイクロ波信号の応答を短時間で解析できる。

 SPICEシミュレータによる時間領域の解析では、回路動作が定常状態に入るまでは微小時間ステップごとに計算して解を求める。それに対し、ハーモニックバランス手法では、システムが定常状態にあることを前提とし、代数問題としてスパース行列(0要素がほとんどである行列)を計算することになる。この計算によって単一周波数に対する解を求めるのである。ハーモニックバランス手法を採用した解析ツールで、例えば「order=5」と入力すると、基本周波数と第2次〜第5次の4個の高調波に対する解が得られる。マイクロ波では少数の高調波の中に大半のエネルギが含まれる。そのため、こうした問題を解析する上で、ハーモニックバランス手法は効率的な手段となる。

 一方、マイクロ波/RF回路用のシミュレータの多くは、LNAのようなSパラメータシミュレータともいえるモジュールを備えており、Sパラメータを入力とする解析が可能である。

・周波数解析の注意点

 SPICEが時間領域解析に対して万能ではないように、LNA/ハーモニックバランス手法も周波数領域解析用としては不十分である。アナログ/RF分野のエンジニアリングコンサルタントであるJames Long氏は以下のように語っている。

 「コンピュータソフトウエアは生産性向上のためのツールであって、人の能力や思考に取って代わるものではない。ソフトができることは設計時間を短縮することだけなのだ。CADソフトが出現する前の1970年ごろには、すでにミリ波の理論、通信理論、IC、宇宙飛行などが実現されていた。それから考えると、現在では各ブロックの解析用として無料または低価格の専用ソフトが多数あり、それを使用できるわれわれは恵まれている。さらに、表計算ソフトによって計算とグラフ表示が行えるし、自分自身で専用のソフトを作ることさえも可能だ」。

 シミュレーション結果からの判断だけで基板やICの製造を開始するなどは、責任ある技術者のとるべき道ではない。シミュレーションは万能ではない。思考することが重要である。

 Synopsys社シニアスタッフエンジニアのScott Wedge氏は電磁界解析ツールの有用性について以下のように語っている。

 「マイクロ波/RF回路の設計は、Sパラメータさえ使用すればうまくできた。この手法は経験的に伝送線路の形状をSパラメータに置き換えたものである。われわれは長年このようなやり方で設計を進めてきたが、その背景には電磁界解析ツールを用いた手法では多くの時間とコストを要することがあった。現在では、特定の分野でかなり強力な電磁界解析ツールが存在する。しかも、それらは旧来のモデリング手法を越えるレベルになっている。電磁界解析ツールにすべてを頼ることもできそうなくらいだ。ただし、使用するツールを2Dタイプにするか、2.5Dタイプにするか、あるいは3Dタイプにするかという選択は重要である」。

電磁界解析ツールを活用せよ

 高速システムの設計でも、ある程度まではSPICEに頼ることができる。しかし、ある点を越えると、回路動作を的確に予測するためには電磁界解析ツールを含む先進的シミュレータが必要となる。

 電磁界解析ツールを用いれば、回路設計において最も重要な構成要素であるプリント基板やICのレイアウトを評価できる。さらに、コネクタやケーブルを介して高速信号を伝達するにはどのように設計したらよいのかということも理解できる。

 ゲジゲジに似たDIP(dual inline package)パッケージのICやリード部品を用いた昔ながらのプリント基板では、高速で動作する回路の評価はできない。電磁界解析ツールがどのように動作するのかを十分に理解することによって、短期間で実用的な設計が可能となり、さらには、高速設計に対する勘所を押さえることができよう。

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