「環境に優しい」という言葉だけでは、技術・製品を市場に普及させることは極めて難しい。多くの場合、ターゲットとする市場には、既存の技術・製品、そしてライバル企業がすでに存在し、市場を支配しているからである。新しい技術で既存技術・製品から市場を奪い去るには、品質とコスト・パフォーマンスでも同等条件であるという高いハードルを超えなければならない。
しかし、このハードルを超える作業は、かなり困難である。なぜなら既存の技術・製品は、これまで市場を構築してきた長い歴史の中で、性能が十分に高められていることが多いからである。しかも、高い市場シェアを獲得しているため、生産規模が大きく、品質が安定している。従って、製造コストは低い。
こうした背景から、さまざまな環境対応の技術・製品が登場しては、ハードルを超えられずに消えていった。もしくは、研究開発段階に戻っている。こうした中で、太陽光発電システムの成功事例は、まれな存在だといえるだろう。
火力発電や水力発電、原子力発電などといった既存技術が大きなシェアを獲得しているにもかかわらず、電力市場で徐々にではあるが出荷金額・数量を伸ばしているのだ。ただし太陽光発電システムは、前述のハードルを自力では超えていない。つまり発電コストは依然として、火力や水力、地熱、原子力などの発電技術を下回ったままである。それでも太陽光発電システムが市場を獲得できた背景には、政府による補助金制度がある。太陽光発電システムの設置時に導入費の一部を政府が補助することで、見掛け上の発電コストが引き下げられたのである。従って、民間企業レベルの自力での市場立ち上げではないが、ハードルを超えられた。
現在、日本国内の政府による補助金は打ち切られた状況にあるが、スペイン、米国などの政府は、多額の補助金を用意して、太陽光発電システムの普及に取り組んでいる。つい先ごろ補助金制度を打ち切ったドイツでは、やはり太陽光発電システムのビジネスの成長が鈍化し始めている。エネルギー政策は政府が介在しなければならない社会インフラ事業であり、国家戦略そのものである。
太陽電池は、各国政府の補助金によって普及への道筋がついたが、世界市場の戦いでは、日本企業は苦しい戦いを強いられている。これも本稿のテーマである日本企業の戦略マーケティングの欠落から、日本の半導体産業と同じようなビジネス構図になりつつあると警鐘を鳴らしておく。
SiCパワー素子は、Si材料を使うパワー半導体であるパワーMOSFETやIGBT(Insulated Gate Bipolar Transistor)、ショットキ・バリア・ダイオードなどの置き換えをターゲットにしている。単純に、Siパワー素子と比べた場合のSiCパワー素子のメリットは大きく3つある。
(1)オン抵抗が小さい
(2)スイッチング時間が短い
(3)高温動作に適している
従って、AC-DCコンバータやDC-DCコンバータ、小電力〜大電力インバータなどの電力変換装置に適用すれば、変換効率を高められる。すなわち電力損失を低減できるのである。
具体的な応用用途としては、電磁誘導加熱(IH)機器や電気自動車、ハイブリッド車、産業機器向け汎用インバータ、無停電電源装置(UPS)、情報通信(IT)機器向け電源システム、エアコンなどの家電用インバータ、太陽光発電システムのインバータなどがある。
こうした電力変換装置にSiCパワー素子を採用した場合、どの程度の省エネルギー効果が得られるのだろうか。エンジニアリング振興協会の試算によると、例えば、汎用インバータ市場の30%に相当する4100万台にSiCパワー素子が採用されると見込まれる2020年には、省エネ効果は9.96TWh/年に達するという。CO2排出削減量に換算すると366万トン/年、原油に換算すれば231万キロリットル/年となる。いずれも決して小さくない数字である。
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