その答えは「エネルギーにかかわる分野は、地球温暖化とCO2排出削減量の視点で戦略策定すべき」となる。
例えば自動車業界は、脱Siを求める声が高まってきている。自動車の場合、車内のあちこちで発熱し、電磁雑音が発生する。半導体の温度保証としての定格は、耐熱性能で70度Cが標準であり、電磁干渉の低減も必要である。また、悪路を走行しても半導体が壊れない(当然、システムも)だけの耐振動性も要求される。これら条件を満たすために、SiCやダイヤモンド・ウェハなどの技術が次世代自動車で要望されている。この中でも実用化に一番近いのがSiC技術なのである。
SiCパワー素子を適用することで、さまざまな電力変換装置の電力損失を低減できる。しかし、電力変換装置が扱える電力量に応じて、SiCパワー素子にとって最適な構造が変わってくる。例えば、1KW以下の小電力であればパワーMOSFET構造で、1KW〜1MWの中電力であればIGBTなどのバイポーラ構造といった具合である。素子の構造が違えば、異なる技術開発が必要になる。従って、ターゲットとするアプリケーション分野を明確に設定し、まずはそれに適した新しい構造のSiCパワー素子を開発すべきだろう。
筆者はまず、情報通信(IT)機器向け電源システムに向けたパワーMOSFET構造のSiCパワー素子にフォーカスすべきだと考えている。理由は2つある。
1つは、IT機器市場において電力損失の低減が急務になっていることだ。現在、IT業界では、シンクライアント化が確実に進行中である。このためデータ・センターに設置するサーバや通信機器、ストレージ装置の台数やその処理能力が増加の一途をたどっている。ところが最近になって、データ・センターの総消費電力が、その建物に供給可能な最大電力量に達してしまうという事態が起こり始めている。実際、データ・センターに供給される電力量は制限されており、加速するシンクライント化需要に対応できないということが想定される。
従って、データ・センターの処理能力を高めるには、IT機器やプロセッサ、パワー素子など部品レベルで、それぞれの消費電力を低減する必要がある(ここで忘れてならないのは、電源管理の次世代技術であるデジタルパワー制御との組み合わせである。3〜5年先のこの分野は、世界的に大爆発を起こす勢いで成長するであろう。開発のヒントは、インバータ制御に適したDSP技術とアナログ電源と電力制御を知り尽くした技術者が開発するソフトウェアである)。
もう1つの理由は、サーバや通信機器などに向けた電源システムにおいて、国内の半導体・電源メーカーが比較的高い国際競争力を備えているからである。もちろん、ライバルとなる米国企業や欧州企業の中には日本企業を上回る技術力や特許を有するところもある。しかし、日本企業がSiCパワー素子を早期に採用して製品力を高めれば、その差を埋める、いや抜きさることも十分に可能だろう。
ただし、SiCパワー素子もほかの環境対応技術と同様に、製造コストが高いという課題を抱えている。従って、競合製品となるSiパワー素子に比べるとコスト・パフォーマンスが低い。SiCパワー素子の製造コストが高い理由は、SiCエピタキシャル・ウェハにある。最近になって価格が下がってきたとはいえ、Siウェハに比べて2けた程度高い。しかも、量産されているウェハのサイズは、3インチ型とまだ小さい。4インチ型や6インチ型といった大型SiCウェハの開発も進んでいるが、現時点では本格的な量産開始には至っていない。SiCウェハの価格が高ければ、SiCパワー素子の価格も高くなる。従って、省エネ効果が得られると分かっていても、電子機器メーカーは採用しづらい。この悪循環を断ち切り、Siパワー素子と同等の価格対性能比というハードルを超えない限り普及は難しいだろう。
そこで筆者は、太陽電池の普及に大きな役割を果たした日本政府による補助金制度または法人税優遇措置(あるいは、地球環境問題に対応した新クリーン・エネルギー環境税制)をSiCパワー素子にも導入すべきだと考えている。例えば、SiCパワー素子を搭載した電子機器の導入で削減できた電力消費量に応じて、税金を控除するといった制度が考えられるだろう。このシステムは、日本の携帯電話のサプライチェーンにも類似した考えであるが、あくまでも時限立法措置の提案である。
現在日本の半導体業界は、海外半導体メーカーの攻勢に苦戦している状況下にあり、グローバルな環境で再編も進んでいる。そこで従来の「機能」や「性能」という戦いの場に加えて、「地球環境に対応した」という新たな戦いの場を作り出し、そこで日本の国家戦略として先手を打つべきではないか。SiCパワー素子に対する補助金制度または法人税優遇措置は、そうした新しい戦いの場で優位に立つためのけん引力となり、日本エレクトロニクス企業復活の処方箋となるだろう。
地球環境のシステムを維持するためには、エレクトロニクス産業の活動を抑制することも1つのソリューションである。しかし、このソリューションでは日本の経済発展は望めない。日本企業(日本の技術者)は、「安全・安心」と「省エネルギー技術」で世界に貢献し、世界で尊敬される形で、新産業創出型のビジネスモデルを構築しなければならない。筆者はこう提言する。「イマジネーションがイノベーションを創出する」のである。
そのためには、若い技術者の力がいま、必要なのである。
ジェイスター株式会社 代表取締役
豊崎 禎久(とよさき よしひさ)氏
米フェアチャイルド社、ソニー セミコンダクター社、米シグネティックス社、蘭フィリップス・セミコンダクタ社などを経て、米LSIロジック社では開発戦略を立案するストラテジック・マーケティングとして活躍。米ガートナー社の日本半導体市場およびロジック、マイクロコンポーネント、IP市場とマルチメディア機器の主席アナリストを経て、2002年7月に米アイサプライ・コーポレーション社のプリンシパル・アナリストとして着任。
2003年10月アイサプライ・ジャパン株式会社を設立。代表取締役社長およびアイサプライ・コーポレーション本社副社長を経て、2006年4月エレクトロニクス・半導体・エネルギー分野における調査・研究・戦略コンサルティング事業を行うシンクタンク&ドゥタンク ジェイスター株式会社を設立し、代表取締役就任。現在、産業アナリスト、エコノミストとしてブルームバーグTVや日経CNBCなどに定期的に出演、講演多数。2007年10月より「Thomson Merger News Japan (トムソン・マージャーニュース・ジャパン)」(トムソンファイナンシャル)のM&A分析に執筆を開始。
元NEDO(独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)技術委員、元東京工業大学精密工学研究所パテント評価委員、神奈川県知事のプライベート・アドバイザー、自由民主党本部にて参議院議員 岸信夫氏と共に「これからの日本産業を考える会」を発足。座長を務める。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.