TDR測定は、ケーブルやコネクタ、プリント基板、LSIパッケージなどの検証やトラブルシューティングに用いられている。これを利用することによって、伝送される信号のシグナルインテグリティを保証することが可能になる。本稿では、まずTDR測定の歴史と基本原理を押さえた上で、それを利用するメリットや最新の測定環境について解説を加える。
この記事は会員限定です。会員登録すると全てご覧いただけます。
TDR(time domain reflectometry:時間領域反射)は特性インピーダンスの測定に広く用いられている手法である。これを使えば、ケーブルやプリント基板におけるシグナルインテグリティを直接的に評価できる。また、最近ではLSIの性能測定や不具合の解析にも用いられるようになった。さらには、電気回路以外にも応用されており、OTDR(optical TDR)という技術もある。これは、電気系における誘電率/透磁率定数が光学系の屈折率と等価的な性質を持つことを利用したものだ。
TDRとは、簡単にいえば、ケーブルやプリント基板の配線に高速なパルスやステップ信号を印加し、返ってくる反射波形を観測する手法のことである。この反射波形が伝送路における特性インピーダンスの変化を表す。このTDRを利用した特性インピーダンス測定の技術的な解説は後述するとして、まずはその歴史を、TDR測定をサポートする製品の進化の過程を交えて振り返ってみよう。
1930年代後半のエンジニアは、物質の誘電率や土壌内の水分量を測定するためにTDRを利用し始めた*1) 、*2)。今日においても地震の被害、流れの速い川や路面が凍結する場所に設置された橋の破損を検証するために、TDRが利用されている。また、川の流れによって生じた堆積物がもたらす橋脚への影響を検証する際にも、橋脚に埋め込まれた設備を用いてTDRを利用した測定が行われている*3)。
第2次世界大戦後、電気の分野では、パルス発生器とオシロスコープの2つを用いてTDRを利用した特性インピーダンス測定(以下、TDR測定)が行われるようになった。このころのパルス発生器はロジックICを使用して5Vの振幅のパルスを生成するという簡単なものであった。
1960年代の終わり、米HP社の計測部門(現在の米Agilent Technologies社)は、オシロスコープ「140シリーズ」とそれにプラグインできるTDRモジュール「1415A」を発表した。それによって、初めて単一の筐体でTDR測定が可能になり大きな進歩がもたらされた。
1970年代、米Tektronix社が発表したTDR測定専用機「1502」、「1503」は、ケーブルの整合性テストに広く利用されるようになった。この当時、軍事機関がTDR測定装置の主要な利用顧客であったため、Tektronix社はTDR測定製品の軍仕様版も提供していた。例えば、地下核実験における爆破領域を地球物理学的に評価することを目的とし、長距離ケーブルを穴に埋め込んでTDR測定が実施されていた。
Tektronix社とHP社による技術競争はその後何十年間も続いた。
HP社は、20GHzの帯域を備えたオシロスコープ「54120A」とテストヘッド「54121A」を開発した(図1)。TDR測定装置として初めてコンピュータ化されたもので、TDT(time domain transmission:時間領域における伝送特性)の測定も可能であった。TDT測定は伝送特性を観測するもので、測定装置には反射波形を観測する入力とは別に伝送線路端の信号を観測するもう1つの別な入力が必要となる。54120A/54121Aでは、ネットワークアナライザで使用されていた検出器を伝送線路端の観測用に流用していた。これらの装置により、損失特性の評価も可能になったのである。
1980年代になるとTektronix社は、50GHzの帯域を備えたオシロスコープ「11801」と20GHzの帯域を備えた差動TDRモジュール「SD-24」を発表した(図2)。これらはTDR測定とTDT測定に対応し、LVDS(low voltage differential signaling)やSCSI(small computer system interface)などの差動伝送路の測定も可能になった。その後、35psの立ち上がり特性を備えたパルス発生器はそのままに、これらの製品は「11801C」へと進化した。11801Cは長年にわたって広く使用されたが、ユーザーインターフェースが多少難解であった。そのため、エンジニアはフロントパネルから利用するよりも、GPIB(general purpose interface bus)を経由してパソコンなどから操作してTDR測定を行うことが多かったようである。
その後すぐに、HP社はオシロスコープ「86100A」向けに18GHzの帯域を備えたTDRモジュール「54754A」を発表した。一方、Tektronix社は、11801Cの流れをくんだ、立ち上がり時間が17psのパルスを出力可能なTDRモジュール「80E04」で応戦した。このTDRモジュールはオシロスコープ「CSA803」と組み合わせて用いられた。
現在のTektronix社は、70GHzの帯域を備えたオシロスコープ「DSA8200」と50GHzの帯域を備えたTDRモジュール「80E10」を製品ラインアップとして持っている。競合企業である米LeCroy社は100GHzの帯域を備えたオシロスコープ「WaveExpert 100H」と、それと組み合わせて用いる20GHzの測定帯域幅を備えたTDRモジュール「ST-20」を提供している(図3)。
米Picosecond Pulse Labs社(以下、Picosecond社)は、おそらく最高性能のTDR測定装置を製造する企業だ。同社のアドオンモジュール「4022」は、Tektronix社やAgilent社などのTDR測定装置から出力されるパルスを9psという非常に高速な立ち上がり時間のパルスに変換する。Picosecond社は単独で動作するパルス発生器も製造しているが、4022のようなパルス変換モジュールには大きな利点がある。同社最高技術責任者のClayton Smith氏は、「当社のモジュールの利点は、オシロスコープ内の既存ソフトウエアとともに利用できることだ」と説明した。
このようなTDR測定装置の高性能化/高機能化とは別に、携帯型のTDR測定装置も出現している。それらの用途は長いケーブルにおけるショートやオープン、切断などの検査である。1950年代にTDR測定器が登場した際、その目的はこのような検査にあった。特に米国海軍は、戦艦に何マイルも続くケーブルを敷設するためにこの検査機能を必要とした。また、ラジオ局/テレビ局もアンテナ塔を的にして遊ぶ若者らに悩まされており、アンテナ塔に敷設された同軸ケーブルの傷を検出する機能を必要とした。現在では、Tektronix社は携帯型のTDR測定装置である「TS90」や「TS100」を提供している。また、英Spirent Communications社は、携帯型テスター「E2520」の供給元である。この製品では、最大9800フィート(約3km)のツイストペアケーブルを評価することが可能だ。
※1…"Time domain reflectometry(TDR)," Bundesanstalt fur Materialforschung und prufung(Federal Institute for Materials Research and Testing). http://www.bam.de/en/kompetenzen/fachabteilungen/abteilung_8/fg82/fachgruppe_82n.htm
※2…Kevin O'Connor, Charles H. Dowding, "Ground Water Pressure Measurement with Time Domain Reflectometry,", http://www.iti.northwestern.edu/tdr/pubs.html
※3…"Bridge Scour Detection and Monitoring with Time-Domain Reflectometry," US Army Corps of Engineers, Engineer Research and Development Center, July 2002. http://www.erdc.usace.army.mil/pls/erdcpub/docs/erdc/images/TDRBridgeScourFS.pdf
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.