Microsoft社の主席研究員であるBill Buxton氏は、「偉業は偶然、達成されるものではない。深い考察と入念な準備が必要だ」と述べる。同氏は、(明らかに技術的なレベルは低いが)外観が似ていて同じようなユーザーインターフェースを持つ2台の手動のジューサを例にとった*7)。
「片方の使い方が分かる人ならば、もう一方も使用できるはずだ。どちらで作ったジュースも同じ味がし、作るのにかかる時間も同じである。しかし、それらはユーザーが最大の力を加える手法とタイミングの点で互いに異なるものかもしれない。一方はギア比が固定式のジューサで、レバーを引く力が最大となるのは絞り終わるときであり、もう一方はギア比が可変式のジューサで、絞り終わるときのレバーを引く力は固定式に比べて軽減されるといった具合だ。つまり、似たようなインターフェースであっても表面からは見てとれない異なるメカニズムが隠されているケースがある」(同氏)。
ジェスチャを認識するためのインターフェースとして挙げた上述の例は、ユーザーがシステムに対し、動作を明示的に指示または命令する直接制御インターフェースである。それに対し、新たに出現しつつある「目に見えないマン‐マシンインターフェース」は、さらなる可能性を秘めている分野だ。その主な目的は、ユーザーの意図を予測/推定して適切に補正を行うことである。ユーザーの目に触れる物理的なインターフェースが用意されているわけではなく、機器に組み込まれたソフトウエアによって実現されることが多いだろう。このような新しい機能は、システムがユーザーの意図通りに動作しつつ、ユーザーの経験不足や誤操作などにも適切に対応できるようにするために重要である。
IBM Simonの予測変換対応キーボードでは、予測した6つの文字候補を明示的に列挙し、ユーザーにそのリストから文字を選択させていた。予測エンジンが効果的に働くのは、エンジンが示す候補の中にユーザーが必要とする文字があるときのみだった。これとは対照的に、iPhoneの入力インターフェースでは、複数の明示された方法と隠された方法を併用して、入力の速度と正確さを向上するようになっている。まず、アプリケーションごとに専用のキー配置を用意して、必要なキーのみが入力可能であるようにしている。ユーザーが入力を始めると、このシステムは入力される単語を予測し、入力中のユーザーに対して候補を提示する。その候補でよければ、ユーザーは画面上のスペースキーを押すことによりそれを選択することができ、正しくなければそのまま入力を続ける。同様に、ユーザーが単語のスペルミスを犯した場合、システムはそれを認識して、正しいつづりをユーザーに示す。ユーザーは提示された修正を採用することもできるし無視することもできる。
iPhoneにおいて目に見えない特徴的なインターフェース機能は、次のようなものである。すなわち、ユーザーが次にどの文字を選択するかという入力予測エンジンの推測に基づいて、どの文字の表示サイズも変更することなく、各文字に割り当てられた対象領域、つまりタップゾーンの大きさを動的に変更することにより、ユーザーがディスプレイ上の誤った文字を押す可能性を低下させるというものだ*8)。予測エンジンが、ユーザーが次に押すと思われる文字を推測すると、それに対応するタップゾーンが、近くにある次に押される確率の低い文字の表示領域に重なるほど拡大される。言い換えれば、押される確率の低い文字のタップゾーンは相対的に小さくなるということだ。この機能により、誤った文字が選択される確率は低くなる。
厳密にはユーザーとコンピュータ間をつなぐインターフェースとは見なされないが、自動車の安全機能の中には、危険を予知するための通信インターフェースが早い時期から実現されていたものがある。例えば、運転者に走行車線から外れそうであることを警告するかどうかを決定するために、システムは方向指示器をチェックして、車線からの逸脱が意図的なものであるか偶発的なものであるかを判断するといったものだ。また、事故時に安全システムを適用するべきかどうかを制御する乗客検出システムには、乗車する人の存在が伝達される。乗車する人にとって、これは無意識かつ暗黙のうちに行われる。これによって例えば、乗客がけがをしないように、体格に合わせてエアバッグが作動するよう調整することができる。電子安定制御システム(electronic stability control system)は、ハンドルとブレーキ操作から判断される運転者の意図と、車両の実際の動きを比較し、異常を検知すれば各車輪に適切にブレーキをかけて、エンジンの動力を抑える。これによって、アンダーステアやオーバーステア、駆動輪のスリップを防止するなど、運転操作の一部を支援する。
最新の戦闘機では、将来的には民生機器でも利用可能になるであろう高度な制御システムの姿を見ることができる。そうした戦闘機では、操作性を高めるために、パイロットが積極的/直接的にサブシステムを制御することができないようになっている。戦闘機に組み込まれた処理システムが詳細な処理を実行し、パイロットは高レベルの操作に集中できるようになっている。
自動車の制御システムは運転者が行おうとしている操作をより適切に予測し、その意図を車両の状態と周囲の環境に関連付ける。これにより、安全性を犠牲にすることなく不要なエネルギ負荷を低減し、自動車のエネルギ効率をさらに高めることができるかもしれない。ユーザーの意図をより深く理解し、機器を適切に動作させることは、ユーザーが次に実行できることや実行すると推測されることを、目に見えない部分で正確に予測するシステムの能力と関連している。
インターフェースがどれだけ高度で直感的であろうとも、それが最終的に成功し普及するかどうかは、ユーザーとシステムがどれだけうまく互いに情報をやり取りして、誤認識の可能性を取り除くことができるかにかかっている。システムに対する指示の方法とその結果得られるシステムの動作との間にあいまいさや予測できないことがあれば、そのジェスチャインターフェースは有用でないと見なされたり、採用が遅れたりする可能性がある。ユーザーに対し、単に誤りを繰り返し指摘するだけでは、最新の電子機器に採用するには不十分である。そうした機器では、ユーザーに対し、誤りや誤解の性質について説明し、その状態を修正する方法を示すことが求められる。最新のインターフェースは、センサー、高度な演算アルゴリズム、ユーザーによるフィードバックを組み合わせて採用している。この組み合わせにより、ユーザーとシステム間のあいまいさや不確定性の低減に向けてさまざまなメカニズムが機能して、互いがより迅速に有意義に、互いの予期せぬ動作を補正し合えるようにしている(別掲記事『補正の方法』を参照)。
誤認識の可能性を取り除くための1つの方法は、iPhoneの専用キー配列のように、システムが入力可能な一固まりを有効なコンテキストのものだけに限定し選択肢を減少させることである。狭い範囲のコンテキストに分割し、コンテキストごとに明確な目標が定まった処理を適用することのできるアプリケーションが、このような補正を適用する有力な候補である。「Palm OS」が稼働するPDAに搭載された手書き入力システムは、同OSが備える手書き認識技術「Graffiti」に基づいている。このシステムは、誤入力の確率を減少させることによって手書きインターフェースの使い勝手を改善している。しかし、ユーザーが高い信頼性を持ってこのシステムを利用できるようになるまでにはかなりの学習が必要となる。話者のトレーニングを必要としない音声認識システムは、システムが認識可能な単語数を著しく限定するか、または、短い応答メニューをユーザーに提示することにより、その正解率を高めている。
誤認識の可能性を取り除くためのもう1つの方法は、ユーザー側で行う変換作業をシステム側に移行させることである。米HP社の技術研究施設である「HP Labs India」は、通常のキーボードを利用しない文字入力手段として、ユーザーがデーヴァナーガリ文字やタミル文字などを入力できるペンベースの機器「GKB(gesture keyboard)」を開発している。また、以前のSegway PTでは、前方および後方に体をねじることが左または右への方向転換を意味していた。それに対し、現在ではユーザーが曲がりたい方向に体を傾けるだけで方向転換ができるようになっている。この新しいインターフェースは、どちらにねじることがどちらの向きに対応するのかといったあいまいさが除去され、かなり有用で実用的なものに進化している。
最新のインターフェースは、見た目よりもずっと複雑な場合が多い。ユーザーがシステムを使うときの操作パターンについて、設計者の長年にわたる知識が集約されているためである。iPhoneの入力予測エンジンは、サイズが動的に変更されるタップ領域と組み合わさって、ユーザーが誤入力する頻度を減らすようにシステム側で補助を行う1つの例となっている。この技術は、ユーザーとシステムとの間のキーやタップによるやり取りを改善するために、過去のシステムに採用された手法を基に、それを拡張したものである。さらに古いものとしては、キーボードのデバウンスフィルタリングもそのような技術の1つだ。これは、1つのキーを押したつもりなのに複数のキーが押されたと入力機器が誤って認識することを防ぐものである。
キーボードのデバウンスの歴史からは、誤入力を防止するメカニズムのライフサイクルが垣間見える。電子キーボードやタッチ画面を搭載した、デバウンスのフィルタリング機能を持たない初期のシステムでは、この誤入力が問題になっていた。それを判断するのはユーザーの役割であった。このために、ユーザーはわずかな問題にも注意する必要があり、これらのインターフェースを使用する際に欲求不満が生じていた。デバウンスフィルタリングの機能を持たせることで、ユーザーはより高レベルな作業に集中することができるようになった。デバウンスフィルタリングは、当時は他社との差異化を図れる機能であったが、現在ではごく当たり前のものとなっている。
ファイルなどの誤削除を防止するためのメカニズムの歴史も、インターフェース機能がどのように発展してきたかを表す一例である。削除を確認するメカニズムは、ユーザーが誤ってファイルなどのデータを削除するのを防ぐために出現したものである。コマンドライン形式のインターフェースでは、ユーザーがワイルドカードを使って削除するつもりのないファイル名を指定してしまい、誤って削除してしまうことがあった。キーボードやマウスカーソルといったポインティングデバイスにおいては、削除の操作を行った時点でカーソルが指しているファイルが対象となるため、誤って削除してしまう可能性がある。
この種の誤りを補正するために初期のユーザーインターフェースに加えられた工夫は、ユーザーに対して「本当に削除してよいのか」と確認することである。ユーザーは、実際に削除する前にファイル名を確認し、誤りがないことを確かめる。このメカニズムにおける問題は、削除するたびに質問が投げかけられるため、きちんと確認せずに機械的にキーを押したりマウスをクリックしたりするようになってしまい、安全策としての効果を失うという点である。現在多くのシステムでは、削除確認処理は、データの保護方法としてはあまり効果がなく、煩わしいだけであると見なされ、省略することができるようになっている。
次に登場した補正方法は、削除取り消しコマンドを設けるというものであった。やがて「ごみ箱」アイコンが削除取り消しコマンドに取って代わった。これによりユーザーは削除した複数のファイルを復元することができる。アプリケーション内のデータ削除においても、これに類似した進化があった。まず「元に戻す」コマンドが導入され、現在のアプリケーションでは一般的な複数のコマンドを元に戻す機能に対応させるように改善されていった。
新しい補正メカニズムにより、システムはユーザーの要求を理解するという役割を担うようになり、かつては取り消すことのできなかった操作さえも取り消すことができるようになった。このような進化の過程において、インターフェースはユーザーが誤解、誤用する恐れのあるメカニズムをサポートしてしまうこともあった。しかし、新しい補正方法が登場するたびに、今後は誤認識しないように、ユーザーとシステムとの間で生じる問題点を解決するために、設計者が得た知識がそこに組み込まれてきたのである。
※7…Buxton, Bill, "Experience Design vs Interface Design," Rotman Magazine, Winter 2005, p.47. http://www.billbuxton.com/experienceDesign.pdf
※8…"iPhone Keyboard." http://www.apple.com/iphone/gettingstarted/keyboard.html
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