広く普及し、すでに成熟したIP通信を利用してビデオ監視システムを構成すれば、従来は実現が難しかった柔軟性を得ることができる。本稿では、主にドアエントリシステムを例にとり、IP通信をベースとしたセキュリティシステムの仕組みや構成要素、システム設計を行う上でポイントとなる事柄について説明する。
住居や会社、施設などにおけるセキュリティに対する懸念は、消えることなく増大する一方だ。そのため、この懸念の解消をターゲットとしたセキュリティ製品/技術に関する市場は、急速に拡大し続けている。そこで扱われる製品の大半は、都市部において広範囲に設置され、小規模な企業や住居にも取り付けられているIP(Internet Protocol)通信を利用したビデオ監視システムだ。
本稿では、建造物の入り口に設置し、ビデオカメラによって映像と音声を遠隔地に送信するセキュリティシステムを「ドアエントリシステム」という語で表現することにしよう。また、より具体的な例を示す場合には、ビデオ監視システムの中でも、このドアエントリシステムをベースとして話を進めることにする。そこで使われる技術は、ビデオインターホンや乳児用ビデオモニター、さらには軍事アプリケーションに至るまで、多くの市場に応用できる。本稿で述べる内容は、そうした各種ビデオ監視システムにも適用可能である。
さて、ドアエントリシステムの分野では、低コストの製品が数多く存在しており、導入が容易になっている。このような低コスト化を実現できた要因は、技術の進歩だ。特にIPベースのパケットネットワークの普及と、ハードウエア/ソフトウエアの品質向上が大きく寄与していると考えられる。
ここで、従来のドアエントリシステムがどのようなものだったのか振り返ってみよう。その多くはアナログのポイントツーポイント接続を採用し、映像/音声信号を高価な同軸ケーブルを用いて比較的短い距離の間で伝送するというものであった。これに、信号の切り替えや増幅を行うための高価なスイッチング装置を追加すれば、システムの柔軟性は高くなる。しかし、それでも全体的な柔軟性の向上には限界があった。
一方、IPを用いたパケットベースのネットワークを利用した場合、従来のアナログシステムと比べてかなり高い柔軟性が得られる。つまり、アナログシステムの場合はケーブルやスイッチング装置によって接続できるカメラの台数に制限があったが、IPベースのドアエントリシステムでは、ネットワークに接続された任意の台数の監視カメラから映像を得て視聴することが可能なのだ。
また、現在ではLANおよびインターネットの両方に接続可能なIPベースのドアエントリシステムが提供されている。インターネットに接続可能だということは、そのシステムをアクセスポイントとして使用できるということを意味する。従って、それを、収益につながる音声/映像情報サービスに利用するといったことも行えるだろう。
さらに、IPベースのドアエントリシステムでは、マニュアル操作、または特定のイベントをトリガーにして録画を開始し、その録画データをネットワークの任意の場所にあるストレージに送信することもできる。この機能は、来訪を望んでいるわけではない訪問者に深夜の睡眠を煩わされる機会を減らす「コンシェルジェ」サービスの提供に利用できる(図1)。
このようなドアエントリシステムに関連するサービスは、効率的に開発することが可能である。なぜなら、複合マンションや産業用施設など、広範囲なアプリケーションや状況に対し、ハードウエアやソフトウエアの再利用を図ることができるからだ。
ドアエントリシステムの社会への浸透を牽引する主な要因は、ブロードバンドネットワークの発展と、IP通信の普及である。また、VoIP(Voice over IP)やビデオ電話に使用されているチップを利用できることも、ドアエントリシステムの普及を促進する。このことは、ユニットの低コスト化や装置の信頼性の向上にも役立っている。さらに、確実なIP技術基盤がすでに存在するということも、普及を後押ししている。
IP通信とそれに接続されるマルチメディア機器の急速な発展によって、いくつかのメリットが得られる。中でも最も重要なのは、おそらく通信ネットワークに「インテリジェンス」を組み込めるということである。
VoIPサービスが初めて登場したときには、メディアゲートウエイが通信ネットワークの中心に存在し、それがPSTN(Public Switched Telephone Network:公衆交換電話網)からのPCM(Pulse Code Modulation:パルス符号変調)音声とIPパケットとの間の変換を行っていた。その後すぐに、オフィスやマンションで比較的少数のチャンネルを処理するPBX(Private Branch Exchange:構内交換機)にこの技術が採用された。
今日では、この処理は、できる限りネットワーク端末の近くで行われるようになっている。つまり、一般消費者の家庭にある電話機の内部など、音声/映像データの生成や受信が行われる端末においてである。端末機器としては、カメラや携帯型端末、監視局/家庭用の据え置き端末などがある。これらの端末が、セキュリティ通信装置のメーカーが主にターゲットとしている機器だ。
今日では、電話機自体をIPネットワークに接続してVoIP通話を行うことができる。ブロードバンド回線を用いれば、そうした端末からV2IP(Voice and Video over IP)通話が可能であり、ほとんど同一の端末をドアエントリシステムをはじめとするセキュリティシステム用の装置として利用することができる。
ネットワークがこのように進化してきた主な理由は、IPベース通信における通話/通信プロトコルとしてSIP(Session Initiation Protocol)が業界に受け入れられたことである。処理に余裕のある通信セッションを確立し、セキュリティ機能や双方向通信による「対面」機能を実現するその能力により、SIPは従来の電気通信以外の用途にも利用されるようになった。
図2は、多種多様な接続が可能なV2IP通信用ネットワークの主要な要素を示したものである。携帯型端末やIPネットワーク上に分散するSIPベース機器間の通信セッションを実現するためのSIPサーバー、端末がNAT(Network Address Translation)装置の先にある場合にSIPベースのやりとりが正しく行えるようにNAT越えを実現するSTUN(Simple Traversal of User Datagram Protocol through Network Address Translators)サーバー、IPデータをネットワーク上でルーティングするルーターなどがある。
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