TEC(Thermoelectric Cooler:ペルチェ素子を用いた熱電冷却器)を利用した温度制御では、制御系の不安定性が問題になることが多い。この不安定性は熱に対する制御系の特性に起因するものであり、制御回路の動作に依存するものではない。つまり、温度制御系においては、熱を制御する対象となる物(熱負荷)、TEC、サーミスタなどの温度センサー、および周囲温度のそれぞれの間で、熱インピーダンスがゼロではないことが問題になるのである。熱インピーダンスのバランスがとれていないと、センサーが完全に温度平衡したとしても、熱負荷の温度は満足し得るレベルで安定するとは言えない。本稿では、こうした問題点を改善する方法として、図1に示す回路を紹介する。
この回路では、TECから伝達される熱流(ヒートフラックス)を直接計測し、その結果を基に熱インピーダンスの影響を正確に判定して補償を行うことができる。その動作原理は、「TECに加わる全電圧は、2つの電圧の和である」という事実に基づく。1つは、TECを駆動するために流す電流とTECの抵抗成分によって発生する電圧、もう1つはゼーベック効果(Seebeck Effect)によって発生する電圧である。後者のゼーベック電圧VSは、TECの表裏の温度差に比例する。言い換えれば、熱流に比例することになる。
図1の回路は、参考文献*1)に示された、ゼーベック電圧のサンプリング機能を備える回路を改良したものである。このサンプリング機能が、図1の回路の肝となる。まず、マルチプレクサS2とS3を利用して構成したマルチバイブレータによって、サンプリング処理用のパルスが生成される。このサンプリングパルスのデューティ比はTECの能力を減少させないよう10%以下に設定する。抵抗R1とR2の値の比によって、このデューティ比は決まる。
サンプリングパルスの周期である100μsごとに、トランジスタQ1がオフになる。それにより、TECを駆動する電流が周期的に遮断される。この電流量がゼロになっている期間は、ゼーベック電圧VSが電源電圧から分離されることになる。このような仕組みで、マルチプレクサS1を経由してゼーベック電圧VSだけをサンプリングすることができる。サンプリングによって得た電圧は、コンデンサC1に保持する。
C1に保持されたゼーベック電圧に対し、抵抗R3、R4、R5から成るブリッジ回路によって極性とレベルの調整を施す。調整後の値は、PID(比例‐積分‐微分)制御ループに入力される。ブリッジ回路による調整量を、実験を通して最適化することで、回路全体の安定性を高めることが可能になる。
図1の回路は、フィードバック量の最適化を自動化するよう改良することができる。それには、ブリッジ回路の固定抵抗R3、R4、R5を不揮発性のプログラマブル抵抗で置き換えればよい。このような抵抗として有用なものの1つに、カナダMicrobridge Technologies社の「Rejustor」がある。
※1…Woodward, W Stephen, "Thermoelectric-cooler unipolar drive achieves stable temperatures," EDN, Dec 3, 2007, p.98
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