前節で述べたように、次世代のカーナビにはさらなる機能向上が求められている。ここでは、カーナビ向けに開発されている最新のプロセッサと、リアルタイムOSを中心にした標準プラットフォームについて紹介する。
現在、日本のカーナビメーカーの多くが自社のフラッグシップモデルに採用しているプロセッサがルネサステクノロジの「SH-Navi2シリーズ」である。プロセッサコアは「SH-4A」で、動作周波数は600MHz、その処理能力は 1080MIPS(1MIPSは1秒間に100万回の命令を処理する能力)。これに対して、2011年以降に採用される次世代の組み込み型カーナビ用プロセッサの処理能力は、一足飛びに約2倍の1920MIPSとなる。この性能向上を実現したのが、プロセッサのマルチコア化である。
NECエレクトロニクス(以下、NECエレ)は2007年9月、組み込み型カーナビ用のマルチコアプロセッサ「NaviEngine」を発表した。同プロセッサは、英ARM社のプロセッサコア「ARM11」をベースに同社と共同開発した「MPCore」を採用。コア数は4、動作周波数は400MHzで、処理能力は1920MIPSである。消費電力は5W以下となっている。
この発表は、当時は組み込みOSとともに使用されるマイコンベースのマルチコアプロセッサがほとんどなかったこと、ルネサスの独壇場だったカーナビ用プロセッサ市場への新規参入だったこと、カーナビ大手のアルパインが採用を内定していたこともあり、大きな話題となった。NECエレのマイクロコンピュータ事業本部自動車システム事業部でグループマネジャを務める吉田正康氏は、「当時の組み込みマイコン市場では、性能の向上を図る場合、シングルコアプロセッサの動作周波数を上げるという方法論が主流だった。しかし、『消費電力をできるだけ低く抑えつつ、プロセッサの処理能力は向上したい』というカーナビメーカーの要望に応えるにはマルチコアプロセッサが必要になると考え、製品投入を決定した」と語る。
これに対してルネサスは2008年8月、カーナビ用のデュアルコアプロセッサ「SH7786」を発表した。SH7786は、SH-4Aコアを2個搭載し、動作周波数は533MHzで、処理能力は1920MIPSである。さらに、2009年1月には、このSH7786にグラフィックス処理回路と画像認識処理回路を追加したSoC(System on Chip)「SH-Navi3シリーズ」を発表している。
両社のマルチコアプロセッサは、非対称型マルチプロセッシング(AMP)と、対称型プロセッシング(SMP)の双方に対応する。AMPとは、それぞれのコアに個別のシステムやリアルタイムOSを割り付ける処理方式である。これに対してSMPの処理方式では、すべてのコアに対して対称的/均一的に処理を割り付ける。次世代のカーナビにおける高度な3次元地図の描画、ハイビジョン映像の再生など、1つの処理に対して高い処理能力が求められる場合には、搭載するコアのすべての処理能力を1つの処理に割り当てられるSMPを利用することになる。
吉田氏は、「SMPに対応するマルチコアプロセッサの必要性をいち早く提唱したことで、マルチコアプロセッサを使ったカーナビを開発するための開発環境は、NaviEngineをデファクトスタンダードとして整備が進んでいる」と優位性を強調する。
これに対して、ルネサスのSH-Navi3シリーズが特徴とするのは、AMPの利用における高い信頼性である。同社自動車事業部自動車応用技術第二部で部長を務める平尾眞也氏は、「カーナビに車両協調システムを搭載する場合には、カーナビシステムと車両協調システムを別々のコアで動作させる。つまり、マルチコアプロセッサをAMPで利用することになる」と語る。その上で同氏は、同プロセッサシリーズのメリットを以下のように説明した。
「AMPで利用する理由は、カーナビシステムにおける動作の不具合が、人命にかかわる走行系のシステムと連携する車両協調システムに影響しないようにするためだ。しかし、OSが分かれていたとしても、DRAMは共有している。SH-Navi3 シリーズは、DRAMなどの共有資源を分離し、アクセス監視を行う機能をハードウエアレベルで搭載している。ソフトウエアレベルでの分離/アクセス監視を行う場合よりも、信頼性ははるかに高い」。
NaviEngineは、2010〜2011年にかけて発売される、日本のカーナビメーカーの製品に採用される予定で、「1社ではなく複数社に採用される」(NECエレの吉田氏)という。一方、SH-Navi3シリーズについて、ルネサスの平尾氏は、「量産レベルでの採用は2011年〜2012年を想定している。その前に、グラフィックス処理回路などを持たないSH7786が、自動車メーカーの純正品カーナビに採用される見込みだ」と語っている。
さらなる性能向上についても検討が進んでいる。吉田氏は、「次世代のNaviEngineに求められる処理能力は4000MIPS程度と想定している。また最近、顧客からは、車両内、車両外と接続するネットワーク関連の要求が増えている。カーナビが自動車におけるゲートウエイになりつつある証拠だろう」と語る。
一方、ルネサスは、「次の『SH-Navi4』の世代で、コア数を4にするかどうかを検討している。研究開発レベルで実証している8コアまでは、量産品に適用できる技術が確立できている」(平尾氏)という。同社が、処理能力よりも対応が難しいと見ているのが周辺回路に関する仕様である。平尾氏は、「カーナビを含めて、自動車向けシステムの開発は5年程度かかると言われている。その一方で、カーナビには、自動車とその周辺環境を接続するカーインフォテインメントシステムとしての役割が求められている。例えば、2005年に発表した『SH-Navi1』は、USB 2.0やSDカードのコントローラを搭載していない。しかし、これら2つのインターフェースは、現在のカーナビには必要不可欠なものになっている。こうなることはその当時は予見できていなかった。そうすると、今から5年後に、パソコンやデジタル家電などで一般的になっているかもしれないインターフェース回路の追加を検討する必要があるかもしれない。USB 3.0などが例として挙げられる」と説明する。
米Intel社は2009年3月、いわゆるネットブック(低価格ノート型パソコン)に採用されているプロセッサ「Atom」により、組み込み機器市場に参入することを発表した。その主要アプリケーションの1つがカーナビである。同社は、カーナビを、自動車と自動車の外側をつなぐカーインフォテインメントシステムと位置付け、同分野における事業展開を強化する方針だ。
車載用Atomのラインアップは、動作周波数が1.10GHzの「Z510PT」と、1.33GHzの「Z520PT」の2つ。動作温度範囲は--40〜 85℃で、耐振性などを高めるために通常のAtomよりも大きい22mm角のラージパッケージを採用した。グラフィックス回路を組み込んだ専用のチップセット「US15WPT」と併せて利用することになる。
MIPS表記の処理能力は公表していないものの、ハイビジョン映像を再生しながら3次元のナビゲーション画像を処理する場合でも、Atomの全処理能力のうち20%程度しか使用しないという。インテルのマーケティング本部でエンベデッド&ストレージ製品マーケティングマネジャを務める石山康氏は「他社のカーナビ用マルチコアプロセッサと同等以上の処理能力をシングルコアで実現している」と語る。その一方で、プロセッサ単体の消費電力は2.2Wと少なく、チップセットとの合計でも最大で5W以下である。
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