現在、カーナビゲーションシステムには、その本来機能に加えて、エンターテインメント機能、自動車の走行系との連動を実現する協調機能、無線通信によるテレマティクス機能などを統括する車載情報端末への進化が求められている。一方で、PNDの登場と昨今の景気悪化が重なり、低価格化への要求も厳しい。カーナビ大手のアルパインで技術開発統括担当 専務取締役を務める宇佐美徹氏に、カーナビメーカーを取り巻く現状と、今後の製品開発の方向性について語ってもらった。 (聞き手/本文構成:朴 尚洙)
アルパインの歴史は、1967年にアルプス電気の一事業部と米Motorola社の車載機器部門の合弁会社として設立されたアルプス・モトローラから始まる。1978年に、Motorola社が保有するアルプス・モトローラの株式を買い取り、アルパインとして独立した。
自動車メーカーに直接納入する純正品については、独立前から積極的に取り組んでいた。1978年には、国内自動車メーカー向けに、日本では初となる1軸ロータリースイッチを用いたカーラジオを納入している。当時のカーラジオは、ラジオのチューニングと音量、それぞれのボリュームスイッチが製品の左右に配置されているのが一般的だったが、それらを1軸にまとめた製品である。後発である当社は、このように斬新な技術開発を行う必要があった。
斬新な技術開発という意味では、1981年に本田技研工業が発表した世界初のカーナビゲーションシステム(以下、カーナビ)「ホンダ・エレクトロ・ジャイロケータ」の開発に参加したことにも大きな意義があった。そして、1993年には、GPS(全地球測位システム)を搭載した市販カーナビ「GPシャトル」を発売した。
カーナビを開発するようになってから、技術開発に必要な人員の規模が一気に拡大した。なぜなら、カーナビはさまざまなソフトウエアの集積物であり、ソフトウエアの開発にはどうしても多くの人員が必要になるからだ。ハードウエアレベルでの開発が中心だったかつてのカーオーディオは、1つの製品を5〜10人で開発していた。しかし、高機能化が進んだ現在のカーナビでは、1つの製品の開発に500〜1000人がかかわるようになっている。今後のカーナビに求められる無線通信技術や、車載LANを使ったネットワーク技術などに対応するには、さらなる人員が必要になるだろう。
そこで、自動車メーカーと同様に、製品開発のための「プラットフォーム」を構築することで、開発の効率化を進めている。しかし、自社だけでの取り組みだけではまだ不足だと感じている。他社との協業が必要になってくるだろう。
協業にもさまざまな形がある。親会社であるアルプス電気の車載部品の事業部とは、顧客である自動車メーカーにアルプスグループとしてどのように取り組むかで歩調を合わせるようにしている。2003年には、東芝との合弁で東芝アルパイン・オートモーティブテクノロジーを設立し、既存のカーオーディオやカーナビに新たな機能を追加するための開発を行っている。
当社は、カーオーディオやカーナビなどを「AVNC(Audio Visual Navigation Communication)」製品と呼んでいる。2005年に発表した「アルパインビジョン2015」で、AVNC製品に「+D」として、運転支援(Drive Assist)の機能を取り込んでいくことを決めた。この+Dの具体例としては、車外カメラを使って駐車を支援するバックモニターやトップビューシステム、ドライブレコーダなどがある。東芝との合弁は、これら+Dのシステムにかかわる開発を行っている。
また、半導体メーカーなどのサプライヤとの協業も重視している。例えば、新技術であるマルチコアプロセッサについて、NECエレクトロニクスが開発した「NaviEngine」の採用をすでに決定している。早期の採用決定により、マルチコアプロセッサの技術にアルパインからの開発要求を多く盛り込めると考えたからだ。
マルチコアプロセッサは、+Dの機能を搭載するために採用することになる。そして、NaviEngineを採用したカーナビは2013年に発売する予定だ。
自動車産業が、厳しい環境にある現在、競合メーカーとの協業も重要な選択肢となる。もちろん、競合メーカーとの切磋琢磨が、技術を進歩させるための原動力であることは間違いない。しかし、ここまで開発規模が大きくなると、業界として開発資源をできる限り共有することが必要になってくる。コスト削減につながるので、顧客にとってもメリットになるだろう。
ただし、競合との協業というのは、簡単なことではない。互いの商品や部品などを持ち寄ってすり合わせを行うレベルのソフトな協業であれば、今日明日にでも決めて取り組むことが可能だ。しかし、すべてをオープンにする技術提携の場合、資本提携を含めた大規模なものになるし、時間もかかる。それでも、当社としては、WIN-WINの関係を構築できる協業であれば、競合メーカーを含めて柔軟に対応していきたいと考えている。
現在、当社は自動車分野に特化して事業を展開している。かつては、民生向けのオーディオ事業を展開するなどしたこともあったが、今後は自動車分野に特化する方針を堅持していく。
市販品と純正品の販売比率は、前者が20%、後者が80%である。20年前はそれぞれ50%だったが、純正品の市場の伸びが大きかったため現在はこのような割合になっている。純正品の開発期間は4〜5年と、市販品の1〜2年に比べて長いものの、完成すれば長期にわたり安定して製品を納入できる。このことも、純正品に比重を置くようになった要因になっている。
また、純正品が伸びているからといって、市販品の開発をおろそかにすることはできない。現時点で自動車メーカーは求めていないが、将来的には必要になるであろう先進技術を直接ユーザーに提案するには、市販品市場での地位を確保しておく必要がある。米Apple社の「iPod」との接続機能を持つ製品を北米市場で初めて投入したのは当社だが、今では純正品を含めて携帯型音楽プレーヤとの接続機能は必須になっている。
市場が急拡大したPND(Personal Navigation Device)については、2006年から北米で販売しているが、国内では販売していない。PNDの市場拡大と不況が重なったことで、通常の組み込み型カーナビに対する低価格化の要求も厳しくなっている。今後、PNDなどの低価格品の市場には、現在、開発を進めている1000米ドル以下のエントリモデルの製品で対応したい。
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