技術者にとって、このようなはっきりとしない状況の中で方向性を定めるのは困難なことかもしれない。米National Instruments社で製品マネジャを務めるDavid Hall氏は、「技術者は、自分たちの世界が標準化団体らの発表からは遠く離れた位置にあることを覚えておく必要がある」と指摘している。標準化団体が定める規格では、より高いデータ通信速度を実現することが、より高い位置づけの目標として定められる。それに対し、Hall氏は、「携帯電話システムは非常に複雑だ。そのため、ほとんどの技術者は、データ通信速度の基準のみに基づいて設計を行うのではなく、パワーアンプの効率や、EVM(Error Vector Magnitude)、隣接チャンネル電力、直交スキュー(Quadrature Skew)、雑音指数(Noise Figure)、感度といったさまざまな指標で性能を向上することを目標とする」と語る。その上で同氏は、「最終的には、フィールドテストではなく、“握手”によって、どの4G技術が勝ち残るかが決定するだろう」と付け加えた。
アンリツでワイヤレスインフラ試験計測製品担当ビジネス開発マネジャを務めるLynne Patterson氏は、「国/地域によって、LTE-AdvancedとMobile WiMAXのうち、どちらが成功するかは異なるだろう」との見解を示した。同氏は、その理由として「現在、北米では、Mobile WiMAXが提供するブロードバンドアクセスは必要とされていない。すでに、北米では容易にブロードバンド通信システムにアクセスすることができるからだ。しかし、世界レベルで見れば、固定/モバイルのブロードバンド環境にすぐにはアクセスできない地域がまだまだ存在する。そうした地域では、Mobile WiMAXがもたらす利点は非常に大きい」と説明した。
早く次世代に向けた大改革を実施したいと考える方もいよう。しかし、大規模な移行を実現するためのインフラとコストという現実的な問題により、4Gの導入時期は支持者が望むよりも遅くなると考えられる。112カ国の252の通信事業者が、現時点で最大のモバイル帯域幅を提供する3G技術であるHSPA(High Speed Packet Access)を採用している。4Gによって支持者が主張するような大きな飛躍が実現するとしても、世界規模で展開されているHSPAに取って代わるには、その惰性に打ち勝つ必要がある。Verizon社の場合、「2009年中に小規模なLTE-Advancedシステムを一部導入し、2010年に商用サービスを開始する」という。
また、アーキテクチャを簡素化するというのも、なかなか達成し難い目標かもしれない。Keithley社のBuffo氏は、「近い将来、携帯電話機メーカーは、例えば欧州と米国版のGSMに対応可能なトライバンドやクワッドバンドの端末を提供しなければならなくなるだろう。ユーザーはシームレスな移行を求めるので、機器自身が、対象とする帯域をリアルタイムかつ自動的に判断する必要が生じるはずだ」と述べる。
4Gへの移行を進めるには、いくつもの大きな課題をクリアしなければならない。4Gの設計とテストは、通信ネットワークの構成に大きく依存することになる。ここでは、主に設計にかかわる代表的な問題点について触れる。
■周波数の問題
ある装置が、現在アナログテレビ局が明け渡そうとしている700MHz帯域を対象としているのか、3.2GHz帯域を対象としているのかによって、必要となるアンテナのサイズはもちろん、通信範囲内の信号経路上に存在するビルや地理的な障害物などによる影響も決まる。低周波の信号は、同じ電力で、高周波の信号よりも遠くまで伝送することができるが、残念ながら、周波数が低ければ問題がないというわけではない。
例えば、アンテナのサイズは信号の波長によって決まる。周波数が低いほど波長は長くなり、より大きなアンテナが必要となる。携帯電話機に、低周波用の適切なアンテナを搭載するというのは非実用的なことだが、ノート型パソコンのふたの部分になら搭載できるかもしれない。
■消費電力の問題
消費電力は、周波数以外の要素にも依存する。4Gへ移行するには、マルチバンド送受信が必要となる。ところが、マルチバンドに対応すると消費電力が増加し、携帯電話機やノート型パソコンの電池の寿命が短くなってしまう。
より高いデータ通信速度/通信容量を実現するために、スループットとネットワーク容量を維持するには、MIMO(Multiple Input Multiple Output)アンテナが必要となる。これもまた、かなりの電力を消費する。ドイツRohde&Schwarz社のエンジニアリングプログラムマネジャを務めるTony Opferman氏は、「少なくとも、当初は携帯電話機にMIMOアンテナが搭載されることはないだろう」と予測する。それよりも先に、ブロードバンド対応機能を備えるノート型パソコンや、テレビ用のモバイルブロードバンドデータカードで、MIMOアンテナの搭載が進む可能性が高いと考えられる。
■コストの問題
次にコストについて考えてみる。4G技術の開発と導入には莫大な費用がかかることは明らかだ。だが、顧客は4Gに対し、どれだけのお金を支払ってくれるのだろうか。ひょっとすると、4Gはニッチな市場向けのぜいたく品と化してしまうのだろうか。また、設計者は、機能に対する要求とコスト削減のバランスをどのようにしてとるつもりなのだろうか。
Keithley社のBuffo氏は、「エンドユーザーは、今後も引き続き、より多くのデータを遅滞なく伝送できる高性能の携帯電話機を求め続ける。そのようなものが得られるならば、価格が高くても喜んで購入するだろう」と予測する。モバイルインターネットのユーザーが、有線の機器と同等の使い勝手を求めるのは当然のことである。「革新的な技術が登場するたびに、業界の動向を予測する専門家らは、『何のためにそれほどまでの性能が必要になるのだろうか』との疑問を投げかける。しかし、例えば米Amazon.com社の『Kindle』のような革新的な製品が登場すると、それに対する需要はおのずと高まるのだ」と同氏は述べる。Buffo氏は、現在の世界的な不況により、4Gの実現が遅れるであろうことは認めつつ、「5年後には、なぜ『これは本当に必要なものなのか?』などと考えたのだろうかと思う日が必ず来る」と断言する。
ただし、高性能な機器に対する需要は、発展途上国と先進国とでは大きく異なる。収入が少なく、自由になるお金が少ない人々が住む新興市場では、価格と性能のトレードオフにおいては、コストの削減を優先する必要がある。また、昨今の不況により、先進国の人々でさえも、消費には慎重になっている。設計者は、常により安く機能を提供する方法を模索し続ける必要がある。
■ネットワーク構築の問題
上述したこと以外に、通信ネットワークには、解決が困難な問題も存在する。データの通信量が急激に増加すると、通信インフラには膨大な負荷がかかる。米Apple社の「iPhone」が発売されたときには、ネットワーク通信上の大規模な渋滞や通話の切断といった問題が生じた。この例からもわかるように、4Gへと移行する場合には、事業者は、それによる全体的な影響を正確に予測し、把握し続ける必要がある。
4Gの設計者は、ネットワークの構築方法について再検討する必要があるかもしれない。これまで事業者は、最大データ通信速度と平均データ通信速度を高めることにより、システムの容量拡大を図ってきた。この方法ではコストがかかり、いつかは限界に達する。これまでと同じ考え方を踏襲しつつ、セル(1つの基地局によるカバー範囲)のサイズを縮小することにより容量を拡大する方法もあるが、この方法でも大きなコストがかかる可能性がある。
Agilent社のRumney氏は、「フェムトセルを採用するという発想の転換が必要ではないか」と指摘する。各セルの通信範囲はビル数軒分程度とし、ユーザーに基地局を購入してもらうという考え方だ。この場合、基地局は、おそらく価格が100米ドル程度で、最大通信距離が10m程度という汎用の製品になるはずだ。低コストのアプローチだとは言えないが、フェムトセルの採用は、ユーザーとプロバイダによる費用負担の配分を大きく変えることになる。
現在、基地局を製造している企業は、大規模な装置の設計に慣れている。そのため、フェムトセルへの採用には抵抗感があるかもしれない。しかし、過去の資産の活用という大きな束縛を受けない新規企業が多数生まれたことから、これまで実績を積み上げてきた既存の企業も考えを改めざるを得なくなった。一時的なためらいはあったものの、事業者ならびに従来の基地局メーカーは、フェムトセル手法を採用し始めている。
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