Infineon社は、衛星/地上波通信向けのSDR(ソフトウエア無線)アーキテクチャを開発中である。「SDRに対する市場の要求が高まっている」とMelugin氏は述べており、より進化したSDRの役割は興味深いものになりそうだ。「SDRでは、各種無線規格の違いにソフトウエアで対応する。これを実現するソフトウエアを開発するのは比較的容易だが、RF回路についてはかなりの困難を伴う」と同氏は述べる。その上で同氏は、「SDRは市場の要求を満たす可能性を持つものだが、技術が進化しても、製品設計の将来までを保証できる汎用的な手法ではない」と指摘する。ただ、「低消費電力化を図ることができれば、将来的にSDRはさらに魅力的なものになるだろう」(同氏)とも付け加えた。
LTEおよびWiMAX/4G技術を専門として設立された新興企業である米Sigmatix社は、SDRを携帯電話機に適用するための方式について積極的に取り組んでいる。同社社長兼CEO(最高経営責任者)のDave Kelf氏によると、「SDRの概念は約20年前から存在し、いくつかの分野で実際に使用されている。しかし、これまでは携帯電話業界の主要企業が必要とする性能レベルには達していなかった」という。
Kelf氏は、「SDRの設計者が最新型のプロセッサで提供される並列性や並行性を最大限に活用し始めるようになれば、この状況に変化が生じる」と期待している。Sigmatix社は、マルチモードベクトル無線において最新プロセッサの機能を利用しようと計画している。マルチモードベクトル無線では、並列性の高いSIMD(Single Instruction Multiple Data)/VLIW(Very Long Instruction Word)アーキテクチャを持つプロセッサのベクトル処理機能を利用する。「そうしたプロセッサであれば、かなり高い性能を実現することができる」と同氏は述べる。「当社は、そのようなプロセッサに4Gベースバンド機能を実装(コーディング)し、30倍も性能を向上させたり、消費電力を低減したりすることを可能にする」(同氏)という。
また、Kelf氏は、LTE、WiMAX、GSM、CDMA、Wi-Fiの各種規格を組み合わせた携帯端末に、この手法の適用機会が存在すると考えている。「一般的な携帯端末では、LTE、GSM、CDMA、Wi-Fiに対応するために、おそらく5〜6個のベースバンドチップが必要になる。各チップのコストはおおむね4〜5米ドルで、HSDPAについては15〜16米ドルにもなる。さらに、最初に登場するWiMAXチップは68米ドルだ。これではあまりに高すぎる」とKelf氏は述べる。同氏は、「これらの規格のすべてにおいて、処理は類似している。そのため、どの携帯電話ベンダーも、ソフトウエアを利用して、1つのチップですべての規格に対応できるようにする方法を模索している」と付け加える。
Kelf氏は、「携帯電話の基地局では、すでにソフトウエア処理が多用されている。しかし、消費電力が多いという問題がある」と指摘している。同氏は、半径数kmの範囲で約300台の携帯電話機に対応する従来型の基地局ではなく、半径100フィート(約30メートル)の範囲で約300台の携帯電話機に対応することが可能なフェムトセルにおいて、低消費電力のSDRの適用機会があると考えている。「フェムトセルは、まさに市場に変化をもたらす技術だ」と同氏は述べている。
常時接続を必要としない機器にも、SDR技術の適用機会がある。例えば、携帯電話機やコンピュータ機器とは異なり、電力メーターや電子書籍端末などは、携帯電話ネットワークに対して断続的にアクセスできるだけでよい。電力メーターであれば、家庭の使用電力量を3カ月に1度報告するだけでよく、GPSナビゲーション機器であれば、出発時に交通情報をダウンロードするだけでよいといった具合である。また、電子書籍端末では、所有者が新しい書籍を購入する際にだけ接続が必要となる。これらの機器にはすべてプロセッサが搭載されており、SDRのアルゴリズムを実行することができる。この機能により、10〜20米ドルもするベースバンドチップを機器に搭載する必要はなくなり、機器の部品の合計価格をわずか40〜50米ドルに抑えられるようになるかもしれない。
OctoScope社のMlinarsky氏は、SDRの柔軟性が必要となる理由について、「利用可能な帯域を検出でき、なおかつ、例えばホワイトスペースにおいてその帯域を短期的に借用(購入ではなく)することができる機器を設計することが求められている*1)」と説明する。Sigmatix社、Atheros社、米Intel社などの企業をコンサルティングした経験を持つMlinarsky氏は、「プログラマビリティが重要になってきている。Sigmatix社はまさにそこを狙っている」と述べる。一方のIntel社は、これまで、アナログやRFの問題を、同社のプロセッサで解決可能なソフトウエアの問題に置き換えようとしてきた経緯がある*2)。
かつて、ソフトウエアで実装しなければならなかったベースバンド機能は、今ではFPGAやASICに実装することができる。3G、WiMAX、LTEの登場に伴い、設計者らは、多くのベースバンド機能が、プロトコル処理や符号化、復号化、FFT(高速フーリエ変換)、IFFT(逆FFT)などの実行に関して、いくつかの共通した構造を持っていることに気付き始めた。これらの機能は本質的に並列性が備わっており、並列プロセッサアーキテクチャで実行することができる(図3)。Mlinarsky氏は次のように述べている。
「問題なのは、人間が並列プログラミングをあまり得意としていないということだ。並列プログラミングを行うには、数百や数千もの情報を頭の中で覚えておかなければならない。人間はこのような作業が苦手だ。また、コンパイラも、実は人間以上に並列プログラムを苦手とする。単一コアによってムーアの法則に従うことが困難になったことから、マルチコアという選択肢が生まれた。そして、マルチコアプロセッサを搭載したパソコンに注目が集まっている。しかし、誰もその能力をフルに引き出すプログラミング方法がわからないため、ほとんどのアプリケーションにおいてマルチコアプロセッサは活用されていない。マルチコアプロセッサは、無駄な電力を消費しているだけの状態になっている」。
演算に用いるハードウエアではなく、演算を実現するアルゴリズムが問題である。「ベースバンドのアルゴリズムの性質から、(SDR向けの)処理には並列性があるはずだ。また、繰り返しになるが、ムーアの法則が限界に近づきつつある現在、シングルコアプロセッサの性能を即座にこれ以上向上させることはできない」とMlinarsky氏は述べる。「コストを抑えつつ、より多くのコアを搭載するプロセッサを実現することは可能だ。しかし、どうすれば、人間の頭で扱える方法によって最も効率的にそれをプログラミングすることができるのだろうか。超人的なプログラマに任せておけばよいということではない。しかも、そのようなプログラマは数多くは存在しない。コンパイラとハードウエアの間に、SDRのアーキテクチャを生かすための何かが必要だ」と同氏は続ける。Sigmatix社をはじめ、従来型のワイヤレスチップを提供する企業の多くが、間違いなく、この問題の解決に挑んでいくはずである。
※1…Dipert, Brian, "White spaces: ready for development permits or off-limits?" EDN, Aug 7, 2008, p.36
※2…Nelson, Rick, "Analog-that computes," Test&Measurement World, June 11, 2008
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