Blu-rayのプレーヤ/媒体の価格低下は、メーカーの思惑よりも急速に進行している。米国における最初のBlu-rayプレーヤは、韓国Samsung Electronics社の「BD-P1000」であった。この製品の価格は、2006年6月の発売当時999米ドルだった。一方、それよりも約2カ月前に発売された東芝のHD DVDプレーヤ「HD-A1」は当初、799米ドルであった(写真3)。それに対し、2009年には、米Walmart社が“ブラックフライデー”(感謝祭の翌日)のセール期間中に、Blu-rayプレーヤ「Magnavox NB500」を販売した。そのときの価格は78米ドルであった。当初の999米ドルに比べ、およそ1/13にまで低下しているのである。BD-P1000の発売から4年以上がたった現在、100米ドル未満で販売されているBlu-rayプレーヤは珍しくない。このような急激な価格低下にもかかわらず、メーカーが多少なりとも収益を上げているとすれば、これらのメーカーが、ICなどのサプライヤに対し、どれだけのコスト圧力をかけているかは容易に想像がつくだろう。
このようなコスト圧力から、米Sigma Designs社のマーケティング担当バイスプレジデントを務めるKen Lowe氏は2010年初頭、同社がBlu-rayのみに対応するエントリレベルの製品の設計をあきらめ、より収益が見込めるような付加価値を備えるプラットフォームに注力することを示唆した。同氏が注目しているのは、新世代のセットトップボックスだ。例えば、韓国LG Electronics社のBlu-rayプレーヤ「BD390」は、NAS(Network Attached Storage)に対応しており、「Amazon Videos On Demand」、「Hulu」、「Netflix」、「Pandora」、「Yahoo!」といったサイトのコンテンツをネットワーク接続によって再生できる(写真4)。
皮肉なことに、このようなコンテンツの多くはSD解像度のものである。ローカル再生用の機器は、表示するディスプレイの画素数に合わせて動的にその解像度を上げる。メーカーは、こうした機器の販売を促進しようと、できる限りの努力を行っている。しかし長期的な視野で見れば、これらの機器の販売は、“本当に”解像度の高いコンテンツを提供しようというBlu-rayの販売に悪影響を与えることになるだろう。
米Netflix社は2009年、PS3にコンテンツをストリーミングするサービスを始めた。同社のサービスは、ブロードバンド接続を利用しているユーザーに対してHDコンテンツをストリーミングすることができる。だが、そのコンテンツの画質は、圧縮をかけることで、720pまたは1080iのATSC放送よりも低いレベルのものとなる。
Netflix社のCEOであるReed Hastings氏は、「当社は長期的には、ディスク配送事業から撤退し、ストリーミング配信モデルに移行するつもりだ」と繰り返し述べてきた。この移行により、在庫管理や、製品の発送、そして紛失と破損に伴う経費が不要になり、同社の運用コストは大幅に削減されるはずである。同社のサイトには最近、郵便によるディスク配送事業は2013年にピークを迎え、その後はコンテンツのストリーミングが事業の成長を牽引するという同社の予測を示す発表が掲載された。この発表では、現在、米国内で1億世帯が有料テレビ契約に加入していると推定している。一方、Netflix社のサービスへの加入者数は、2010年3月末の時点で1400万人である。ただし同社は、加入者数は2010年末までに1700万人に達すると見込んでいる。
米Apple社も、オンラインストア「iTunes」に見られるように、インターネットベースのコンテンツ配信に力を入れている。同社のマルチメディアに対する取り組みや、マルチメディアコンテンツ作成における「Mac」のシェアの大きさから考えて、現在では、同社のデスクトップ型/ノート型パソコンの一部はBlu-rayバーナーを内蔵しているに違いないと思うかもしれない。しかし、本稿執筆時点で、Mac環境におけるBlu-rayのサポートに関して、Apple社はいまだにサードパーティのソフトウエアおよびハードウエアパートナー企業らに依存している。ディスクドライブのバックアップにさえも、Blu-rayの容量は必要ではない。その一方で、「Mac OS X 10.5」と「同10.6」には、コンテンツをUSBやネットワーク接続のディクスドライブに自動的かつ定期的にコピーする機能「Time Machine」が盛り込まれている。
Apple社のCEOであるSteve Jobs氏は2008年の記者会見で、Blu-rayの状況を「“bag of hurt(厄介ごとが詰まったバッグ)”だ」と表現している。一方、業界の多くの人々は、同社がBlu-rayを拒絶している理由は、将来的に市場を牽引するであろうオンライン配信の普及を加速するための戦略的な動きであると見ている。Microsoft社は、Apple社と同様に、Xbox 360用のBlu-ray対応アクセサリ製品を提供するつもりがないことを明かしている。その一方で、同社の「Video Marketplace」(現在は「Zune Marketplace」として知られている)を利用したコンテンツの購入/レンタルサービスに向けた開発や普及促進に注力することを示唆している。そして、Blu-rayを開発したソニーでさえ、PS3からアクセスできるオンラインストアで、映画などのコンテンツのレンタルや販売を開始しているのである。
実績の面で言えば予想を大きく下回っているにもかかわらず、Blu-rayは業界から十分なサポートを取り付けており、今後長期にわたって存続が保証されていることは明らかである。今後、機器を設計する際に、「光ディスクが最適だが、2層DVDの容量(8.5Gバイト)では要件を満たせない」というケースがあれば、Blu-rayの実装を検討してもよいかもしれない。一方のDVDは、市場としては成熟しており、業界においても広い範囲でサポートされている。そのため、より経済的な選択肢であることは確かである。すなわち、1枚の単層Blu-rayディスクの代わりに、3枚の2層DVDを使うことになってもかまわないアプリケーションであるかどうかを検討する必要があるだろう。また、小型HDDやフラッシュメモリー、クラウドコンピューティングをベースにしたストレージといった選択肢も視野に入れてみるべきである。
Blu-rayは、DVDに代わる主要な光ディスクフォーマットとすることを狙ったものだった。では、どうすれば、この当初の目標を達成できるのだろうか。ゲーム機がBlu-rayの救世主になるかどうかは明らかではない。ソニーは、Blu-rayでしか実現できない大容量を大々的に宣伝しているが、Xbox 360は、DVDだけで事足りているようである。また、PS3向けのタイトルの中身を詳しく調べてみると、例えば、映画本編でカットされたシーンなど、容量は大きいけれどもそれほど価値が高いとは思われない映像が、ディスク容量の大部分を占めていることがわかる。
一方、3Dテレビは、“大容量”というBlu-rayディスクの利点をきちんと生かすことのできる有力候補だと言えるかもしれない(写真5)*10)。コンテンツとしては3Dの右目用/左目用の映像と従来の2Dの映像を含めたものが理想的であり、その場合、フレームごとの情報は従来の約2倍になる。フレームレートを2倍にすると、必要なストレージ容量はさらに2倍になる可能性がある。だが、理想的なものが必ずしも必要なものであるとは限らない。例えば、両目分のデータを片目分のデータに圧縮することも可能だろう。ただし、その場合には、視聴者の知らないところで、解像度やフレームレートなど、品質に関するトレードオフを解消する必要がある。
※10…『3D普及への道』(Brian Dipert、EDN Japan 2010年8月号、p.20)
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