電磁界シミュレーションは、電子機器の開発では必要不可欠なEMC対策において、大きな役割を果たすようになっている。しかし、効率的に電磁界シミュレーションを行うには、開発している機器の状態やシミュレーションの条件を理解した上で、適切なツールを選択する必要がある。本稿では、まず、電磁界シミュレーションを行う際に必要となる基礎知識をまとめた上で、各社解析ツールの動向や注意すべき事柄などを紹介する。
電子機器は、米国であれば連邦通信委員会(FCC:Federal Communications Commission)の認証、欧州であればCE(Conformite Europeenne)マーキングの認可など、電磁両立性(EMC:Electro-Magnetic Compatibility)に関する試験をクリアしてからでなければ、市場で販売することはできない。例えば、FCCは、機器が放射する電磁波によって、ラジオや電話機、テレビなどの動作に影響を与えないことを保証するために、電磁干渉(EMI:Electro-Magnetic Interference)に関する試験を行うことを設計者に要求している。さらに、機器の外部から放射された電磁波を受けても、その動作が大幅に阻害されないことを示す電磁感受性(EMS:Electro-Magnetic Susceptibility)に関する耐性を備えることも証明しなければならない*1)。
そのための近道となってくれるのが、設計段階で電磁波に関するシミュレーション(電磁界シミュレーション)を行うことである。電磁界シミュレーションを行うことにより、設計者はスケジュールどおりに電子機器を出荷の段階まで進めることができるだろう。
電磁界シミュレーションを行うには、専用のソフトウエアツールが必要である。電磁界シミュレーションでは、サイズの大小に関係なく、すべての構造物について考慮するとともに、広い周波数帯域にわたって検証を行う(図1)。また、シミュレーションを行う対象に合わせて、有限要素法(FEM:Finite Element Method)などの時間領域手法や、モーメント法(MOM:Method of Moments)などの周波数領域手法といった適切なシミュレーション手法を選択することも必要だ。シミュレーションの規模が大きい場合には、対象を複数のサブドメインに分割したり、漸近解析手法を適用したりする必要もある。
高い処理能力を持つコンピュータと、適切なソフトウエアツールが準備できたら、開発する機器に関する物理的特性や電気的特性に関するデータをソフトウエアツールに入力する。データの入力については、データベースのインポート機能を使う方法がある。構造に関するデータについては、プリント基板のガーバーデータや、2次元CADツールで用いられるDXF(Drawing Exchange Format)形式のファイルを用いる。誘電率やプリント基板の層構成などは、手作業で入力してもよいだろう。これらのデータの入力が完了したら、ソフトウエアツール上でスティミュラス(入力信号データ)を与え、シミュレーションを実行する。スティミュラスとしては、SPICEシミュレーションの出力データやSパラメータ(散乱パラメータ)、あるいは機器のサブシステムに対して前もって行った近傍界シミュレーションの結果などを使う。
電磁界シミュレーションはSPICEでは実施できない。SPICEは、個々の回路素子の集中定数モデルを使用し、行列演算によってキルヒホッフの公式を解くものだ。SPICEにより、損失の生じる伝送線路をモデル化し、信号の状態を確認するといったことは行える。しかし、電磁界が自由空間に与える影響を表すことはできない。
こうした問題に対応するのに必要になるのが、電磁界シミュレータだということである*2)。電磁界シミュレータは、有限要素法やメッシュ化法、反復法を基とし、設計した回路に対してマクスウェルの方程式を解くものだ。機器の物理的形状や使用する材料も考慮して解析を行うことができる。
設計者が行うべき電磁界シミュレーションの範囲は、シミュレーションを行うときの最高動作周波数と回路の規模によって必然的に決まる。例えば、周波数が10MHzであれば、それに対応する電磁波の波長は30mになる。もし、この周波数でのシミュレーションの対象が、配線間隔が1cmの回路基板であるならば、電磁界シミュレータはこの配線間隔をさらに細かくメッシュ化して解析演算を繰り返す必要はない。なぜなら、1cmの配線間隔の回路基板上では、波長が30mの電磁波はほとんど強度が変化しないように見えるからだ。
これに対し、周波数が10GHz、すなわち波長が3cmのレーダー信号が巨大な戦艦に照射される場合の電磁界シミュレーションを想像してみてほしい。この場合、電磁界シミュレータは、戦艦を数十億個の微小要素に分割し、戦艦の表面1cm2につき数十個のレベルの要素を割り当てることになる。戦艦の表面は全反射平面ではないため、メッシュ化は2次元ではなく3次元で行う必要がある。また、戦艦の内部もメッシュ化しなければならないので、演算の対象となる要素はさらに増える。
電磁界シミュレーションを実行するワークステーションには、各要素に対する中間演算結果を格納するために、数百ギガバイト規模のメモリー容量が必要になるだろう(別掲記事『コンピュータの処理能力』を参照)。また、戦艦全体について、周波数10GHzの電磁界シミュレーションを完了するには数カ月の時間を要する。戦艦全体を一気に解析するのではなく、解析の対象を複数の領域に分割し、個々の領域に対して演算を繰り返すようにすれば、メモリーの問題は解決するかもしれない。しかしその場合には、さらにシミュレーションの時間が長くなるだろう(図2)。
電磁界シミュレーションに有用なツールを評価する際には、そのツールがインポートできる物理モデルの形式や、組み合わせて使用できるプリント基板レイアウトツールについて確認することが肝要だ。また、入力するデータの形式についてベンダーに確認し、その形式のデータを作成できるようにしておかなければならない。最後に、実際に行うシミュレーションに見合った性能を持つワークステーションを準備する。時間領域シミュレーションを行う時間と予算があるのなら、GPUボードを複数枚搭載した機種にすべきだろう。周波数領域の解析を高速で行いたいのなら、マルチコアプロセッサのほか、シミュレーションの中間結果を格納するために大容量のメモリーも必要である。
最新のコンピュータの多くは、そのコンピュータと同規模の複雑なシステムに関するシミュレーションを数時間で実行することができる。特に重視される仕様は、コンピュータが一晩でどのくらいの規模の問題を解析できるかであろう。昼間に設計を変更しておいて、退社時に電磁界シミュレータにデータを入力して実行しておく。翌朝、シミュレーション結果を見て、設計の変更や次のシミュレーションの設定を決めるというサイクルが現実的だろう。
※1…『RFノイズの侵入を阻め!』(Paul Rako、EDN Japan 2008年5月号、p.57)
※2…『電磁界解析ツール活用のススメ』(Paul Rako、EDN Japan 2007年4月号、p.51)
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.