信号調節回路の次の事例は、図2に示す心電図(ECG)測定回路である。ECG測定回路は、電極のハーフセル電位に起因する差動DCオフセット電圧を受けた状態での動作が必要とされる。この電圧に対する許容値は標準的には±300mVだが、条件によっては1Vを超える電圧が加わることもある。ECG回路の電源電圧が低下しているという傾向と、この高いハーフセル電圧とが、信号調節回路の初段に与えられるゲインの値を制限するという課題を生じる。
ECG回路が抱えるこのような課題を解決するため、図2の回路では計装アンプIC「AD8237」の出力端子とREF端子の間に低周波反転積分器を挿入した。DCオフセットを利得によって増幅するのではなく、積分器の振幅がDCオフセット電圧の範囲内で変動するだけで済む。AD8237は積分器の出力を増幅するので、利得の値を大きく取れる。その分だけ、その他の回路素子における精度の要求仕様を緩和できる。そして、増幅段の後段に存在するデバイスによる雑音とオフセット誤差が全体の精度に与える影響が少なくなる。なお、図2はデカップリング回路の記述を省略してある。
計装アンプICであるAD8237の電源電圧は最小1.8V、利得のドリフトが0.5ppm/℃、オフセット電圧のドリフトが0.2μV/℃である。2個の外付け抵抗は利得の範囲を1〜1000に設定する。積分器を実現する計装アンプIC「AD8607」はデュアル構成で、積分器の他にバッファおよびレベルシフタの役割も果たす。コモンモード電圧が電源電圧から300mVを超えるまでは正常な信号増幅が可能だ。AD8607の電源電流は115μAである。
前出のMicrochip TechnologyのTretter氏は、「チョッパ安定化方式のオペアンプが初めて市場に現れたころは、スイッチング電流が大きなこととプリント基板レイアウトに影響されやすいことから、トータルコストが高くなり、ユーザーからは使用することが難しいとの評価を受けていた」と語る。このため、チョッパ安定化方式のオペアンプの採用は、絶対的な性能が必要な場合に限定されていた。
その後、プロセス技術の進化と設計技術の改良が進んだことから、ユーザー側で有用性が再認識され、用途が広がっていった。現在は、医療、工業用流量計、マルチメーター、ハイエンドの質量計、ゲーム機器などに使われている。
多くのセンサー、例えば、歪み計やRTD(抵抗式温度計)、圧力センサーなどでは、一般にホイートストンブリッジを利用する(図3)。ホイートストンブリッジは高い感度が得られるからだ。複数のセンサーをホイートストンブリッジ構成に組んだ場合でも、出力信号の変化は非常に小さい。おおよそミリボルト・オーダーになる。
ホイートストンブリッジの信号振幅は小さいので、通常はA-D変換器に信号を入力する前に、増幅回路で信号を増幅する必要がある。この増幅回路は高い利得と低い雑音を達成しなければならない。そのためこの増幅回路にはゼロドリフトアンプを選ぶことが望ましいとTretter氏は述べている。
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