窒化ガリウム(GaN)ベースのスイッチング・トランジスタを用いたD級オーディオ・アンプの実用化が始まっている。これまでD級オーディオシステムで用いられてきたシリコン(Si)ベースのトランジスタはどういった課題を抱えてきたのかを振り返りつつ、GaNベースのトランジスタを紹介する。
D級オーディオ・アンプは、伝統的にオーディオマニアに軽く見られがちです。D級アンプ用スイッチング・トランジスタは、最も厳しいリスナーを満足させるために、十分なオープン・ループ直線性を備えたアンプを生産すべく特性パラメータを適切に組み合わせられたことがありませんでした。こうした事実が、古典的なアナログ変調器のD級システムが低消費電力にもかかわらず、低品質な音響システムでの採用にとどまる要因となっていました。
D級アンプは、マーケティング面での注目を集めやすい「THD+N(全高調波歪+雑音)特性」を高めるべく、不十分なオープン・ループ特性を補償するためにフィードバック量を大きくして使用せざるをえませんでした。一般に、大きなフィードバック量は、過渡相互変調歪み(TIM)を招き、繊細な音色を消し「耳障り感」につながります。
シリコン(Si)によるMOSFET(以下、Si-MOSFET)は過去25年間にわたり、D級システム向けスイッチング・トランジスタとして選択されてきました。ただし、効率の高いアンプは作れますが、不完全なスイッチング、高いオン抵抗(内部抵抗)、非常に大きな蓄積電荷による歪みに悩まされてきました(図1参照)。蓄積された電荷の回復は、電力を浪費し、リンギングを引き起こし、各スイッチング・サイクルにおいて歪みを追加することになります。これは、一般的な出力フィルターでは除去することができません。
Si-MOSFETのスイッチングの不完全さとスイッチング遷移の遅さは、パルス幅変調(PWM)のスイッチング周波数を制限します。さらに、PWMスイッチング周波数が低いことは、出力フィルターの実装上の制約を決めるので、オーディオ帯域幅の上端が制限されます。PWMスイッチング周波数を高くすると、オーディオ帯域幅を広くでき、したがって、出力フィルターの周波数を高くできます。出力フィルターの周波数を高くできると、その副次的な効果として、音響特性を犠牲にすることなく、出力フィルター部品(特にコイル)を小型化できます。
PWMスイッチング速度を高速化すると、HD Audio(High Definition Audio、高品位オーディオ)などで求められる“より広いオーディオ帯域幅”という要件が得られることに加えて、適度に緩やかな特性の出力フィルターも適用でき、残留スイッチング雑音のレベルを高めることなく、より直線性の良い特性が得られます。
もし非常に正確なスイッチング特性を備えたトランジスタ技術があったとすれば、PWM変調器から再生する小さなオーディオ信号の電力をほぼ完全に再生でき、フィードバック量を大きくする必要性を小さくする(または、完全になくす)ことができるはずです。EMI(電磁干渉)/EMC(電磁両立性)が増えるという問題を気にすることなく、HD Audio向けに出力フィルターの帯域幅を2倍に広げることができるような常識を覆す技術はないのでしょか。D級オーディオ・アンプのスイッチング技術が非常に小さいオン抵抗とスイッチング損失を実現でき、消費電力が無視できるほど小さいD級システムに理想的なデバイスはないのでしょうか……。
こうしたD級システムに適した理想的なスイッチング・トランジスタが、窒化ガリウム(GaN)を用いたトランジスタであり現在、実用化が進みつつあるのです。
例えば、Efficient Power Conversion(EPC)のエンハンスメント・モードGaN(eGaN)トランジスタは、蓄積電荷がゼロで、Si-MOSFETよりも最大10倍高速にスイッチングできます。eGaN FETの高速スイッチングによって、アンプの設計者は、PWMスイッチング周波数を高めることができ、デッドタイムを短縮し、フィードバック量を劇的に低減することができます。つまり、これまで、大規模かつ複雑で重いA級アンプ・システムに限定されていた音質を実現できます。
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