SiCパワーMOSFETのデバイスモデルの精度向上には、「大電流/高電圧領域のId-Vd特性」および「オン抵抗の温度依存性」を考慮しデバイスモデルに反映させることも重要となる。今回はこの2点に関する解説を行う。
SiCパワーMOSFETの魅力は、何と言っても、その材料であるSiC(炭化ケイ素)の基本特性の高さにある。Si材料に比べると、絶縁破壊電界強度は約10倍と高く、バンドギャップは約3倍と広い。このためSiCパワーMOSFETは高耐圧、低損失、高速動作、高耐熱といった特性を同時に達成できる。すでに、産業用インバーター装置や、鉄道用インバーター装置、家庭用エアコン、無停電電源装置(UPS)などに採用され始めている。今後は電気自動車(EV)などにも搭載されていく見込みで、将来的には広く普及することは間違いないだろう。
ただしSiCパワーMOSFETを採用すれば、誰もが高耐圧、低損失、高速動作、高耐熱といったさまざまなメリットを手軽に享受できるわけではない。SiCパワーMOSFETは、既存のSiパワーMOSFETやIGBTに比べるとスイッチング動作が極めて速いため、その性能を十分に引き出すのが難しいからだ。電源回路の設計でミスしてしまうと、「コストが比較的高いSiCパワーMOSFETを採用したのに、得られる電源性能はSiパワーMOSFETやIGBTとほとんど変わらない」といった憂き目に遭う可能性が高い。
そこで登場するのが回路シミュレーション(回路解析)である。これを使いこなせば、電源ボードを実際に試作する前に、コンピュータ上で設計データを繰り返し検証できるため、設計に費やす時間やコストを減らせる。
ただし、回路シミュレーションを実行するに当たっては、考慮すべき点が1つある。それは、SiCパワーMOSFETのデバイスモデルの精度だ。精度が低ければ、シミュレーション結果の精度は当然ながら低くなる。従って、そのシミュレーション結果を参考にして設計した電源回路の特性は、残念ながら希望した特性が得られないことが予想される。
SiCパワーMOSFETのデバイスモデルの精度に対して、オン時の容量が大きく寄与することは既に前回紹介した通りだ。SiCパワーMOSFETがオン状態のときの容量を測定し、その結果を反映させたデバイスモデルを使えば、高い精度のシミュレーション結果が得られる。
実は、このほかにもSiCパワーMOSFETのデバイスモデルの精度に大きな影響を与える要素が存在する。それは、大電流/高電圧時のId-Vd(ドレイン電流-ドレイン電圧)特性である。これを考慮しなければ、シミュレーション結果の精度は大きく低下してしまう。
電源回路設計において、スイッチング時の電圧/電流波形(スイッチング波形)は極めて重要な存在だといえるだろう。なぜなら、電圧波形と電流波形が重なり合っている部分がそのまま電力損失になるからだ。従って、回路シミュレーションを利用する際も、当然ながら、スイッチング波形の確認は欠かせない作業になる。しかし、SiCパワーMOSFETのデバイスモデルの精度が低いと、電圧/電流波形の立ち上がり/立ち下がりタイミングや傾きなどが測定結果と大きくズレてしまう。つまり、電力損失を正確に見積もれない。言い換えれば、電源回路の変換効率を正確に算出できないことになる。
実際のところ、SiCパワーMOSFETを搭載した電源回路のスイッチング波形を求めるために回路シミュレーションを実行してみると、測定結果と一致しないケースは少なくない。原因は複数考えられるだろう。そうした原因を探る上で、注目すべき特性がある。それは「スイッチング軌跡」である。
スイッチング軌跡は、トランジスタ(パワーアンプ)の評価方法の1つである。パワーエレクトロニクス分野ではなじみが薄いが、通信/RF分野では広く用いられている。通信/RF分野では「Dynamic Load Line(ダイナミックロードライン)」や「Locus(ローカス)」とも呼ばれている。
スイッチング軌跡のグラフは図1のようになる。トランジスタのスイッチング動作におけるドレイン電圧とドレイン電流の関係を、縦軸がドレイン電流、横軸がドレイン電圧のグラフ上で示す。ドレイン電圧とドレイン電流が指し示す点(動作点)が一周するようなグラフが得られる。このスイッチング軌跡を求めれば、トランジスタの動作点の位置を確認できるわけだ。その結果、トランジスタが壊れてしまう電流/電圧領域で動作しているか否かなどを判断できる。
スイッチング波形のシミュレーション結果が測定結果と一致しない場合は、スイッチング軌跡のシミュレーション結果を測定結果と比較してほしい。もし、スイッチング軌跡のシミュレーション結果と測定結果が一致しないのであれば、SiCパワーMOSFETのデバイスモデルの精度が不十分である可能性が高い。
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