この電卓向けのシステムで当時大きなシェアを持っていたのがTIとMOSTEKの2社である。どちらも電卓向けのICというかLSIの開発を行っていた。そしてその電卓であるが、もうちょっと後になると関数電卓とかプログラム/ストア/印字機能など機能の差別化が図られるようになるが、この頃はまだそこまでの機能が搭載されていない。なのでコストをどこまで下げるかが重要なファクターになる。そしてコストといってもケースとキーボード、表示部(当初はニキシー管だったのが蛍光表示管となり、1970年代半ばごろに液晶に切り替わる)と、あとは計算ロジックになる。ケースやキーボード、表示部はコストを下げると言っても限界がある訳で、なので計算ロジック部を何とかする必要がある。トランジスタからDiscrete ICに置き換えてだいぶ減ったとはいえ、それでもまだ数十個のチップが必要だったのが1969年だが、これを1個で全部賄えるようにしたのがTIのTMS1802である。
TMS1802は250KHz駆動、ただしステート(内部クロック)はその3分の1で、しかもD-Time(1桁の結果を表示するのに必要な時間)は13ステート、39cycle(156マイクロ秒)と説明があるので決して高速ではない。それでも8桁のBCD演算が可能な算術ユニットと、3つのレジスタを含む182bitのRAM、それと3520bit(320×11bit)のROMと、2つのLED駆動用回路、キーボード入力用/結果表示用の汎用入出力ポート×12などを搭載しており、あとは電源とクロックだけつなげば電卓が構成できるという、恐ろしく集積度の高いチップである。
ちなみに最初の製品はTMS1802NCという型番だったが、すぐにこれは「TMS0102」に改称され、さらにTMS0101〜TMS0121まで15種類もの派生型が開発、さまざまなメーカーに納入されて電卓として販売されることになった。このTMS0100シリーズが本来であれば最初のMCUと評されるべきなのかもしれない(見方次第ではあるが)。なのにそう評されなかった理由は、ユーザーがプログラムを作る事が出来なかったためだ。TSM1802/0102では320×11bitだったROMは、あとで登場したTMS0600では384×11bitまで拡充されたが、いずれもプログラムそのものはTI内部で製造されて出荷されており、なのでTI社内から見ればMCUとして良かったのだろうが、外部の顧客から見ればASSPというか固定機能のLSIみたいなもので、Programmableではなかった。もちろん、この当時だからMask ROMなので、自分でプログラムを書いたらそれをメーカーに送って焼き付けてもらう格好だが、TSM0100シリーズはこの書き込みサービスそのものが提供されなかったから、TIの中の人以外にとってTSM0100シリーズはMCUとは呼びにくい構成だった。まぁ専用チップみたいなものである。
TMS0100シリーズはよく売れたが、結果から言えばビジネスとしては失敗だった。それは電卓というビジネスそのものが業界全体で大赤字になり、多くのメーカーが電卓ビジネスから手を引いていったからだ。TIは1975年、電卓用チップのビジネスの事実上の勝者になるが、そのTIの電卓部門は1600万米ドルの赤字を出している。ここから同社は高機能でその分高価格、かつ値下がりしにくい関数電卓などの方向に舵を切っている。
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