この1年間、伝送線路の動作の周波数領域における記述方法に悩まされている人に多く出会ったので、万人向けではないがその裏技を紹介しようと思う。
前回のコラムでは、TDR(time-domain-reflectometry:時間領域反射率)測定や、S11に類する測定結果から、プリント基板上の配線インピーダンスの周波数特性を抽出する方法について述べた*1)。今回は、同様の手法でトレースゲイン(実際には配線の損失)を扱う。トレースゲインは、無限に長い構造において信号が一方向にのみ進むときに、距離×離れた2点間で測定したゲインとする。
トレースゲインを測定するには、終端されていない短いプリント基板上の配線にネットワーク・アナライザをつなぎ、S11データを採取する。そのデータを時間領域に変換し、積分して、図1に示すような結果を得た。TDR用の装置があれば、このようなグラフを生成する機能が既にあるかもしれない*1)。
この測定結果は、終端していない30インチのプリント基板における配線のシミュレーションから得られたものである。配線は、基準面から0.006インチ上の位置にあり、幅は0.0083インチである。最初の小さな台状の立ち上がりは、配線インピーダンスの漸近線の高周波領域の数値が、ネットワーク・アナライザの50Ωソースインピーダンスよりも少しだけ高いことを示している。
この波形では、遠端から大きな反射波が返ってくるまでの最初の10nsは、緩やかに上昇する。この勾配は、時間経過に伴う特性インピーダンスの緩やかな変化、つまり周波数による変動を示している。
次に、2つめのエッジの丸い形に着目しよう。このエッジは、構造を一往復している。この部分は、プリント基板上の配線の高周波ゲインに関する情報の宝庫である。しかし、残念なことにまだ上昇中の特性インピーダンスの波形の上に重なってしまっている。2つの波形が干渉しあっているのだ。
1回のS11測定では、この波形に含まれているゲインとインピーダンスの情報をそれぞれに分離できない。しかし、2回測定を行えば、それが可能である。
最初の測定は通常通り、遠端を開放した回路配線で行う。2回目は、配線の遠端をグラウンドに短絡させて測定する。
測定した2つのS11波形から、プリント回路基板上の配線の往復ゲインH2(f)を計算する。
H2という記号から、ゲインが1方向のみではなく、往復(2方向)ゲインであることに思い当たるだろう。以下の計算式は、測定した波形の全長に相当する周波数で有効であり、TDR測定時の反射時間に制約されない。
負荷に依存しない純粋なゲイン関数が得られることに注意してほしい。ゲイン関数は、ソース終端とエンド終端の両方が完全に終端整合されていることを想定している*2)。完全な終端整合は50Ω終端と同じではない。特に、バックプレーン配線のように、部分的であってもRCモードで動作できるほど伝送線路が長い場合は異なる。
この手法では、プリント基板上の配線の一端のみにおける測定結果から、伝送線路のゲインを導いた。この手法を適用するのに必要な生データは、どんなデジタイジングTDR装置でも取得できる。
Howard Johnson
Howard Johnson氏はSignal Consultingの学術博士。Oxford大学などで、デジタル・エンジニアを対象にしたテクニカル・ワークショップを頻繁に開催している。ご意見は次の電子メールアドレスまで。www.sigcon.comまたはhowie03@sigcon.com。
※1…Johnson, Howard、「隠された情報を読む」、EDN Japan 3月号、2006年、p.44、http://www.ednjapan.com/content/issue/2006/03/si/si01.html
※2…Johnson, Howard, and Martin Graham, High-Speed Signal Propagation: More Black Magic, Prentice-Hall, 2003.
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