2年ほど前までは、リチウムイオン電池ではシステムの電力要件を満たせないケースも多かっただろう。しかし、リン酸鉄を正極として用いるリチウムイオン電池の登場により、状況は変化した。その実力は、設計者にリチウムイオン電池の採用について再検討を促すレベルにあると考えられる。
これまで、リチウムイオン電池の進化の歩みは決して速いとは言えなかった。しかし、あまり代わり映えのしなかったその世界に変化が生じつつある。2年ほど前までは、ノート型パソコン向け製品に対する要求が、リチウムイオン電池パックの設計を決める要因であった*1)。それに対し、現在ではポータブル電源(コードレスで利用でき、持ち運びが可能な電力供給装置)が、ノート型パソコンに匹敵するほどリチウムイオン電池市場で存在感を増してきた。
2005年の時点では、ノート型パソコンベンダーらは、リチウムイオン電池の重要な性質として以下の4つを挙げていた。
ノート型パソコンや携帯電話機、MP3プレーヤなどの民生品における最も重要な要件は、電力容量(あるいは、重量/容積当たりの電力容量であるエネルギ密度)である。最低限でも、例えば飛行機の中で映画全編をノート型パソコンで鑑賞できるくらいの能力が欲しいとユーザーは思っている。
2つ目の要件は機器を迅速に充電する能力である。充電時間が長いとノート型パソコンのユーザーはイライラしてしまう。
3つ目の要件はコストである。ユーザーは、電池パックは必需品だが、ベンダーがそれに対して価格を上乗せできるような特別な機能ではないと見なしている。ノート型パソコンのユーザーの中には、稼働時間を延長できるならば、その分、電池の値段が高くなっても仕方がないと考えている人もいる。しかし、そのように考える理由は、ノート型パソコンの機能/利便性をフルに生かしたいからであり、いくら電力容量が大きくても、電池パックそのものに大きな価値があると考えているわけではない。
4つ目の要件は安全性である。電池パックでは基本的な安全性は保証されているが、故障の可能性もゼロではない。リチウムイオン電池が故障すると大きな損害を招く恐れがあるため、メーカーはこれを利用した製品を提供し始めた当初、どの程度の故障があり得るのかを明示していた。
標準的なリチウムイオン電池は正極に酸化コバルトを使用している。コバルト化合物には、ニッケルマンガンコバルトなどいくつかの種類があるが、主にはリチウムコバルトが用いられる。これが電池において最大の電力容量を実現する。しかし、リチウムコバルトは非常に可燃性が高く、電池に傷が付いたり、過剰な電流が流れたりすると、熱暴走や発火に至る恐れがある。まれなケースではあるが、米Dell社や米Apple社などの製品の大量リコールの原因となったのもリチウムイオン電池の不具合であった。
ノート型パソコンや携帯電話機など以外の用途では、その用途ごとに電池に対して異なる特性が求められる。電池メーカーはそのことに気付いており、従来とは異なる電池材料が必要となることも理解している。
電池技術の進化を促進するものとして、最初にノート型パソコンに対抗するものとなったのは、ポータブル電源であった。ポータブル電源にもある程度の電力容量が必要だが、同時に大電流による大きな電力供給能力も求められる。すなわち、パワー密度(取り出すことができる重量/容積当たりの最大電力)が1つの重要な指標となる。職場や店舗など、どこに行くときも持ち運びしなければならない煩わしいコードが不要になるのなら、それに対して余分なコストを支払ってもよいと考えているユーザーは、このポータブル電源を積極的に利用している。
従来、この種の電源は、十分な電力容量を持ち、大電流に耐えられるニッケルカドミウムなどの電池材料によって実現されていた。しかし、欧州で施行されたRoHS(restriction of hazardous substances:特定有害物質の使用制限)指令によりこの状況に変化が訪れた。RoHS指令では、ほとんどの電子機器においてカドミウムなどの重金属の使用が禁止されている。そのため、メーカーはもはや“環境に優しくない”ニッケルカドミウム電池パックを含む製品に注力することはできない。
ポータブル電源における新しい要件としては、充放電を繰り返しても長寿命であること(サイクル寿命が長いこと)も挙げられる。ほとんどの民生電子機器の電池パックは3年程度で破棄されるが、ポータブル電源は、それよりももっと長期間使用されるためである。
電池メーカーの米A123Systems社、米Valence Technology社、米Altairnano社、カナダのE-One Moli Energy社は、それぞれリン酸鉄をベースとした正極を備えるリチウムイオン電池材料を開発している。この種の電池は、コバルトを使用するものほどエネルギ密度は高くない。しかし、大電流/大電力の供給には対応できる。また、熱暴走の心配もない。こうした理由から、RoHS指令の施行後、リチウムリン酸鉄電池が台頭することとなった。
また、ポータブル電源のようなこれまでにない特性を持つ製品が登場したことで、従来は存在しなかったいくつかの用途が現われた。電池パックの設計に携わる米Micro Power社で技術マーケティングマネジャを務めるRobin Tichy博士は、「モーターを用いる用途では、ポータブル電源のような大電力/大電流に対応可能な特性が要求される傾向にある。この種の用途では、通常のAC電源で動作するものに加え、ポータブル電源でも動作可能なバージョンを開発することで新たな製品展開が可能になる」と語る。例えば、Valence社のリチウムリン酸鉄電池パックは、米Segway社の個人用電動移動装置「セグウェイ」の新バージョンの電力源として使用されている。
※1…Conner, Margery, "New battery technologies hold promise, peril for portable-system designers," EDN, Dec 5, 2005, p.58.
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