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フローティングゲートをアナログ領域で生かすメモリーから信号処理まで、広がる可能性(4/5 ページ)

» 2010年07月01日 00時00分 公開
[Ron Wilson,EDN]

信号処理機能への応用

 アナログフローティングゲートについては、微細なCMOSプロセスを使用するか否かということや、使用するチップのサイズ、設計で必要となるフローティングゲートのストレージセルの数などがトレードオフ項目となる。それ以外にもう1つ、信号処理をデジタルで行うのかアナログで行うのかというレードオフ項目もある。特に、信号処理をアナログ領域内にとどめたいと考える場合には、アナログフローティングゲートを使用すると効果的である。

 デジタル信号処理は広く利用されている技術だが、消費電力が多いという大きな欠点を持つ。デジタル信号処理では、まず最初にアナログ情報をデジタル化する必要がある。また、デジタル信号処理回路における高速クロックを用いた動作によって、かなり多くの電力が消費される。さらに、デジタル信号をアナログ信号に再変換しなければならない場合が多い。

 加えて、デジタル信号処理システムは、サンプリング済みのデータを対象としなければならない。このことから、必ず遅延が生じることになる。しかも、デジタル信号処理においては、シフトレジスタをベースとしたフィードバック処理を伴うフィルタを使用することがほとんどだ。結果として、さらに大きな遅延が発生する。

 このように、デジタル信号処理システムは、消費電力が多いことと遅延が大きいことに加え、デジタル値の係数を保存しなければならないという欠点も持つ。つまり、EEPROMやフラッシュメモリーを利用しなければならなくなることがあり、オンチップのフラッシュメモリーを搭載したSoCで実現しようとすると、さらに高価なものとなってしまう。これらの理由から、多くのデジタル信号処理システムでは、外付けのEEPROMに係数を保存し、ロジックのみをSoCに集積するという手法が用いられている。このことによって、小さいチップサイズと少ないマスク枚数を実現し、微細なCMOSプロセス技術を用いた安価なチップを提供しているわけだ。

 こうした課題に、アナログ信号処理で対処しようという考え方がある。アナログ信号処理は、デジタル信号処理よりも少ない消費電力で実行できる。また、処理に伴って生じる遅延が小さい。例えば、64ポイントのFFT(高速フーリエ変換)の実行に520mWの電力を費やすデジタル信号処理システムがあったとする。アナログ信号処理であれば、同じ処理を13mWの消費電力で実行できるほどの違いがある。また、アナログ信号処理ICのチップサイズは、デジタル信号処理ICの1/5程度に抑えることが可能である。

 GTronix社はこのような観点からアナログ信号処理を利用している企業であり、ジョージア工科大学が所持する数件の特許のライセンス供与を受けている。同社は、アナログ信号処理が、電池で駆動するシステムに適していることに着目し、携帯電話機やモバイル型端末、Bluetoothヘッドセットをターゲットに定めた。

図3 ヘッドホン用のノイズ除去機構 図3 ヘッドホン用のノイズ除去機構 (a)は、ディスクリート部品を組み合わせてノイズ除去の機能を実現したもの。一方の(b)は、GTronix社のICを使ってノイズ除去を実現している。ディスクリート部品を用いた場合と比較して、実装面積が非常に小さいことがわかる。

 同社製品の1つに、携帯電話機におけるビームフォーミング用モジュールがある。このモジュールは、適切な間隔で並べられた2つのマイクとアナログ信号処理チップを搭載したもので、電話機の側面と背面からのノイズを排除する役割を果たす。このモジュールによって、バックグラウンドノイズの低減が図られ、音声がより明瞭になるのである。

 さらに、同社は民生向けヘッドホンで使われているようなアクティブノイズ除去機能にも取り組んでいる。すでに、アナログ手法を採用したヘッドホンは存在するが、GTronix社は必要な処理を1つのチップで実現することにより、さらに消費電力と実装面積を低減している(図3)。

図4 さまざまなアナログ信号処理の例 図4 さまざまなアナログ信号処理の例 (a)が定Qフィルタバンク、(b)がベクトル行列乗算、(c)がガウス混合モデル、(d)が適応フィルタを表している。フローティングゲートを利用したアナログストレージによって、ほとんどすべての信号処理をアナログ領域で実現できる。アナログ信号処理の利点は、消費電力と入出力遅延が少ないことだ。

 GTronix社のICは、フローティングゲートにアナログ値を保存するアナログストレージ機能とアナログ信号処理機能をフルに活用している。これにより、必要となるほぼすべての信号処理機能を実現可能である(図4)。例えば、DCT(離散コサイン変換)を実行するシステムも、アナログ処理を用いて設計することができる。DCTは、MP3オーディオやJPEG画像で使用される圧縮機能において、数学的な意味で基本となるものだ。その利点は、遅延が小さく、消費電力が少ないことである。

 この信号処理をアナログ領域で実行するには、アナログ信号をサポートするために線幅が太く、フローティングゲート構造を製造するためにステップ数の多いCMOSプロセスを使用する必要がある。これにより、コストが増大するが、それに見合う十分な利点が得られる。フラッシュメモリーをサポートする大きなデジタルチップが存在する場合は、デジタル信号処理を採用したほうがよいかもしれないが、大きなデジタルチップから機能を除き、それを製造プロセスや消費電力の面で有利な専用のアナログチップへと移すことによって、恩恵を受ける用途は数多く存在する。今日の小型ICパッケージは、この移行を可能とするものである。プリント回路基板の面積にほとんど影響を与えることなく、小さなアナログチップをシステムに追加することができるだろう。

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