米Analog Devices(以下、ADI)社は2010年7月、工場などにおけるプロセス制御向けIC「AD5755」(写真1)を発表した。D-Aコンバータと電圧‐電流変換回路を用い、4mA〜20mAの範囲で直流電流を出力することを主機能とする。すでにサンプル出荷を開始しており、2010年10月から量産を開始する。1000個受注時の単価は13.35米ドル。
工場や化学プラントなどで、工作機械や製造装置を連動させて行う製造プロセスの制御には、さまざまな産業用の通信規格が用いられている。そうした通信規格の中で、100m以上の長距離の信号伝送を行う用途で広く利用されているのが、4mA〜20mAの範囲の直流電流を用いる方式である。この方式では、まず工作機械や製造装置の制御ユニット内でやり取りされる直流電流の制御用デジタル信号をD-A変換する。それによって得られた直流電圧を、オペアンプを用いて構成した電圧‐電流変換回路により、直流電流に変換して出力する。この一連の変換処理に用いられるのが、ここで言うプロセス制御用ICである。AD5755は、このカテゴリの製品だ。
AD5755は、1個のICに、直流電流出力用のチャンネルを4個集積したことを特徴としている。各チャンネルには、分解能が16ビットのR-2R方式D-Aコンバータが用いられている。同社の従来品「AD5422」では、1個のICにつき出力チャンネルは1個しか備えていなかった。
また、AD5755では、各出力チャンネルにDC-DCコンバータを組み込むことで、直流電流信号の出力に必要な電圧を動的に調整する「ダイナミック・パワー・コントロール(DPC)機能」を実現した。プロセス制御システムにおいて、プロセス制御ICは負荷がどのような値に変動するかにかかわらず、システムの要求に応じた直流電流を出力することになる。プロセス制御ICには、30Vといった高電圧が供給されるのだが、負荷の値と出力する電流値によっては、電圧‐電流変換を担うオペアンプ回路がこのような高い電圧で動作する必要はない。そこで、AD5755では、負荷の変動状況をセンシングする仕組みを設け、その情報をDC-DCコンバータにフィードバックすることで、電圧‐電流変換回路に必要最小限の電圧を供給するようにした。ADI社の試算によれば、このDPC機能を用いることにより、DPC機能を用いない場合と比べて、消費電力を1/5に、ICの温度上昇を1/4に抑えることが可能になるという。
アナログ・デバイセズのインダストリー&インフラストラクチャ・セグメントでマーケティングマネージャーを務める日高良幸氏(写真2)は、「プロセス制御用のD-Aコンバータ製品で、これだけの機能を1個のICにまとめたものはほかにはない。また、1個のICで出力チャンネルを4個備えることから、制御ユニットに用いる部品点数や基板面積を大幅に削減できるだろう」と語る。例えば、AD5422を用いた制御ユニットでDPC機能と同じようなことを実現しようと思えば、各出力チャンネルごとにDC-DCコンバータを追加しなければならず、マイコンとAD5422の間の信号絶縁に用いるアイソレータも出力チャンネルと同じ数だけ必要になる。一方、AD5755であれば、DC-DCコンバータは不要であり、アイソレータも4チャンネルにつき1個で済む(写真3)。
AD5755の主な仕様は以下のとおり。パッケージは、端子数が64本のLFCSPで、サイズは9mm角。動作温度範囲は−40〜105℃。電流の出力範囲は、0mA〜20mA、4〜20mA、0〜24mAから選択できる。また、電圧‐電流変換回路とは別系統で電圧出力を得ることも可能であり、その範囲は、0V〜5V、0V〜10V、±5V、±10V、±6V、±12Vから選択できる。電流/電圧出力範囲のTUE(全未調整誤差)精度は定格で±0.05%。電圧出力に関しては、出力電圧の値を検知してICにフィードバックすることにより、出力電圧を安定化するためのフォース/センス出力の機構も備える。加えて、搭載されたウォッチドッグタイマーなどを用いた自己診断機能も持つ。オンチップの電圧リファレンスの精度は最大で5ppm/℃。
シリーズ品として、フォース/センス出力に換えて、直流信号にデジタル信号を重畳する通信規格HART(Highway Addressable Remote Transducer)規格に準拠した通信の機能を持つ「AD5775-1」や、電流出力のみ行える「AD5757」もそろえる。また、D-Aコンバータの分解能を12ビットにした「AD5735」も開発中である。
(朴 尚洙)
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