HyperLynxのようなツールは、最終的なPCBの物理的形状に関する解析機能だけでなく、PCBの開発初期段階でプレーン構成やデカップリングキャパシタに関する簡易な設計を行うための機能も備えている。この設計に対して解析を行えば、設計対象となるPCBの伝達インピーダンスやその他の変数についてある程度の推測値が得られるはずだ。また、ギガヘルツテクノロジーのパワーインテグリティ解析ツール「PDNPlanner」にも同様の簡易設計機能がある。同ツールのフロアプランニング機能を用いることで、初期段階から電源プレーンを手作業でスケッチしたり、キャパシタの配置を検討したりすることができる。設計者はPCBの形状、サイズ、プレーンの層数、および搭載すべきキャパシタの個数についてある程度の感触を得られるようになるので、開発期間を大幅に短縮できる可能性が高まる。
PCB設計ツールを手掛けるMentorやCadence Design Systemsなどは、パワーインテグリティ用シミュレーションツールをPCBのレイアウト(配置配線)設計フローの中に組み入れている。1社のベンダーがPCBに関する全てのツールを供給することは、ツールチェーンの連携などのサポートに関する安心感を設計者に抱かせることは確かだ。実際に、パワーインテグリティ用シミュレーションツールを利用するには、PCB設計ツールから生成した物理的記述と幾何学モデルのファイルが必要になる。ANSYSとSigrityのツールはそれぞれ、Cadenceの「Allegro」、Mentorの「PADS」、図研の「CR-5000/Board Designer」、Altiumの「Altium Designer」のファイルをサポートしている。NEC情報システムズのPIStreamは、図研の CR-5000/Board Designerと組み合わせて使用されることが多いが、CadenceのAllegroや他のPCB設計ツールのファイルにも対応している。
また、ANSYSのような解析専業のベンダーが提供するツールは、先に述べた1社のベンダーが提供する統合ツールチェーンにない特徴を備えている。同社は、電磁界シミュレータ「SIWave」のオプションとして、PCBのパワーインテグリティを解析できる「PIAdvisor」を提供している。もちろん、SIWaveとPIAdvisorには、PCBのビアに関する解析を行うための3Dソルバーがある。さらに、PCBの周辺に存在するコネクタなどの部品を含めたで電磁界解析を行うのであれば、ANSYSが提供するフルウェーブの3D電磁界解析ツール「HFSS」を用いることもできる。さらに、HFSSにSIWaveとPIAdvisorの解析結果をインポートすることにより、PCBのEMIに関する評価も可能だ。他にも、Computer Simulation Technology(CST)の「EM STUDIO」であれば、PCBのガ―バーデータをインポートするだけでIRドロップ(電圧降下)の3D解析を行える。
多くのツールベンダ―は、設計者がパワーインテグリティに関する問題を解決してからシグナルインテグリティの問題に取り掛かると想定している。この手法は、電源とシグナルのノイズが相互に干渉すると成り立たなくなる。そこでSigrityはシグナルインテグリティへの電源ノイズの影響をシミュレーションできるようにした(図8)。CSTの「MICROWAVE STUDIO」も電源ノイズを解析できるツールを提供している。
パワーインテグリティ用シミュレーションツールの価格は、一般的な技術者から見れば驚くほど高い。単純なDCシミュレータでも1万5000米ドルもするのだ。パワーインテグリティ、シグナルインテグリティ、そして熱解析にも対応する本格的なシミュレーションツールは7万5000米ドルの値札がつけられている場合もある。このような高価な価格設定は、実際にPCBの設計者がパワーインテグリティに関する問題を解決する上で必要になるコストを検討する段階になれば理解できるだろう。複雑なPCBを再設計することによる損失コストは、設計/製造面だけでも5000米ドルから1万米ドル、そして市場投入時期が遅れることによる売上面での損失は100万米ドルにも達することがある。損失コストとなるもう1つの要素は、システムのBOM(部品表)コストである。パワーインテグリティ用シミュレーションツールの利用で50米セントのキャパシタをPCBから省けたとすると、大量生産製品の場合には数カ月でツールの投資コストを回収できるだろう。
これらの高価なツールを使いこなせれば、技術者としての価値を高められるだろう。CADツールを使いこなせる技術者であれば、シミュレーションツールの操作法を覚えることはそう難しくはない。そして、1つでもシミュレーションツールの使用経験があれば、パワーインテグリティ用シミュレーションツールをマスターするのに何の障壁もない。あとは、RFシステムの設計者がそうしているように、インテグリティツールの概念と周波数に関する専門用語を学習するだけで良いのだ。タイムドメイン解析の知識に加えてパワーインテグリティの知識が得られれば、回路設計におけるさまざまな課題が克服できるようになるだろう。
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