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太陽のエネルギーが電力網につながるまで、PVインバータ「Sunny Boy」に学ぶ製品解剖(2/3 ページ)

» 2012年01月31日 07時30分 公開
[Steve Taranovich,EDN]

インバータのトランスレス技術

 トランスを使わない、トランスレスのスイッチング電源のアイデアそのものは、太陽光発電が発展するかなり前から知られていた(図3)。また、2個のFETを組み合わせて、一方が完全にオン、もう一方が完全にオフするように相補的に動作させると最も高い効率が得られ、理想的には電流が全く流れず、従って電力が消費されない状態になることも知られている。すなわち、理想的な矩形波の増幅では、理論的には100%の効率が得られることになる。

図3 トランスレスインバータ回路の構成例 図3 トランスレスインバータ回路の構成例 (クリックで拡大) 出典:Texas Instruments

 ある信号を非常に高い周波数の矩形波で変調すれば、パルス幅変調(Pulse Width Modulation:PWM)になり、それに対応する回路の動作はD級動作と呼ばれる。この方式を使えば、DC電圧を別のDC電圧に変換したり、高効率のDC-AC変換を実施したりできる。ところがPVインバータの分野では、以前はこの方式を採用できなかった。スイッチング用のMOSFETやIGBTのコストが高かったからだ。しかし近年は、これらの素子の低価格化と高速化が進んでおり、電力変換の効率だけでなくコストの効率においてもアナログスイッチング方式を上回るようになっている。このPWM方式のスイッチング電源は、電気自動車の実用化にも大きく貢献している技術だ。

 トランスレスインバータは、欧州では数年前から市場で利用されており、米国内での販売についてもSMA Solar Technologyが2010年8月に、電気製品の安全性を確認する評価/認証機関であるUnderwriters Laboratories(UL)の認証を取得した。具体的には、PV用トランスレスインバータを対象にしたUL規格「UL Standard 1741 for PV and Battery-Powered Inverters」に準拠した最初の製品として、SMA Solar TechnologyのSunny Boyシリーズのうち、トランスレスインバータの「8000TL-US」と「9000TL-US」、「10000TL-US」が認証を受けた。これらのトランスレスインバータは、トランスを使うガルバニック絶縁式のインバータに比べて大幅に軽量化できる上、高度なスイッチング制御を採用することで旧来のインバータよりも広い電圧範囲での動作が可能になった。

トランスレスの弱点を補う

 ガルバニック絶縁を用いないトランスレスインバータの弱点は、インバータの破損や電気火災につながるアースへの短絡(地絡)が発生し得ることだ。トランスを使っていれば、仮に2次側が短絡しても全ての電流は1次側に流れるので、トランスが過熱すると熱的な遮断が起きて電流が停止することも期待できる。一方でトランスが無いと、保護回路を備えていなかったり、保護回路があっても地絡の発生を検出できなかったりすれば、大型素子であるMOSFETやIGBTがただちに致命的なモードで破損してしまう。幸いなことにそうした事態に至る可能性は極めて低いものの、UL Standard 1741ではPV用のインバータは全てに地絡保護回路の搭載求めている。さらに、太陽光発電システムを敷設するユーザー側も、パワーコンバイナ(電力合成器)や遮断ヒューズの容量を決定する際に、インバータの保護回路が地絡を検出できなかった場合に発生する逆流電流を考慮しておく必要がある。

 このように簡単かつシンプルな計算さえ行えば、トランスレスインバータの弱点をほとんど補強でき、数多くの利点が得られることになる。

 ただし、PVインバータには他にもクリティカルな要素が幾つもある。

 PVインバータは、グリッドとの連結を切り離す機能を備えており、グリッドが途絶した(停電などでグリッドに電気が流れていない)場合に電力供給を止めるように働く。この機能が不可欠な理由は、インバータが途絶したグリッドとの連結を切り離せなかったり、不安定な連結状態で電力供給を継続させたりすると、PVシステム周辺のグリッド内のトランスへの電力の逆流が生じ、電力ラインに数千Vの電圧を発生させることになり、保守作業者を危険に陥れることになるからだ。

 こうした理由から、IEEE 1547およびUL 1741の安全規格では、グリッドに連結するインバータは全て、AC出力ラインの電圧または周波数が指定範囲を超える場合にはグリッドとの接続を遮断し、接続の遮断後に別のグリッドが連結されていない場合は電源を遮断することが求められている。そして、グリッドに再連結する場合には、インバータ出力の電圧と周波数が5分間にわたって所定値に収まっていることを確認できた後でなければ電力を供給できない仕組みになっている。Sunny Boyのインバータ基板では、図2の右上1/4の領域に実装されたパナソニック製の保安用遮断リレー「LF-G」(定格22A、250VAC)(PDF形式のデータシート)がこの役割を担っている。

 インバータの機能はこれだけにとどまらない。インバータにはさらに、保守作業のために手動もしくは自動で入力/出力を遮断する機能や、伝導性や誘導性のEMIおよびRFI(高周波干渉)の抑制、地絡時の遮断、PC互換の通信インタフェース(Sunny BoyシリーズはBluetoothによる無線通信機能を搭載)などの機能が求められる。インバータは、堅個な筺体に納められて屋外で使用され、25年間以上にわたってフル定格で稼働し続けられることが必須要件なのだ。

 Sunny Boyのように一般的な単相PVインバータには、デジタル制御のコントローラとして機能するDSPと、PWM方式のフルブリッジ型コンバータを駆動するハイサイドとローサイドのゲート駆動ICが使われている。フルブリッジ型は、スイッチング動作の電源トポロジの中では取り扱える電力が最も大きいことから、Sunny Boyのみならず高性能インバータ一般に多く採用されている。

 SMA Solar Technologyは、Sunny Boyのインバータに、入力コンデンサとHブリッジの間に5番目のパワーMOSFETを挿入する「H5」と呼ぶ技術を使っている(図4)。この5番目のパワーMOSFETは、電荷の発振を抑えるとともに、電力損失を低減する役割を果たす。その結果、古典的なインバータ用ブリッジ回路(H4方式)に比較すると電力の変換効率を大幅に改善でき、最大で98%が得られている。なおH5方式では、太陽電池パネルの揺らぎポテンシャルを防ぐため、インバータのフリーホイール期間中にDC側をAC側から切り離す構成となっている。

図4 SMA Solar Technologyが採用するH5方式のブリッジトポロジ 図4 SMA Solar Technologyが採用するH5方式のブリッジトポロジ

 H5方式の回路は一般的なH4式フルブリッジ回路にわずかに1個のスイッチを付加した構成だ。図4中のスイッチT2とT4、T5は20kHz程度の比較的高い周波数で動作し、T1とT3はグリッドの周波数(今回の例では50Hz)で動作する。フリーホイール時にはスイッチT5がオープンになり、DC側とAC側が切り離される仕組みだ。フリーホイール電流は、正電流がT1とT3の逆ダイオードを経由し、負電流がT3とT1のダイオードを経由して流れる。

 フルブリッジの出力には、PWMによる電圧のスイッチング動作によって生成された50Hzの電流波形が現れる。ただしそのままではノイズ成分が大きいので、フィルタを介して高周波ノイズ成分を除去して、比較的振幅の小さい50Hzの正弦波にする。図2の右側の領域に実装されたAC出力フィルタ部にはEMI抑制コンデンサが使われている。また、このAC出力フィルタ部には大きなインダクタが用いられ、基板にねじ止めされている。

 PVインバータの設計では数多くのトレードオフがあり、その判断に誤りがないかどうかが設計者の悩むところだ。例えば、PVシステムは最短でも25年間は高い信頼性を維持したまま定格で出力し続けられることが期待されるが、その一方では、市場における価格競争に負けないことも要求されるので、設計者はコストと信頼性の間でトレードオフの難しい判断を下さなければならない。また、PVシステムはできる限り効率を高めることも求められる。効率が高ければ、動作時の発熱温度を低く抑えられ、寿命を延ばすことができる。その結果、ユーザーおよびメーカーに利益をもたらすことが可能になるからだ。この点で、SMA Solar Technologyのシステムは非常に優れているといえる。

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